応接室の封鎖
ハヅキは暗いうちに起き、女性従者とともに城へ向かった。
朝早く城の図書室に入り、午前中の間、気になる本を読んだり調べ物をしたりするのが、彼女の日課だった。
城の門番も彼女らの行動は承知していて、すぐに開けてくれた。
城の中を最短ルートで図書室に入り、書棚からこのところ読み進めていたドラゴン石についての書を取り出した。
机に本を起き椅子に腰掛けると、続きを読んでいく。
『……以上のことから、継承された血脈のみが扱えると思われる』
著者は女王が残した言葉を並べ、石の機能を類推しているに過ぎない。
だから、全てが本当かどうかは石に触れないとわからない。
『女王が、ドラゴン石を作った時に失くさないための仕組みがあると語った記録がある』
ハヅキは気になって続きを読む。
『継承された家系の者が、石に近づくと石は蛍光を放つという』
それは自然の摂理に逆らうのではないか、とハヅキは思った。
この世界は、水晶の女王がプログラムしたものではない。
世界を超えたところにマスターが存在し、この世界はそのマスターがプログラムしたものなのだ。
水晶の世界では自然の摂理に逆らうことを行うと『世界の管理者』がリプログラミングしてしまう。
書は、なぜその不自然なプログラムが見逃されているかに言及していた。
『それは石に仕組まれた本質と家計に引き継がれた本質が巧みに噛み合うことで実現されている。一見無駄なコメントのように無意味に思える関数が物理的に近いことをきっかけに発動するのだ。ソースが読めるのは、転生者の一部と、水晶の女王しかいない。したがって、あくまで推測に過ぎない』
もし本当なら。
ドラゴン石に近づくと、石が蛍光を放つ。
スズミヤ家が継承された家系であるならば、そしてハヅキにもその権利があるなら、『ドラゴン石』は近くにくると蛍光を放つということになる。
『継承を持つもの曰く、ドラゴン石には意志がありその石から視線を感じるという』
ハヅキはその文書を見るなり、脳裏にあることが浮かんだ。
「まさか……」
ハヅキは書を向いていた顔をあげ、窓の外を見た。
日が昇り、城の窓が照らされている。
ぼんやりと外を眺めるユウトが現れるはずだ。
しかし、窓に動く者の様子がない。
肘をつき、顔を乗せてしばらく見つめるが、ユウトは現れない。
すると従者が、ハヅキの脇に立った。
ユウトを探していることを気付かれたくないハヅキは、それとなく視線を逸らした。
「城の様子を調べましたところ、昨晩ユウト様が城に帰られないので騒ぎになっています」
ユウトを見ていることがバレたのだろうか。
ハヅキは聞く。
「なぜそれを私に」
「ハヅキ様は王子の許嫁でございますから……」
ユウトが城に戻っていない。
ハヅキは会議のことを思い出した。
サクラという女性がゴブリンに金を渡して人質解放を行うと言っていた。その期限は三日。もしかしてユウトは、そのサクラと……
「私の勝手な推測ですがユウト様は……」
「サクラと一緒にゴブリンと交渉を行なっている」
「なぜ、そのような情報を?」
ハヅキは口に指を当てて「秘密」だと示した。
ユウトは戦闘を最小限にしようとしている。
だから金を渡して戦闘が回避できるなら、それでいいと思っているのだ。
だが、彼らが南に侵攻するのはゴブリンの王の指示だ。王が変わらない限り、いくら人質を奪い返しても侵攻は止まらない。侵攻が止まらなければ、さらに人質は増えてしまう。
侵攻を止める簡単な方法は、王を暗殺することだ。
王の指示を失えば、まとまりを失ったゴブリンは北へ後退するだろう。
王を暗殺する方法…… 水晶の女王がいて、転生者がいれば直接暗殺する他の方法もあったろう。だが、ハヅキが提案できる暗殺方法は、ドラゴンを操りゴブリンの王をブレスで焼く事だった。
空からの襲撃なら、途中ゴブリンの反撃を受けることもない。
どうして分かってくれないのか。
「ハヅキ様……」
従者の声を聞くと、ハヅキは図書室に差し込む日差しを確認した。
もう帰る時間なのだ。
今日の午後も、五人がやってきて『ドラゴン石』の探索を行うことになっている。
ハヅキはため息をついて立ち上がる。
従者が言う。
「ユウト様は、きっとご無事です」
「……あ、そんな心配をしているのと違うから」
「ユウト様なら、一線を越えることもないと思いますよ」
「なっ……」
ハヅキは慌てて首を横に振った。
「そ、そんなこと考えてないから」
ハヅキは改めて気付かされて、不安になった。
サクラとユウトが男女の仲になってしまったら、私は許嫁を破棄されてしまうのだろうか。そもそも許嫁はどんな立場なのだろう。婚約しているのと同じ意味ではないのだろうか。
ハヅキたちは乗ってきた馬車に乗りスズミヤ家に戻った。
そしてハヅキは午前中の間、忙しく執務をこなした。
執務を終え、昼食の支度が終わるまで、少しの時間が出来た。
昨晩のことがあり、ハヅキはなんとなく応接室へ入った。
「!」
ハヅキの頭の中に、見知らぬ文字が浮かんだ。
横書きされている文字が、上から流れる指示書のようになっていることがわかる。
誰に教えられたものでもない。今、瞬間的にそう理解したのだ。
現実に見えている光景に、そのリストが重なって見える。
左手の甲に違和感があり、手をかかげてみると、手の甲に墨色の文字が流れた。
『このままでは、君は“悪役令嬢“になってしまう』
「はあ?」
ハヅキには『悪役令嬢』という意味がわからなかった。
悪役と令嬢というそれぞれの単語の意味は当然わかるが、それを一つの言葉として扱うことがないためだ。
『娘たちがくる前に、この部屋を封鎖しろ』
手の甲に墨色の文字が次々に浮かんで消える。
ハヅキは自らの手の甲に言葉をかける。
「あなたは誰?」
『私は水晶の女王』
「えっ!? 本当に?」
ハヅキは驚いた。
水晶の女王なら、これくらい奇想天外なことをこなせても不思議ではない。
だが、今の時代に『水晶の女王』はいない。
「水晶の女王は、いないはずでは」
『実態は存在しないが元になるクラスが失われているわけではない。簡単な実態の生成は容易に実行可能だ』
なんだろう、この言葉使いは。人間のものとは思えない。これが女王の言葉なのだろうか。
「……」
『この部屋を封鎖しておけ』
ハヅキは一か八かの気持ちで、手の甲を流れる言葉を信じることにした。
昨日の侵入者も、この部屋に入った。
何かあるのは間違いない。そう思っていた。
昼食を取る前に、ハヅキは家の者に命じて応接の窓と出入り口に木の板を打ちつけて、封鎖させた。
「ハヅキ様、昨晩のことが気になるのでしょうか?」
「そんなところです」
「出入りする際は及びください。すぐに外させますので」
ハヅキは頷いた。
ハヅキが昼食をとった後、今日も各令嬢がやってきて『ドラゴン石』の探索を続けた。
日が落ちるまでの半日、敷地内も、屋敷の部屋も、隅々探し続けたが『ドラゴン石』は見つからなかった。
夕食を共にした後、各々帰っていくミミ、メイ、クミ、ハナ、リサの五人を見送った後、ハヅキはため息をついた。
左手の甲が疼くので、他人に見られないように端に移動すると手袋をめくった。
左手の甲に文字が浮かんでくる為に、昼食前からずっと手袋をしていた。
めくったその真白い手の甲に、墨のような黒い字が浮かぶ。
『悪役令嬢の道を進み続けているぞ…… 早くなんとかしないと』
まただ、とハヅキは思った。
悪役令嬢。
この言葉は、私に破滅をもたらすものに違いない。
なんとはなしに、彼女はそう感じていた。




