支度金
ハヅキたちが城から帰ってくると、着替えないまま応接室に向かい、部屋を開けさせた。
部屋を閉じていた板を外すと、訊ねた。
「ハヅキ様、急にどうなさいました」
「理由はない。昼食まで声をかけるな」
そういうと、ハヅキは一人で応接室に入っていった。
誰も見ていないことを確認すると、ハヅキは左の手袋を外した。
「応接室に来たぞ」
『探してくれ』
と、ハヅキの左の手の甲に、墨のような黒い字が浮かぶ。
ハヅキは問い返す。
「何を?」
『ドラゴン石』
「ドラゴン石が、ここにあるというのか」
図書室で読んだ書によれば、ドラゴン石は彼女に反応し、蛍光を放つはずだ。
しかしこの部屋をどれだけ見回しても、蛍光を見つけることができない。
今は日中で、しかも天気が良いため、部屋が明るすぎるのかもしれない。
「……」
ドラゴン石というくらいなのだから、この『ドラゴン』の置物に隠しているのではないか。
かなり短絡的だったが、ハヅキはドラゴンの置物に近づいていった。
部屋は以前から埃だらけになっていた。
置物の周囲にも塵が積もっている。
「?」
背の高いハヅキから置物を見ると、置物の土台部分がずれたように埃が跡になっていた。
「こっちの置物もずれている」
埃の重なり方からすると、おそらくあの夜、応接室に侵入した者が動かしたに違いない。
大きく場所を動かしたこのドラゴンの置物。
きっとこの中に……
ハヅキはドラゴンの置物を見回した。
大きく開けている口。
その喉の奥まで深く穴が開いている。
置物のドラゴンに、ここまで穴を深く開ける必要があっただろうか。
「……」
ハヅキは記憶の中のこの『ドラゴンの置物』と今ここにあるドラゴンの置物を比較していた。
「何か、違う」
過去に見た時と、ドラゴンの置物の様子が違うように感じる。
もっと、ドラゴンが生き生きとしていた。そう、今にもブレスを吐きそうな感じに……
「そうか、蛍光!」
この置物のドラゴンのどの奥に、ドラゴン石があったのだ。
それが蛍光を放っていて……
いつものその状態でしか見ていなかった私は気付かなかったのだ。
ハヅキは悔やんだ。
「けど、見られている感じはまだある」
壁に掛けられている仮面やその他の置物から感じている視線ではない。
この感じと、ドラゴン石の存在が同じであると信じたい。
「ねぇ、答えて」
ハヅキの左手の甲は、白いままだった。
「あなたが『ドラゴン石』なんでしょう?」
左手を前に出し、白い肌に何か文字が浮かぶのを待った。
「お願い!」
完全に左手の文字は沈黙してしまった。
ハヅキが部屋を出ると、再び応接室は閉鎖した。
午後になるとぞろぞろと取り巻きの女性たちがやってきた。
皆で屋敷の地図や見取り図を見ながら、ユウトが帰ってくるという噂をする。
「ユウト様は帰ってくるなり、シロガネ家に支度金を贈るみたいです」
「シロガネ家って」
「あのサクラとかいう女よ」
あらかた調べてしまって、彼女たちも、もうやる気がなくなっていた。
「なんで支度金が?」
「ユウト様、サクラに落とされたんじゃない?」
「『落とす』だななんて、いやらしい」
彼女たちは、わざとハヅキに聞こえるように言っているかのようだ。
「若い男女が二人きりで三日も旅をすれば、そりゃいらしい気持ちになる時もあるでしょ」
「けどけど、ユウト様もちゃんと関係を整理してから次に行けばいいのに、このままじゃ二股よ」
「許嫁は王が決めたお話。その話を断るというなら、ユウト様もケント王にしっかり話をつけて欲しいですわ」
ハヅキはグラスの奥で瞳を閉じ、黙って聞いていた。
「ハヅキ様、シロガネ家に送られる支度金について、断固抗議すべきです」
「このままユウト様をサクラに取られていいのですか?」
ハヅキは、パッと目を開いた。
「ドラゴン石があれば」
「……そうです。ドラゴン石を探しましょう」
「ここ、ここはなんか怪しかったですわ。ここを徹底的に探しましょう」
再び、日が暮れるまで敷地内を探索した。
しかし、ドラゴン石を見つけることは出来なかった。
全員が帰った後、従者はハヅキに言った。
「シロガネ家に支度金が送られたのは間違いないようです」
「それがどうしました」
「亡くなられた女王の服も送られたとか」
要するに、サクラは婚約者相当に立場が引き上げられたのだ。
ハヅキはユウトが本当にサクラを好きになったのか考えた。
サクラは突然、国の議会に呼ばれた。
なんでもない人間の意見を聞き入れることは出来ないだろう。
だから『婚約者』相当に立場を引き上げた。
きっとそうに違いない。
だが、ゴブリンとの人質の取引は愚策だ。
戦争を避けて、かつ、人質を解放するには、ゴブリン王の暗殺しかない。
転生者がいない今の時代に、暗殺をこなすにはドラゴンの力がいる。
雲の上から近づいて、一気に降下し、ブレスで焼き殺す。
想像しただけで、ハヅキの手が震えた。
生まれてから一度もドラゴンに乗ったこともないのに……
「ハヅキ様」
従者がハヅキにショールを掛けて、中に入るよう導く。
「ありがとう」
ハヅキは部屋に下がりながら玄関の外、夜の闇を見つめていた。




