最後の人質解放作戦
サクラが次の人質解放交渉の為にルコール地方に入った時だった。
ニングットとサクラはルコールの街が見下ろせる山の中腹、とある小屋の中にいた。
提示された人数をみて、サクラは言う。
「解放人数が少ない。もっと多く出来ないか」
「これ以上解放したら、王まで情報がいってしまう。そうしない為には、口止めの『金』がもっと必要になる」
「一体どれだけ金を要求する」
サクラが強く反発しても、ニングットは表情ひとつ変えない。
「リブデンの一族の長がコンエグ、つまり今のゴブリンの王だ。コンエグは特に『金』が好きだ。コンエグに繋がる者は、皆それを知っていて『金』を集めることに躍起になっている。ルコール地方は初め『金』があると言う触れ込みで侵略したのだ」
「……それは何度も聞いた」
「そうでなければ王か、王子の首がいる」
サクラはテーブルを叩いて立ち上がった…
「そんなこと!」
ニングットは全く慌てていない。
静かになった小屋に、遠くの爆発音が聞こえた。
「……」
ニングットは円月刀に手を掛け、窓際に進むとカーテンを避けて外を見る。
「おい! どういうことだ。人質解放は休戦が条件なんだぞ」
ニングットが話す意味がわからず、サクラもニングットがいる窓の反対側に進み、カーテンの隙間から山の麓を見た。
風切り音がしたかと思うと、大きな火の玉が空を横切る。
そして、ルコール地方の北部へ落ちていく。
大きな音と共に火花が散る。
すでにいくつかの建物が火事になって、まちが燃え上がっていた。
「私は知らない。軍部が暴走したのかも……」
「サクラ、私が人質を解放できるのは休戦しているからだ。戦争が始まったら私の力は」
「軍部が王子の決断に不服だとしてもここまでやるだろうか? まさか、ユウトが」
ニングットはカーテンを元に戻すと、サクラの言葉を聞き返した。
「ユウトとは王子のことだな。王子がどうした」
「コンエグは意気地なしで、前線には現れないと。王不在で士気が上がらないゴブリンなら、すぐに殲滅できる、とか。俺は自らルコール突入の指揮をとるとも」
「愚かな。ユウトはコンエグ・リブデンの恐ろしさを知らないんだ」
ニングットは円月刀を収めると、言った。
「人質解放の件は進めるが、王子が攻め込んでくるようなら交渉は決裂だ」
サクラはニングットが出ていくのをただ見つめるしか無かった。
ニングットが山を下りると、周囲に複数の蛍光が見えた。
ゴブリンの国で罪を犯すと、罪人には刺青が施された。
その刺青は、ゴブリンの血が近くで流れると、蛍光を放つように出来ている。
ニングットの周囲で光る蛍光は、その罪人のものと思われた。
ニングットは姿が見えない複数のゴブリンにあてて言った。
「俺を襲おうとしているのか? 悪いが、俺は気づいているぞ」
周りの蛍光は、距離を縮めてくる。
「わかった。確かにこの人数で襲われたら、一人二人は殺せても、全員を倒すのは無理だ。降参する。目的はなんだ? 俺の首か? いくらで雇われた? その倍払ってやる」
ニングットが円月刀に手をかけた時、その手自体を押さえ込まれた。
蛍光を放つ連中は、まだ遠くにいる。
「奴らは囮か」
他に大勢のゴブリンが周囲にいたのだ。
あっという間にニングットは取り押さえられた。
さるぐつわをかまされ、腕は後ろで縛られた。
捕まってしまったニングットの前に、ゴブリンの軍人が現れた。
「裏切り者め、覚悟するんだな」
ルコール地方からサクラが戻ると、城に入ってユウトに言った。
「ユウト、あなたは人質を残したまま、戦争をするつもりですか!」
「あれは脅しだ。人質のいない北側を中心に攻撃している」
「私が交渉しているタイミングで攻撃が始まって、人質解放交渉どころではなくなってしまいました」
ユウトはサクラを見ようとしない。
「すまなかったな」
「人質解放交渉は進めていいのですか?」
「当然だ」
サクラはユウトの正面に回るが、ユウトは避けるように横を向く。
「もう一度、交渉に行きます」
「三日後だな」
「……」
自分に言われた、と思いサクラはユウトを振り返る。
だが、そうでは無かった。
ユウトは臣下と話していた。
「三日後に、仕掛けたスリング・ショットをきっかけにして、俺もルコールの戦闘に入る。コンエグのいないゴブリンなど敵ではない」
サクラは絶望した。
彼はドラゴンを連れてきたハヅキにそそのかれてしまった。
本気でゴブリンの王が指揮しないルコール地方はすぐに取り返せる、と思っている。
そのまま城を離れた。
妹は健康状態が良くなって、南に使わせた城の使者は、医者を捕まえ一部の金を取り戻した。
シロガネ家としてはハヅキには感謝しているが、国とってハヅキが正しいことをしているとは思えない。
ユウトを戦争に駆り出そうとしている。
もしこの情報がゴブリンに抜けてしまったら、コンエグが軍を引き連れルコール地方に南下してくることもあり得る。
そんな事が起こったら、一体あたりの攻撃力で勝るゴブリンの軍が、圧勝するだろう。
「ハヅキ様が本当に悪役令嬢になってしまった」
いや、国やユウト様にとっては悪役ではないのか。
サクラは再びルコールへ行って交渉を行う為、支度をすると少人数の隊を引き連れて出発した。
前回とは別の山小屋で、ニングットとサクラは交渉を行なっていた。
「スリング・ショットの攻撃は止んだようだが」
「……そうね」
「解放する人数はやっぱり多くは出来ない」
「これ以上『金』は……」
「解放する人数を倍にできる。だが、このルコール戦争になるかどうか、その情報が欲しい」
サクラは気付かれない程度に、首を捻った。
これまでは『金』一辺倒だったニングットが『情報』を引き出そうとしている。
悪役令嬢であるハヅキに唆されているユウトより、解放する人質を倍にするべきだ。
サクラはそう思った。
「私の知っている限り、明後日に始まるスリング・ショットの攻撃をきっかけで、ルコール奪還の軍が進行開始するわ」
「明後日?」
あの時三日後と言っていた。ここにくるまで一日半かかっている。
情報は合っているはずだ。
「ええ。ユウトも乗り込むって言って……」
「王子もくると言うのか」
「……」
サクラは口を抑えようとした手を途中で止めた。
ニングットは人の仕草をよく知っている。
言ってはいけないことを言ったと、手で口を押さえたら、余計に情報を与えてしまう。
サクラは震えた。
「わかった。その情報が確かなら、解放する人数を倍にしよう。言ったことは正しい?」
サクラは頷くしかなかった。
ユウトは人質を救うつもりはない。
人質を助けるための、犠牲になっても仕方ない。
サクラはそう自分に言い聞かせた。




