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水晶の令嬢 〜転生者から持ち込まれた悪役令嬢という概念に翻弄された話〜  作者: ゆずさくら


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ドラゴンの道(その1)

 ハヅキは馬にのり、南へ向かっていた。

 鼻と口を覆う、木製のマスクをつけ、グラスをつけていた。

 手には革の手袋をつけ、右の腰には袋をくくりつけて、そこにドラゴン石を入れていた。

 左の腰には剣を下げていた。

 ハヅキは女性ではあるが、ユウトと一緒に、城で一通りの剣術は習っている。

 ただ、実戦は経験したことがない。

 いざという時に腰の(もの)を抜けるのか、彼女自身一抹の不安は持っていた。

 出発してから二日経つと、治安のいい平地が終わり、山道に差し掛かっていた。

 ハヅキは馬を止めた。

 馬上で手袋を捲り左手の甲を見た。

 久しぶりに墨のような文字が浮き出ていた。

『剣を抜け』

 ハヅキはすぐに手袋を戻し、すぐに右手で剣を抜いた。

 馬がハヅキの動揺に気づいて、何度も足踏みする。

 馬を落ち着かせながら、周囲を確認する。

 馬車も通せそうな道幅ではあるが、この先は左右に大きな岩が突き出ていて、人が隠れることができそうだった。

 一つ前の宿屋の話では、山賊が出るということを聞いていた。

 前の道は、いかにも山賊が隠れていそうだ。

 なんの警戒もなしに突っ込むのは危険だ。

「!」

 その時だった。

 馬が急に前足をあげた。

 振り落とされそうになるところ、ハヅキは必死に(こら)えた。

 誰かが馬を後ろからけしかけてきたのだ。

 つまり、山賊の一味だ。

 すでに挟み撃ち状態になっているわけだ。

 ハヅキはコントロールの効かない馬から振り落とされないようにしながら、道を進んでいく。

 思っていた通り、岩の後ろには山賊がいて、輪を作った縄を投げてきた。

 ハズキか、馬か、どちらかに引っ掛けて、コントロールを奪おうというのだろう。

「それくらいなら」

 ハヅキは器用に剣で縄をはらった。

 子供の頃は重く、扱いが難しく感じた剣も、今では手足のように自在に扱える。

 投げ縄が終わると、山賊が道を塞いできた、

 前を塞いでくる山賊を、馬を回しながら剣で薙ぎ倒す。

 刃を立てるのではなく、平たい方向を使って、殴打するのだ。

 ハヅキの体格から繰り出される剣を受けて、まともに立っていられる山賊はいなかった。

 馬が進んでいくと、奥に馬に跨った男が見えた。

 目の鋭さや、頬や腕についた大きな傷あとなどをみると、おそらく山賊をまとめている長と思われた。

 長い槍を持っている山賊の長は、馬の腹を蹴ってハヅキへ向かって走り始めた。

「……」

 突いてくるのか、振り回してくるのか。

 ハヅキの剣より長い槍の攻撃が、先に届く。

 回してくるなら弾く、突いてくるなら避ける。だが、見てから判断していると遅れてしまう。ハヅキはヤマを張った。

 突いてくる。

 縄を剣で捌き、剣で山賊を薙ぎ倒したのを見れば、振り回した槍を弾くくらい造作もないことだ。

 だが、すれ違いざまに突いてくる槍を避けるのは難しい。

 逆に当てるのも難しいが、そこは腕に覚えのある山賊の長だ。それを躊躇うことはないだろう。

『来る!』

 馬と馬がすれ違う。

 すれ違いざまに大きな音がした。

 背を伸ばしていたハヅキは馬の背に倒れるように横になった。

 一方、山賊の長は、背中をピンとしたまま……

 互いの馬は乗り手の指示がなくなったせいか、立ち止まった。

 馬から人が落ちた音がした。

「親分!」

 山賊が長に駆け寄る。

 ハズキは体を起こすと、馬を走らせた。

 剣の腹で叩いただけだ。死んではいまい。

 追いかけてくる山賊を振り切りながら、ハヅキはそう思った。


 ハヅキは峠を越え、盆地にある村へと下る道を進んでいた。

 今日はこの村で泊まる先を探すことになるだろう。

 大きな村ではないから、宿はなさそうだった。

 実際、村に着いてみると、人がいるのは数軒であとは廃屋だった。

 ハヅキは出会った村の老婆に聞いてみると、答えが返ってきた。

「村に宿屋なぞない。大半は空き家だ。どこでも好きなところを使うがいい」

 汚れた服をきた老婆は、すぐに家に戻ってしまう。

「では、そうさせていただく」

 ハヅキは老婆の背中に向けて、そう言った。

 並ぶ空き家を見ながら、ハヅキは少しでもまともそうな家を探していると、視線を感じた。

 振り返ってみると、そこに人はいなかった。

「旅の人」

 後ろにいると思っていたハヅキは、横から聞こえたその声に驚いた。

 立っていたのは城下町の住人のように、ちゃんとした身なりの男だった。

「ここらの廃屋で寝るのはお勧めしないよ。昼はいなくとも夜は動物の棲家だったりするからね」

「しかし、宿屋はないと聞いた」

「別に宿屋じゃなくとも同じようなことはできるさ。さあ、ウチにおいで」

 男は馬の手綱を引いて、自分の家に誘導した。

 ハヅキは廃屋で寝ることの危険さには納得したが、その男を信用した訳ではなかった。

「さあ、馬を馬小屋に入れたら入っておいで。食事と宿代、ちゃんと代金はいただくから」

「……」

 ハヅキは言われた通り馬を馬小屋に置き、水と飼い葉を与えて男の家に入った。

 入った部屋には食事用と思われる大きなテーブルが置いてあった。

「来たね。ようこそ我が家へ」

 ハヅキは声を出さず頭を下げただけだった。

「君は無口なのか無礼なのか…… ああ、私が名前を言っていないからかな?」

 男は咳払いをしてから、口を開いた。

「サンガ・アツシという。君は?」

「ハヅキと言います」

 ハヅキは家の名を言わなかった。家の名を言わなければ、身分が低くみられるはずだ。

「家の名前は?」

 ハヅキは首を横に振った。

「腰にそんな素晴らしい剣を下げているのに、家の名がないとは信じられんな」

「これは借り物です」

「……まあいい。馬には水をあげたかね」

「ええ、水とかいばをいただきました」

 アツシはテーブルを指し、座るように言った。

「アツシさん……」

 奥から声がした。

 声の方を振り向く。

 小さな体の女が、杖を突いて立っていた。

 ハヅキはその様子を見て驚いた。

 腕や首、顔など見えている肌が全て、赤くなり、乾燥したようにひび割れている。

 見るからに痛そうだった。

「チッ、起きちまったか」

 アツシは舌打ちして、小さな声でそう言った。

 だが、ハヅキにもしっかり聞こえた。

「夕食はまだだぞ」

「お、お水をください」

「わかった。客人に病気をうつすといけないから、そこの端にいろ」

 肌は赤くひび割れているが、シワがあるわけではなく、年齢は若いと思われた。

 それより、ハヅキはその女性が誰かに似ているように思えて仕方がなかった。

 ハヅキが見つめていると、女性は恥ずかしそうに俯いてしまった。

「!」

 ハヅキは気づいた。

 この女性は『サクラ』に似ている。

 髪を結っている組紐も『サクラ』がしているものとそっくりだ。

 何故、こんなところに来てまでサクラのことを思い出さねばならないのか。忘れようとするかのように、ハヅキは首を振った。

 アツシが戻ってきて、器に入れた水をハヅキの前に置いた。

 そして、そのまま端にいる女性の前に、もう一つの器を置いた。

「もったいないから、こぼさず飲めよ」

 女性が、慌てたように器を持ち上げ、ごくごくと飲み干していく様子を見た。

 半分以上飲んだあたりで、女性は咳き込んで、水をこぼしてしまった。

「あっ……」

「前もって言ったにも関わらずこれか」

 ため息をついたアツシは、杖をもっていない方の腕を引き、奥の部屋に連れていく。

「お前は病気なんだから、寝ているんだ」

 二人が部屋を出ていくと、残されたハヅキの下にネズミが出てきた。

 ネズミは女性がこぼした水のところに進むと、玉のようになっている水を口にした。

 何度か飲み込んだと思うと、前足を上げ、首を掻きむしった。

「!」

 仰向けに転がると、足を痙攣させた後、動きが止まった。

 ハズキは予備の手袋を使って、ネズミの死体の片付けた。

 そしてハヅキの前にあった器の水を、床の溝に捨てた。




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