スワン
ユウトは城に戻り、次の人質解放に使う金の工面について臣下に相談し、指示を行った。今までのやり方では足りなくなる可能性があるからだ。
早速、臣下たちが動き出した。
一人になったユウトは、自らの部屋に戻った。
そしてサクラから受けた相談ごとについて考えた。
ミミ、メイ、クミ、ハナ、リサの五人。
彼女達が、ことあるごとにサクラに文句を言ってくるというのだ。
『思うのですが、彼女たちは良くハヅキ様と一緒におられます。もしかしたら、ハヅキ様が命じているのではないでしょうか』
ユウトはサクラがハヅキに対し敵意を示したことに驚いていた。
過去、議場の衆目が集まる中、ハヅキはサクラの頬を叩いたのだ。
そんな相手に敵意が湧かない方がおかしいとも言える。
この前も議場に入る前にこの五人が、サクラを囲んで攻め立てていたのを、ユウトは見ている。
それと同じようなことが繰り返し行われていると言うのも、嘘ではないだろう。
「スワン」
ユウトは突然思い出したように、そう口にした。
預言者がいう『スワン』というのはサクラのことではないか。
初めて出会った時も、彼女は集団の外にいた。
今の時点では少なくともサクラの方が妃に向いている。
その時、ユウトの部屋に鳩が入ってきた。
瞬間的に、ユウトは言った。
「アシム!?」
鳩が止まり木につくが、誰も降りて来ない。
アシムたちノームの一年は、人の二週間で過ぎてしまう。
ユウトにとっては三日、四日のことが、彼らには何ヶ月という単位の出来事なのだ。
だが、アシムは若く、数ヶ月とはいえ認知症になったり病気で死ぬということはないだろう。
ユウトは念の為、鳩の背中に付けられている箱を開けた。
それはアシムなどノームが鳩を操るときに腰かける時にも使うし、遠隔地との通信を鳩で行う時には通信文を入れるために使うものだった。
「!」
小さな鍵を使って開けた箱の中には、通信文が入っていた。
通信文を見るなり、ユウトは読むのを諦めた。
普通の人間の文字が書かれていたら、読んだだろう。
そこに書かれていたのは『ノーム』の文字だったのだ。
読むためにはいつもユウトが描けているグラスではなく、特殊なものに掛けかけえる必要があった。
ベッドの横にある引き出しにしまうと、ユウトは城をでる支度をした。
「ハヅキに理由を聞こう」
馬を走らせ、ユウトはスズミヤ家についた。
日は落ちて暗くなっていた。
「ハヅキはいるか」
ユウトはスズミヤの屋敷には入らず、出てきたハヅキを敷地側に連れ出した。
彼女はいつものように木製のマスクをつけている。
部屋着の上に、厚手の上かけを羽織ったハヅキが言った。
「今日は何の誤用でしょう」
「ハヅキ、ドラゴン石から何か分かったか? ドラゴンを操れそうなのか?」
「書を読んでいますが、まだ特には分かっておりません」
ユウトは暗い庭の方を漠然と見ながら言う。
「ところでハヅキ。ドラゴン石を一緒に探していた仲間がいたろう」
「ミミやメイたちのことですか」
「そうだ」
ユウトは振り返った。
そしてハヅキの目を見た。
「あの者たちに、サクラへのいやらがらせを命じていまいな」
「えっ?」
グラスの奥で、ハヅキの目が見開かれた。
「私も、あの者たちがサクラをいじめているのを見たことがある」
「……私が命じていると『ユウト』様はお考えなのですか?」
「それを確かめに来たのだ」
「私が嘘をつくかも知れません」
余計なことを言ったかも知れない。とハヅキは思った。
「ドラゴン石もあった。ハヅキが嘘をつくとは思えない」
「私が彼女達にサクラをいじめろ、いらがらせせよ、と命じると思いますか?」
「いや」
即答だった。
こういう人だった、とハヅキは思った。
「あの者たちはなぜサクラをいじめるのだと思う?」
「わかりません。ミミやメイたちが私の周りに集まるようになったのは、議会に呼ばれてからのことです」
ユウトは思った。そうだとすると彼女達と、ハヅキが一緒にいるようになったのは、この一週間かそこらの話ということになる。
「昔からの知り合いということもないのか?」
「ありません。私が許嫁となってから、スズミヤ家は周りから疎まれていましたから」
「……」
ハヅキがいつも一人でいることをユウトは覚えていた。
体に合わない大きな木製のマスクをつけ、グラスをかけた彼女は、逃げ込むようにユウトの城に入ってきた。
広場で遊んでいた子供達から罵られ、蹴られ、叩かれたからだった。
ハヅキが頼れるのは、許嫁であるユウトしかいなかった。
その頃、ハヅキとユウトの体格は、同じくらいだった。
だが、ハヅキが三歳若い事を考えれば、今の体格差を容易に想像できる。
いつも二人は城の中で、仲良く遊んでいた。
遊んではいたが、ユウトはずっとハヅキの相手をしていられない。彼は王子で、剣術や算術、帝王学など修学の予定が組まれていて、忙しかったのだ。
ユウトが大人に呼ばれて、ハヅキから離れていく。
ずっとユウトの目を見ているハヅキの目を見て、グラスの奥の瞳に映る彼女の気持ちを感じとった。
そして、ハヅキの手を取った。
『ハヅキも一緒に学ぼう』
二人は一緒に学ぶ場所で過ごしたが、講義はユウトの理解の進度に合わせて進めていく。
子供の頃の三歳という年齢差は、存外大きなものだ。
ユウトの講師をしている者も、二人に向かって話してはいるものの、ハヅキには理解できていないと思っていた。
理解度を測るため試験を行うと、ユウトの成績をハヅキが上回ってしまった。
試験の結果は、講師のみが知っていて誰にも語られなかった。
それでも、優秀すぎる彼女の能力は、見る目のある者にとっては明らかだった。
何でも度が過ぎると仲間はずれにされる。
そんな風にハヅキは周囲から疎まれ続けてきたのだった。
ハヅキはユウトを教える講師からも疎まれていることを知って、いつからか、ハヅキは一人で学ぶようになっていた。
あたりが暗い早朝から、城の図書室に入って本を読み始めたのは、そのためだった。
ユウトは思い出した後、ふと考えた。
スワン。
その言葉が当てはまるのは、サクラだけではなく、このハヅキもそうだ。
小さい頃から、群れずに一人で生きてきた。
「あの」
「……どうした?」
「私はドラゴンに会いに行きます」
突拍子もない言葉に、返す言葉がなかった。
「ドラゴン石がこの手にあるだけで、私がドラゴンを操れるかは分かりません。いくら書を読んでも分からないなら、実践あるのみです」
「待て、人質が解放できたら俺も一緒に行ける。それまで待てないか」
ハヅキは首を横に振った。
「サクラの作戦で人質が全て解放できるかどうか、見極めてからでは間に合いません」
「しかし、ドラゴンと会うには」
「危険な場所であることは承知しています」
ドラゴンは体内に大気より軽いガスを生成し、その浮力で体を浮かせる。
浮いた状態から、翼を動かして前に進むのだ。
逆に、軽いガスを吐いて地上へ降りてくる。
ドラゴンの中で生成されるガスは、大気に触れると簡単に発火する。
ドラゴンが体の中でガスを生成するには、原材料になる植物の種と、触媒となる石が必要だ。
植物は南の島々に生息している。
ただ、触媒となる石は、ギリギリ人が住む世界にもある。
だから、その触媒となる石のあるところで待てば、ドラゴンがやってくるだろう。
「そもそも我が国の力が及ばない、野蛮な土地だ。それに待っていてもいつ会えるか分からんのだぞ」
「待っていてもドラゴンはやってきません」
「だが、一人で行かす訳には」
ハヅキは首を横に振った。
「これは、私がやらなければならないのです」




