黒と銀の再会
今回、大変短いです。
「あなたのものがあなたの手の中に戻っただけです」
白銀の美女は、恥じらいながら甘い吐息と共にそう囁いて、ゴドランの首に縋り付いたままうっとりと頬擦りしてきた。
なんだこれは?! 何がどうなっている???
七面倒くさい政務に延々と付き合わされて徹夜明けで、集中力も何もかも切れていたゴドランの頭は、突然発生した非常事態にカラカラと空回りした。
これが殺意のある刺客や悪意のある女狐の類であったならば、いかにここが安全な領主邸内と言えども、中庭を突っ切るように駆け寄ってこられた時点で、腰の剣を抜き応戦していただろう。
だがしかし、使用人と回廊で立ち話をしている彼に向かって、鹿のようにしなやかかつ軽やかに真っすぐ駆け寄ってきた彼女は完全に無防備で、その澄んだ紫色の目をキラキラと輝かせて、自分の何もかもをゴドランに差し出すように大きく手を広げて彼の胸に飛び込んできたのだ。
「待て、ちょっと待て」
ゴドランは、必死に脳内で現状を整理した。
彼女に見覚えはある。オリオルの廃神殿にいた元斎女の娘だ。
西征の時に身寄りを託されたので、アトーラに征服されたその地で生きていけるように、身分や資産を整えてやった覚えがある。もともと彼女のいた神殿は、薬草園を持っていて薬師の婆さんが何人もいたので、軍の負傷兵のための医薬の補給基地と療養地として確保した。ゴドランとしては。彼女もそこで自由な身で不自由なく育つことができるようにしたつもりだった。
そういえば、彼女が生活に困らないように、薬草園は彼女名義の資産とした。
ついでに、変な横やりで取り上げられないように、アトーラの支配地となったそこの土地の中でも、薬草園は特別にオルウェイ直轄地としてもらった。オルウェイ直轄ということは現アストリアス領主……ここのあの夫人が直接管理する土地ということであり、おかしなことにはならないだろうと踏んでの判断だったのだが……。
透明感と清潔感のある優しく心地よい香りが鼻腔をくすぐり、思考がずたずたに分断される。
肩や腰はうっかりすると手折ってしまいそうに華奢なのに、受け止めると重量感のあるその身体をどう支えたものか、とりあえず抱き留めてしまった己の手の加減に困惑しながら、ゴドランは己の首筋に顔をうずめている若い年ごろの娘という劇物を、慎重になだめにかかった。
「領主邸には薬草園の用で来たのか?」
うっとりと全身を彼に預けていた彼女の肩がピクリと震え、微かに息を吞む音がゴドランの耳のすぐ脇でした。自分の立場を思い出したからだろうか、みるみる彼女の体温が上がった。リムスの若葉を思わせる若々しい香りの奥から、藤や大輪の芍薬のような甘い香りが立ち昇って来て、ゴドランは急に自分が今どんな匂いなのか心配になった。
彼は、彼女の足が地に着くように上手く腰をかがめ、ふらつかぬように支えてやりながら、首にしがみついたままの彼女の顔を至近距離から覗き込んだ。
「再会できてとても嬉しいが、まずは互いに近況を少し話すというのはどうだろうか」
「は…い……」
怖がらせないように、できるだけ穏やかで優しい声になるように注意しながら、耳元で静かに語りかけてやると、彼女は恥じらいと落ち着きを取り戻してくれたようで、少し身を反らし正面からゴドランの視線を受け止めてくれて……顔を真っ赤にした。
「ゴドラン、帰っていたのね。今ちょうど人をやってあなたを呼びに……」
回廊の向こうからやって来た領主夫妻は、ゴドランが恥じらう若い娘を情熱的に抱きかかえているようにしか見えない現場を見て、言葉を詰まらせた。
「ゴドラン様、寝室のご用意ができました」
たしかに徹夜明けで少し休む気だったから頼みはしたが、今このタイミングでそれを言いに来るのは、悪意があるだろうと、ゴドランは領主邸の家宰を睨みつけた。
続かないと可哀想なので
つづく……




