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希望のバンガード   作者: 神崎メオ
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8



 扉が開くと辺りは真っ暗だった。

 不気味な風音が、遥か遠くから絶え間なく吹き込んでいる。

 先頭の隊員が素早く周囲に視線を走らせ、銃口を左右に振る。

 仲間達も呼吸を殺し、それぞれが担当方向へ銃口を向ける。


 数秒の沈黙。


「……クリア!」


 短く、だが確信のこもった声が響く。

 少なくともこの空間に敵影はない。

 

 暗闇に目が慣れるにつれ、細長い通路が浮かび上がった。

 天井は緩やかな弧を描き、壁面には煤のような汚れが帯状に残っている。

 人工的に掘られた構造だと直感的にわかった。通路は奥へと続いている。

 その先にかすかな外光が滲んでいるのが見えた。

 僕達はアレックス隊長の合図で列を整え、その光を目指して進む。

 足音を抑えながら進むうち、前方の闇は徐々に薄れていき、やがてトンネルの出口が視界に入った。


 ようやく外だ。


 百年ぶりに見る空。

 そう思い、胸の高鳴りを抑えながら顔を上げる。


 しかし、そこに広がっていたのは青空ではなかった。

 濃密な霧。

 視界を覆い尽くす重く沈んだ灰色の膜。


「……な、なんだ、これ」


 それが霧だと理解するまでわずかな時間を要した。

 空そのものが塞がれている。息苦しさすら覚える異様な光景だった。


 一方、アレックス隊長はすでに無線機を取り出していた。

 周波数を変え、何度も呼びかける。

 しかし、相手から返事はなかった。


「……応答なし。やはり第一部隊に何かあったか」


 短く吐き捨てるように言い、隊長は腰のポーチから地図を広げた。


「これから市街地へ向かう。第一部隊が最後に定時連絡を発した地点だ。何か手掛かりがあるはずだ」

「了解!」


 返答が重なる。


「……しかし今日は霧が濃い。ついてない日だ。全員、明かりを点けろ。固まって進むぞ!」


 命令と同時にみんなは一斉に銃に装着されている懐中電灯の電源を入れ、僕も同じことをした。

 そして立ち止まっていた僕達は再び警戒しながら前へと進んだ。


 そこで僕は思った。命令を大声で言った隊長。

 声が大きすぎる!

 もし『奴ら』 が近くにいたら……。 

 と、考えると少し心臓がバクバクした……。


 気を落ち着けるように息を整え、僕は隣のユリエに声を落として尋ねた。


「ユリエさん、この霧……普段からこんなに濃いんですか?」

「いいえ。このエリアはいつも晴れているわ。……こんなの初めて」


 視線を巡らせながら彼女は続ける。


「警戒して。嫌な感じがする」


 普段は青空が広がるという第三地上エリア。

 それが今日は、数メートル先すら見通せない程の霧が立ち込めている。


 嫌な予感が背筋を這い上がった。


「ユリエさん。ジェミニって霧を発生させたりしますか?」

「ジェミニが霧を……?聞いたことがないわ」


僕は小さく息を呑んだ。


「……じゃあ、これは別の『何か』 の仕業かもしれない……?」


 僕がそうつぶやくと───。


「……ほう」


低い声が背後から響く。


「俺も同じことを考えていたところだ」


 振り返ると隊長がこちらを見ていた。


「もしそうなら……早めに備えないと危険です」


 ユリエが静かに口を開いた。

 隊長は短く頷き、即座に号令をかける。


「全員聞け!一列進行を中止!四人一組で、三人が一人を囲む『トライアングル・フォーメーション』を組め!」

「了解!」


 五組に分かれ、隊員達が素早く隊形を組み直す。

 霧の中では一列はあまりにも無防備だ。

 この形なら多少の奇襲にも対処できる。


 ……だが、それでも足りない気がした。


「レン。お前はユリエと組め。後方だ」

「……っ!ありがとうございます!」


 思わず声が弾む。

 ユリエと一緒ならそれだけで心強かった。

 だが、その喜びは一瞬で裏切られた。


「残りは……グレンと眼鏡。お前達も加われ。俺は先頭を行く。お前らは最後尾で逆三角形を組め」

「了解。それと隊長、私はヒューズです。失礼ですが、それを申し上げるのはこれで何度目でしょうか」


 淡々とした下らない抗議。


 嘘だろ……。

 よりによってその二人。


「隊長!お願いです!違う二人と組ませてください……っ!」

「もう決まったことだ!ぐちぐち言うな!」


 取りつく島もない。

 最悪の組み合わせだ。

 けれど、仕方ない。

 こうなったらやるしかない。


 すると、背後でグレンが舌打ちする。


「チッ……甘ったれが。足手まといになるなよ」

「だ、誰が足手まといですか!」

「お前以外に誰がいる」

「二人とも静かに」


 ヒューズが眼鏡を押し上げ、冷静に制した。


「声を荒げれば敵に居場所を晒すだけだ。……レン君。君が不安なのは理解している。でも任務は任務だ」


 正論だった。言い返せない。


 ユリエはそんな三人を見て、苦笑しながらも小さく首を振った。


「お願い、今はやめて。……皆で力を合わせましょう」


 グレンは舌打ちしつつも黙り、ヒューズは小さく頷いた。


 緊張と不信の入り混じる後方部隊。

 だがその中で、かすかな結束の糸が、ようやく編まれ始めていた。






次回に続く

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