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水晶の令嬢 〜転生者から持ち込まれた悪役令嬢という概念に翻弄された話〜  作者: ゆずさくら


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15/33

悪役令嬢

 今日もハヅキは暗いうちに目を覚ますと、女性従者とともに城へ向かった。

 城の図書室に入り午前中の一定時間、気になる本を読んだり調べ物をしたりするのが、彼女の日課だった。

 城の中を最短ルートで図書室に入り、今日はあるキーワードを元に書を探した。

 それは『悪役令嬢』だった。

 まずハヅキは複数冊に分かれている辞書を開いた。

 しかし『悪役』と『令嬢』に分かれてしか意味が存在しなかった。

 ハヅキは女性従者に相談した。

「あなたは『悪役令嬢』という言葉を知っていますか?」

「あくやくれいじょう、でございますか?」

 従者も首を傾げ、困ったように天井を見上げた。

「どこかで見たたようにも思います」

 その従者はハヅキと共に城の図書室に入るようになってから、書を見る機会を与えられて、それなりにここの書について知識を持っていた。

「確か……」

 従者は『水晶の女王、及び転生者の歴史』という本を取って、ハヅキの元に戻ってきた。

「この本だったと思います」

 机に置いた本を二人で覗き込み、書かれている内容を調べていく。

「待って!」

 ハヅキはそう言うと、頁をめくろうとした従者の手に触れた。

 そのままその頁にある『悪役令嬢もの』という単語を指さした。

「これ?」

「そ、そうですそうです」

 ハヅキはその部分の文書を読んでいく。

 どうやらある転生者が元の世界から何冊かの書のデータを、この世界に転送し、再構築(リビルド)していたようだった。

 それは元々この世界にいる我々には読めない言語で書かれていて、転生者の間でのみ貸し借りされていたらしい。

「……ですが、私たちの言語に翻訳されたものもあるんです」

 従者が頁内を目で追っていく。

「ほら」

 そこには『悪役令嬢もの』として、いくつか翻訳された書のタイトルが並んでいた。

「この翻訳者の名前に『シロガネ』とあるわね」

「おそらく今のシロガネ家ではありません。古いシロガネ家ですよ」

 だとしても、何か関係があるのかもしれない。

 原本や初版を持っていたりするのではないだろうか、とハヅキは思った。

 従者が言う。

「ハヅキ様も書を読めば理解が深まるのでは?」

 ハヅキはいくつかタイトルを写し書きして、書棚をめぐる。

 一冊だけそこにあるタイトルのものを見つけると、机に戻ってきた。

 従者がハヅキが机に置いた本のタイトルを声に出して言う。

「悪役令嬢に転生したので、殺されないようまったり暮らしていたら隣国の若い王子に見初められて毎日ラブラブです…… って随分長いタイトルですね」

「書き写した時にわかりましたが、タイトルは全部長いみたいです」

 本の表紙には見慣れない表現方法で描かれた鮮やかな色の絵が描かれていて、二人はそれを見つめていた。

「絵を見る限り、顔のバランスなどは幼い子供のようですが、体つきは成人のようです」

「これが『悪役令嬢』なのでしょうか?」

 訊かれても分からないハヅキは、首を横に振った。

「少し中を見てみましょう」

 二人は序盤を読み進めた。

 普通に生活していた女性が、あるきっかけで目が覚めると異世界にいる。

 王子と王子の恋人、そして自分が婚約者として存在していた。自分には取り巻きの女性が何人もいて、自分は何故か王子の恋人にとても酷い意地悪をしてしまう。そこで転生した女性が気づく。

『私は“悪役令嬢“になっている』

 ハヅキと従者は顔を見合わせた。

「まさか『これ』って……」

「……」

 ハヅキは指を立てて反論する。

「私は転生者ではありませんし、別にサクラに対して意地悪はしていません……」

「けれど以前からの許嫁ですし、取り巻きがいるのはハヅキ様の方ですね」

「!」

 ハヅキは左手の甲に現れた文字のことを思い出す。

 するとこのタイミングで甲あたりが疼き出す。

 おそらく文字が浮かび上がってきているはずだ。

 ハヅキは思い切って従者に相談してみる。

「これから見せること、絶対に秘密にして欲しいんだけど」

「……なんでしょう?」

「騒がない?」

「約束します」

 ハヅキは左手の手袋をめくって見せる。

 そこには墨のように黒い文字が書かれている。

『悪役令嬢から抜け出すのだ』

「えっ!」

 ハヅキは従者の口を手で押さえる。

「声が大きい」

 ハヅキの手で口を押さえられたまま、従者はすまなそうに頷く。

 そしてハヅキの手をそっと退けると、言った。

「これって悪役令嬢になりかかっている、ということじゃないんですか?」

「やっぱりそんなことなのかしら」

「そうだとしたら、この書を読んでヒントを得ておかないと」

 いや、この書は役に立たない。

 書のタイトルからして、悪役令嬢を回避しているのではなく、悪役令嬢の立場から抜けるのを諦め、隣国の王子と仲良くなるような話になっている。

 それに……

「わかっていると思うけど、この世界に隣国に『人』はいないのよ。隣国と言ったら、国交を断絶しているエルフの国か、戦争状態にあるゴブリンの国」

「まさかゴブリンの王に見初められるとか」

「いや! 絶対無理! それは耐えられない!」

 そもそも、ゴブリンの血は人にとって毒であるように、そもそも生物的に相容れないことが多すぎる。

 この書の内容を真似ることはできない。

「どうすればいいの?」

「ならばエルフ……」

「エルフの人間嫌いは、あなたもわかるでしょう?」

 ゴブリンのように侵攻したりはしてこないが、エルフを見たものは生きて帰ってこないという。それほどエルフは人が嫌いで人の前に姿を現さないのだ。

 水晶の女王がいた時からそんな状態だから、二百年以上はそんな断絶状態が続いている。

「けど、ハヅキ様なら背が高いですから、エルフとも釣り合うんじゃないかと」

「見たこともないエルフの話をするのはやめて」

「すみません」

 ハヅキは席を移って、その『悪役令嬢もの』の書を斜め読みした。

 日が上り、城の壁を明るく照らした。

 ハヅキはぼんやりと窓の外を見る。

 ユウトのいる窓。

 今日も出てこない。

 そうだった。ハヅキは思い出した。

 ユウトはサクラと共に、ゴブリンのいるルコール地方へ旅をしているのだ。

 昨日の晩は、二人で寝たということになる。

 いや、それどころか逆に寝ずに……

「……ダメ」

 マイナスの感情に流されてはいけない。ハヅキはユウトの部屋の窓を見ながら、頷いた。ユウトのことを信じないと。それこそ自ら『悪役令嬢』化してしまう。

 冷静に気持ちを落ち着かせる。

 ユウトとゴブリン、うまく交渉が進めば(きん)は失うが人的被害を出さずに人質を取り返せる。

 臣下は納得しないかもしれないが、人質の安全を考えた結果であり国民から文句は出ないだろう。

 震えるハヅキに気づいたのか、従者が近づいてきて小さい声で言った。

「やはり、ご心配ですか?」

「……」

「ユウト様の剣術は優秀だと聞いています。そう簡単に殺されたりしません」

「!」

 従者はユウトの命の心配をしていた。

 ハヅキは、自分の心配がとても小さなものだったことが恥ずかしくなった。

 自分が選ばれるか選ばれないかなど、関係ない。

 私が『悪役令嬢』になっても、ユウトが生きていて、人質の命が助かれば、それでいいじゃないか。

 なぜサクラとの仲が深まっていたら、などと考えている。

 それは国の行末にとって取るに足らないことなのだ。

「けど……」

 国にとって大したことでなくとも、ハヅキの中では重大な事であり、簡単に気持ちの整理が出来ないものだった。

 そうしている内、いつもの時間になると、ハヅキと従者は城から引き上げた。




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