10.乱入者
「やめなさい!」
まぶたを開くと、蝶子さんの拳が寸止めのようにぼくの眼前で止まっている。
蝶子さんがぼくとは違う方向を見て、目を輝かせていた。
「カヤ! 来てるなら言ってよ!」
「さっき終わったところ。蝶子、一般人をいたぶるなんて趣味悪いよ」
ぼくの視界には蝶子さんしかいない。でも、蝶子さんは誰かと話していた。
そのあいだに3ラウンド目が終わった。視界にLOSEの文字が浮かび上がった。
すると、仮想現実の空間も消えていった。ぼくは河川敷の橋の下にいた。蝶子さんと、もうひとり、声の主であろう女性がいた。女性は蝶子さんと向き合っている。
女性は上下に色が統一したスポーツウエアを身に着けていて、上着にパーカーを羽織っていた。
「あーあ、どうして止めたのさー」
「運営から連絡きた。一般人を巻き込んでゲームしてるって。イエローカードだって」
「うわー、マジ? ちぇ、しょうがないね」
女性は蝶子さんの腕を離し、蝶子さんは構えを解いた。
「どうしてこんなことしたの?」
「それ! ねえ聞いてよー。予定のプレイヤーめっちゃ雑魚だったの。一瞬で終わっちゃって、さっさと帰ろうとしたらもう一戦もう一戦ってしつこくて。それで逃げてたら、そこのお兄さんにあったの」
指をさされる。思わず顔をそむけた。そんな紹介があってたまるか。
「このお兄さんがエクスアーツしてて、眺めてたら筋がすごくよかったから戦おうと思ったんだ」
「別にエクスアーツやればいいじゃない。なんであたしたちの戦いに巻き込んだの?」
「ちょうどよくヤンキーがきたから奪い取ってお兄さんにつけた! そっちのほうが楽しそうだし!」
「はあ、運営も大変。こんな戦闘狂がいるなんて」
女性は呆れていた。
ぼくは立ち上がろうとする。
「終わったのか? っと!」
立ち上がろうとしたら、ふらついて後ろにこけそうになった。それを女性がぼくの手を掴んだ。
「後ろ、危ないです」
背中のほうを振り向くと川だった。プレイ中にいつのまにか川に落ちそうな距離まで移動していたらしい。
「蝶子あなたね、安全が確保できない場所でVRステージ展開するなんてバカ。川に落ちたらどうするの」
「デバイスから警告が出るから大丈夫じゃん」
「まだ開発段階だし、完璧なわけじゃない。講習で説明された。もしこの人が落ちてたら出場停止だった」
「う……ごめんなさい」
蝶子さんはしょぼくれた。話しぶりから対等な関係だとわかった。友達同士なのかもしれない。
「いったい、あなたたちは何者なんだ?」
蝶子さんと女性は顔を見合わせる。答えてくれたのは女性だった。
「ごめんなさい。関係者以外に詳しくは話せないんです。巻き込んで本当ごめんなさい」
頭を下げられた。
「関係者になればいいじゃん! ねえ、カヤ、アタシ、スカウト枠、この人に使う!」
「あなたね……。でも、そこまで言わせるほど?」
「ビビッときました! ねえ、楽しかったよね?」
「え、いや……まあ……」
「だよね! だったら招待するよ! 今回のイベントに!」
「イベント?」
「こら、言うな!」
「いいじゃん! いまから運営と会って話しておく! あ、デバイスは一旦返してもらうね」
蝶子さんは慣れた手つきでブレスレット型のデバイスを取った。蝶子さんは身体を近づけて、ぼくにささやく。
「ハレル。本当に楽しかった。今日は急に誘ってごめんね?」
「謝ってすむ問題ですか」
「でも、いま、嫌な気分?」
「それは……」
負けを確信したとき、死の疑似体験したかのような感覚だった。最悪の記憶もよみがえる、不快感だってあった。だが、今終わってみて、不思議な気持ちではあった。
悔しい。負けたくない。強くなりたい。
それはぼくがこの一年間かかえてきた気持ちと同じものだった。
「ほら、やっぱり向いてる。また戦いたいな。待ってる」
蝶子さんはぼくから離れた。
「じゃあまた今度会おうね! 再戦! 次はもっと強くなってねー!」
そう言い残して、蝶子さんは河川敷から出ていった。すぐに姿が見えなくなってしまった。




