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水晶の令嬢 〜転生者から持ち込まれた悪役令嬢という概念に翻弄された話〜  作者: ゆずさくら


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人質解放作戦

 ユウトは(きん)を用意した。

 この金と引き換えに、ゴブリンから人質を解放する。

 ルコール地方は本来ならば、ゴブリンにとって危険な場所だ。

 大部分が低地にあり、大型スリングショットの標的になりやすいのだ。

 だから『人質をとっている』とも言える。

 裏を返せば、人質を返せば撤退せざるを得ないはずだ。

 能あるゴブリンなら、そうするだろう。

 ゴブリンの大半に『能がなく』ても、王やその側近ならばそう決断する。

 だからそれに気づかない『能のないゴブリン』と交渉して人質を取り返すのがこの作戦だ。

 ニングット自身は人質を解放すれば撤退しなければならないことに気づいている。

 だがニングットが持ち掛ける人質を管理しているゴブリンは、そんなことは理解できない。

 ユウト達が考えている狙いが、ゴブリン側に知れたら作戦そのものが失敗になる。

 変な情報が広まらないうちに、素早く交渉を進めたいところだった。

 ユウトは金を運ぶ荷車に同行し、サクラの家を訪れた。

「ユウト様」

 サクラは口元を覆う布はつけていなかったものの、以前、ルコール地方へ侵入した時のような黒装束をしていた。

「まさか、君も金を運ぶのか」

「ええ」

「ならば……」

 サクラはユウトの口を手で押さえた。

「ダメです。ユウト様は国の大事な方です。以前のような少人数の隠密行動ではありません。これだけのものを運ぶとなると、ゴブリン達に気づかれる可能性が高く、ある程度、戦闘にが予想されます。ですから、ユウト様は来てはいけません」

 ユウトは口に当ててきたサクラの手を握り返した。

「であれば、尚更行かないと」

「これだけは許可できません」

「サクラが許可せずとも、俺は勝手についていく」

 サクラは困ってしまった。

 この交渉にユウトを巻き込んではいけない。

 なんとしても引き下がってもらわないと……

 その時、シロガネ家に城からの使いの者が入ってきた。

「ユウト様」

「何事だ」

 急いで馬を飛ばしてきたようで、使いの者は息を切らせていた。

 周りに気取られないよう、言われているらしく、シロガネ家の人間から離れた場所にユウトを連れ出した。

「ケント王が倒れられました」

「父が!?」

「医者も呼んでいますが、状況が状況だけにユウト様も城に戻っていただきたいのです」

「わかった」

 ユウトは使いの者をそこに止まらせ、サクラのところへ戻った。

「すまない、すぐに城に帰らねばならなくなった。サクラがこれから大事な交渉に臨むところなのに……」

「一体、何があったのですか」

 そう言うサクラの表情には安堵が混じっていた。

「サクラでも、今はいえぬ」

「わかりました。ゴブリンとの交渉についてはお任せください。無事に人質を取り返してきます」

「頼んだぞ」

 ユウトは自らが乗って来た馬に跨ると、使いの者と一緒に急いで帰って行った。


 城に戻ると、倒れたケント王のことで大騒ぎになっていた。

 急いで王の部屋に入ると、ケント王の横にはハヅキが座っていた。

「ユウト」

 そう言って立ち上がるハヅキに代わって、王の横に入った。

 王は目を閉じて、静かに呼吸をしている。

 枕元にタオルがあり、ハヅキが汗を拭いてくれていたようだった。

 王の状況を見つめながら、ユウトは訊いた。

「父…… いや、ケント王の容体ようだいは」

「今、呼吸などは安定していますが、倒れた直後はかなり不規則だったそうです」

「医者と話がしたい」

 ケント王の額から汗が噴き出てくる。

 するとハヅキがそっと拭う。

「お医者様は、さっきまで薬を煎じてケント王に飲ませたり、汗を拭いたりと、ずっと付きっきりでしたので……」

 ハヅキが振り向くと、そこに医者が入ってきた。

 医者はユウトを見つけると、言った。

「突然、倒れられたということで心配いたしましたが、現状は落ち着いているようです」

「そうか」

「安心はできません。以前から体調は良くありませんから」

 ユウトの顔色が変わる。

「まさか……」

「大丈夫だとは思いますが、この数日は、あまり外出などなさらないよう」

 ユウトは静かに頷いた。


 サクラはユウトが去った後、七名の精鋭を引き連れルコール地方へと旅立った。

 ユウトとハヅキはケント王の容体を見守り、サクラの人質交渉がうまく進むことを祈り、待っていた。

 ケント王は二日目には目を覚ました。

 ただ、目は開けたものの一切喋ることなく再び寝てしまった。

 三日目に入った時には、上体を起こすことが出来た。

 ケント王は、ユウトの顔を見ると、驚いたような顔をした。

「ユウト!」

 何かを続けて言おうとした時、王は頭を抱えた。

 そして、苦しそうな唸り声を上げる。

「父上、どうしたんですか?」

「ユ、ウト…… アシ……」

 思わずユウトは上掛けを外し、ケント王の足を見た。

 年齢を経て、皺だらけの細い足ではあったが、特に変なところはなかった。

「足がどうかしましたか?」

「アシ、んが……」

 王は、再び頭を抱えるように手で押さえた。

 そうやって王は説明できないまま寝てしまった。

 ユウトは診ていた医者に訊ねる。

「高熱が出たことによる記憶障害ではないかと」

「そんなことがあるのか」

「倒れられた時はかなり熱がありましたので」

 ユウトは王が何を言いたいのか分からなかった。

「ハヅキ、お前は王が何を言おうとしているか、わかるか?」

「『あしぬ』ですか?」

「ハヅキには『アシヌ』と聞こえたのか?」

 ハヅキは静かに頷いた。

 ユウトは思い当たる単語が頭に浮かんだ。

「だとしたら『あしぬ』ではなく『アシム』のことかも……」

 ユウトはアシムが言った警告のことを思い出していた。

「『アシム』確かにそう言おうとしていたように思います』


 その日の午後遅く、サクラが城に入ってきた。

 出迎えたユウトにサクラは報告する。

「人質、三十名の解放に成功しました」

「そうか! よくやった」

 ユウトはそう言ってから、ルコール地方で人質になっている人数を思い出した。

 そもそもルコール地方は千八百名ほど。突然起きたゴブリンの襲撃から逃れたのは、七割ちょっと。正確な人質の数はわかっていないが、約五百名というのが見立てだ。

 それに比較して、今回解放された人数が三十名。

 準備していた金の量に対して、成果が少ないと思われた。

「余った金はあるか」

 その問いがくると分かっていたのか、サクラは頭を下げた。

「すみません」

「まさか交渉で全部使い切ったというのか」

 サクラが泣きそうな顔を見せる。

「無駄な戦闘を避ける為に支払ったものもあり、思ったよりコストがかかってしまいました」

「……改善できるか?」

「はい」

 残りの四百七十名を解放するには今回の十五、六倍の金がかかることになる。

 改善できなければ、国が破産してしまう。

「必ずだ。それと、この人数の解放を繰り返すと、十数回繰り返さねばならない。そんな悠長なことをしていたら、ゴブリン王に気づかれる。百名単位で解放できるようにするんだ」

「はい」

 臣下たちへの報告は少し後に伸ばそう。

 ユウトはそう考えた。

 そしてハヅキにドラゴンによる暗殺作戦を、早急に進めるように伝えよう。

 サクラがユウトの胸に飛び込んできた。

「怖かった」

「お前を交渉の矢面に立たせてすまなかった…… まずは十分休むことだ」

 ユウトはサクラを強く抱きしめた。




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