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水晶の令嬢 〜転生者から持ち込まれた悪役令嬢という概念に翻弄された話〜  作者: ゆずさくら


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30/33

戦闘の狼煙

 サクラが交渉した、人質解放が始まった。

 今までに解放した人数の倍。

 だがそれらを累計してもルコール地方で人質に取られた人数の半数に届かない。

 サクラは解放された人々を誘導しながら、反対方向へゆっくりと進んでいくスリング・ショットの部隊を気にしていた。

 再びルコール地方へにスリング・ショットの砲撃を実施するのだろう。

 あの場でユウトが口にしていた日付とちょうど合う。

 いよいよ人とゴブリンの戦争が始まってしまうのだ。

 ユウトもすでにルコール入りしているに違いない。

 解放された人々が、スリング・ショットの部隊を目にして言った。

「王はゴブリンと戦争をするつもりなのか」

 近くにいた兵士は答える。

「知らないが、この様子だとそうだろうな」

「今、戦争を仕掛けるのはやばい。俺は、ゴブリン達が話しているのを聞いた」

「ちょっと待て、奴らの言葉がわかるのか」

 サクラは二人の会話に聞き耳を立てた。

「言葉がわかると、色々と使われてしまうから、わからないフリをしていたが」

「で、何がヤバい」

「コンエグ・リブデンが来る。いや、来ていると言う言い方だった」

 兵士はよくわかっていないようで、その民間人に聞き返した。

「そのなんとかリブデンが来てるのがどうしたんだ?」

「城下からくるような連中は、そんなことも知らないのか。コンエグはゴブリンの王だぞ。ゴブリンの王がいるだけでゴブリンの士気は上がる。おそらく近衛兵も同行しているだろうから、単純換算でも、ルコールを取りにきた時と比較して、兵力は十倍以上になるだろうな」

 兵士は驚いた顔をしている。

「その情報を軍に伝えないと」

「もし本当にそれを知らないで戦争の準備をしているなら、大変なことになるぞ」

 兵士はサクラの顔を見ると、近づいてきた。

「サクラ様。もしかして、今の会話聞かれていましたか?」

「ええ。ですが、軍の諜報部もバカではないのですよ。そんな重大な情報を掴み損ねていると思いますか」

「……しかし、念のためということもあります。一応、伝えた方が良いのでは?」

 今、ゴブリンの王の情報を伝えたら、軍を撤退させることになる。

 軍を撤退させたら、先に入っていると思われるユウトはルコールに残されてしまう。

 スリング・ショットの援護もないまま、コンエグの近衛兵部隊に突っ込んで行ったら……

 ユウトの剣がどれだけの腕か、わからないが、耐えられないだろう。

 どちらにせよ、ユウトが生きこるためには、部隊を引き上げさせてはならない。

 今引き上げたらユウトが撤退する後ろから、ゴブリンに襲わせることになってしまう。

「私が伝えに行きます」

 サクラはそう言うと、スリング・ショットは運ぶ部隊の先頭へ向かった。

 部隊長に声をかけるが、ゴブリンの王が来ていることについては言わない。

 これは国の為にはならないが、『ユウト』の為にしているのだ。

 ユウト救うため、大勢の人間の血が流れることになるが、どうか許してほしい。

 サクラは祈るような気持ちでその場を離れた。


 翌日。

 夜明け前に、スリング・ショットによる砲撃が始まった。

 タフなゴブリンとは言え、夜明け前に砲撃されてはたまったものではない。

 寝起きで混乱しているゴブリン達に、大きな損害が与えられた。

 この攻撃が狼煙となって、潜伏していたユウト達の攻撃が始まった。

「北部はスリング・ショットの攻撃に任せ、我々は人質がいる施設を狙う!」

 砲撃の音に驚いで建物を出てくるとゴブリンを、弓や剣で倒していく。

 人にとって毒になるゴブリンの血を浴びないよう、兵士は全員木製のマスクをして戦っていた。

 夜明け前の不意打ちで、人質が収容されている大きな建物を奪還した。

 ここが戦場になることを伝え、人々を南へと逃す。

 ユウトは言う。

「人質を南に誘導しろ。俺たちは北からくるゴブリンを迎え撃つ」

 ユウトはこんなに上手くいくわけがないと思っていた。

 どう考えても敵のゴブリンがが少なすぎる。

 何度も金を使って解放できなかった人質を、こんなに短時間で奪還できるわけがない。

 ユウトはゴブリン達が北に何か隠していると考えた。

「気をつけろ、北に何かある」

 そう言いつつ、ユウトはルコールの中心部を北へ移動していく。

 中央にある教会前の広場に着いた時、庁舎の建物の屋上に人影を見つけた。

「ゆうと!」

 ゴブリンの訛りがある。

 辿々(たどたど)しい言葉だったが、大きく堂々とした声だった。

 兵士が庁舎の屋上の人物を指さして言った。

「ゴブリンです!」

 グラスをしているユウトには良く見えなかったが、反射的に叫んだ。

「コンエグか!」

 屋上の端に立つと、そのゴブリンの全身が見えた。

 ユウトは『かかった』と思った。

 ハヅキの考えた作戦がうまく行ったと思うと同時に、サクラが情報をリークしたことを知った。

 屋上にいるゴブリンの王は、叫んだ。

『囲め!』

 それはゴブリンの言葉で、ユウト達には分からないが、掛け声一つであたりの様子が一変した。

 建物の武装したゴブリンが、建物と建物の間を塞ぐように現れた。

 完全に囲まれてしまった。

 ユウトは剣を握り直す。

「ここでやられる訳にはいかない。バラバラにならないように固まれ」

『夜明け前の砲撃で、我々の裏をかいたつもりだろうがこちらの情報網を甘く見ては困る』

 ユウトは部隊の中でゴブリンの言葉がわかるものに聞いた。

「奴はなんと言っている」

「裏をかいたつもりだろうが甘く見るな、と」

「……そうか」

 ユウトの周りには、十人しか兵がいない。

 対してそれぞれの通りを塞いでいる兵を集めれば、数百はくだらないだろう。

 徐々にゴブリンとの距離が縮まってくると、兵が言った。

「降参しましょう」

「我々は助かるかもしれないが、降参したらユウト様は殺されてしまうのだぞ」

「まあ、待て。俺はギリギリまで諦めないぞ。南側を見ておけ。逃げれるチャンスが必ずくる」

 ユウトはそう言うと、コンエグを見上げる。

「卑怯なことをするゴブリンは必ず滅びる」

 ゴブリンの言葉ができる兵士が、通訳して叫ぶ。

 コンエグは絶叫するとユウトたちに中指を立てた。

 ユウトは、冷静だった。

 その時、明るくなった空に影が動いた。

 影はあっと言う間に大きくなると、吐き出すブレスと急降下する翼の風切り音が聞こえた。

 ドラゴンの姿がハッキリと見えた瞬間。

 庁舎の屋上にはブレスが吐かれ、ドラゴンのその大きな爪が建物を捉えた。

 それは着地というより、体当たりに近い。

 石造の庁舎は崩壊し、瓦礫の山に変わった。

 おそらく真下にいたコンエグは即死だろう。

 下敷きになるのを恐れれば、ブレスの炎にまかれている。

 破壊に伴い周囲に飛び散った瓦礫で、地上にいたゴブリン達も押し潰されてしまった。

「ハズキ!」

 落下の速度が早すぎた。ユウトはコンエグがやられたとか、そんなことより頭の上でドラゴンを操っているハヅキの方が気になっていた。

 ドラゴンは数度翼を動かすと、再び空へと浮き上がる。

 ドラゴンの頭の上に、ハッキリと人影が見えた。

 振り落とされたりしていないようだ。

 ユウトは安心した。

 周囲のゴブリン達は、ゴブリンの王である『コンエグ』を救うため、破壊された庁舎のその瓦礫の中に集まっていく。

 浮き上がったドラゴンは、庁舎とは逆、南側へ転回すると、そのままの高度を保ちながら、地上に向けてブレスを吐いた。

 焼け焦げて死んでいくゴブリン、炎を避けるために逃げてしまう者もいた。

 ユウト達の横を通り過ぎて、コンエグを助ける為に庁舎跡に向かうゴブリンもいる。

 ゴブリンの統制は乱れ、逃げるチャンスが来た。

「ユウト様! 今です」

 兵が言った。

 それに合わせユウトは「南へ!」と言った。

 ユウト達を無視して北へ逃げるゴブリンがほとんどだった。

 だが、時折、勇猛なゴブリンは円月刀を構えた。

 大きく円月刀を振り上げたゴブリンに、人間の兵士の剣が数本刺さる。

 同時に引き抜くと、ゴブリンの返り血を浴びないように避けた。

「急げ!」

 ユウトたちはルコールの街を南に逃げていく。

 コンエグさえ倒せれば、ルコールを取り戻すことは容易い。

 今はこのゴブリンに囲まれた状況を脱することが重要だ。

 ユウト達は、ドラゴンに導かれるように通りを進んだ。


 ゴブリンの追撃もなく、ユウト達は順調に街を南下していた。

 ドラゴンは主食のスイカ豆を食べる為だろう、ユウト達から見えないところまで飛び去っていた。

 ユウト達も疲れて、小さな広場で休息を取っていた。

 その時、休んでいる兵士が突然倒れた。

 倒れた兵士の上には、首の曲がったゴブリンの死体があった。

 その倒れた兵士の周りに、黒い液体が広がっていく。

「まずい! ゴブリンの攻撃……」

 言いかけた兵士が、倒れる。

 また倒れた兵士の横にゴブリンの死体が現れた。

 兵士も、周囲もゴブリンの黒い血で濡れていた。

 ユウトは北の空を見た。

 そこには空を飛んでくるゴブリンの死体があった。




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