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希望のバンガード   作者: 神崎メオ
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6



 エレベーターは轟音を立てながら、ゆっくりと地上へ向かっていた。

 広すぎる空間に、乗っている人数はあまりにも少ない。

 到着までは、まだ時間がかかりそうだ。

 僕は隣に立つユリエに、ずっと引っかかっていたことを尋ねることにした。


「ユリエさん、今……話しかけても大丈夫ですか?」

「ええ。このエレベーターは地下深くから地上まで上がる構造だから、到着まで三十分くらいかかるの。聞きたいことがあるのね?」

「はい。さっき、〝あなたも〟って言いましたよね。ユリエさんも……アヴァロン経験者なんですか?」


 ユリエは少し首を振り、穏やかに答えた。


「私は違うわ。でも、初任務の時に出会った女の子がそうだったの」


 ユリエは一度言葉を切り、続けた。


「彼女は、〝こんなはずじゃない、間違いだ〟って泣き叫んで、出撃を拒んでいた。話を聞いたら……アヴァロン治療で蘇った子だったのよ」

「……僕と同じだ」

「ええ。未来に目を覚ました直後に戦場へ放り込まれるんだもの。受け入れられなくて当然よ。レン君を見た時、あの子のことを思い出したの」


 少し迷ってから、僕は尋ねた。


「その子は……今、どうしているんですか?」

「それ以来、会っていないわ。前衛部隊に移ったって噂は聞いたけど……」


 ユリエは一瞬だけ寂しそうに目を伏せた。


 未来に蘇っても、待っているのは戦場。

 その事実が、静かに重くのしかかる。


「……残念です。僕も、彼女に話を聞いてみたかった」

「戦場は広いわ。でも……きっと、また会える」


 ……できれば、戦場じゃない場所で。


「前衛部隊って……最前線ですよね?一体、何と戦っているんですか?」


 ユリエの表情がわずかに引き締まった。


「……私達が戦っているのは、ジェミニよ」

「ジェミニ……?」

「青黒い体の四足歩行生物。体高は二メートルを超えるわ」

「二メートル……!」

「群れで行動して、昼夜を問わず獲物を襲う。仲間意識が強くて、一体を倒すと周囲の群れがすぐ反応するの」


 想像しただけで背筋が冷えた。


 頭の中で特徴を整理してみた。

 青黒い体。四足歩行。

 体高は二メートルを超え、横幅は一メートル近い。

 まるで犬を巨大化させたような怪物。肉食で、人を襲う存在。


「……そんな相手に、この軽装備で大丈夫なんですか?防護服でもなく、僕達の制服なんて普通の布じゃないですか」

「私達は機動性を優先しているの。……それに、ジェミニの顎と牙は鉄すら砕く。どんな防具も意味をなさないわ。だったら、少しでも動ける方がいい」


 僕は何も言い返せなかった。

 しばらく言葉が出てこなかったが、それでも絞り出すように問いかけた。


「……弱点は?」

「体内に『ブレイズ』と呼ばれる生体エネルギー結晶があるの。それが心臓の役割を果たしている。頭部を破壊するか、ブレイズを壊すか、体外へ引き剥がせば絶命するわ」


 ジェミニ……と生体エネルギーの結晶、ブレイズ……。

 まるでファンタジーの世界だ。


「……それでも、軍の力があれば抵抗できそうなのに」

「そう思われていたわ」


 ユリエは一度息を整えてから続けた。


「最初は劣勢だった。でも、少しずつジェミニの数を減らすことに成功して……正直、このまま押し返せると誰もが思い始めていた」


 そこでユリエは言葉を切った。


「でも、ある日、すべてが一変したの」

「何があったんですか?」

「……一年程前、第三地上エリアを火の海にした存在」

「ジェミニじゃ……ない?」


 ユリエは重く頷いた。


「違う。あれはジェミニなんかじゃなかった」

「じゃあ、一体……」

「誰もわからない。何なのかも、どこから来たのかも」


 ユリエは視線を伏せた。


「2139年5月1日──」


 その日付を口にした瞬間、ユリエの声がわずかに震えた。


「後に終焉の日と呼ばれることになる日よ。そいつらは世界中に同時に現れた。そして、たった一日で都市を壊滅させ、軍をも飲み込んだ」

「そんな……一日で……?」


 頭が混乱して呼吸が浅くなる。


「その生物についての情報は?」

「わかっているのは一つだけ。あれは人間が太刀打ちできる相手じゃなかった」

 

 ユリエの表情が曇る。


「最新兵器も、防衛部隊も、何もかも通用しなかった。そして現れた翌日、忽然と姿を消した」

「消えた……?」

「ええ。なぜ現れ、なぜ去ったのか……今も不明」


 思考がまとまらない。


 ジェミニだけじゃない。

 人知を超えた何かが地上に現れた。

 そんな存在を相手にして、生き残れるのか。

 それに、姿を消したって……一体何のために……?


 考え込んでいるうちに、僕は隊長の声を聞き逃した。


「総員、聞け!間もなく地上に到着する!」

 

 隊長の声が響いた。


「ライフルを確認しろ!徹甲弾に切り替えろ!着いたら安全装置を外し、すぐ撃てる状態にしろ!」

「了解!!」


 一斉に響く隊員の声。


「もうすぐね……」


 ユリエが小さく呟いた。


「いろいろ教えてくれてありがとうございます」

「不安なことがあれば、いつでも聞いて」


 まだ聞きたいことはあった。

 でも、もう時間がない。


「隊長に一言、伝えたいことがあります。少し行ってきます」


 僕は隊長の元へ向かった。


「隊長。さっきは……すみませんでした。僕も戦います。覚悟は決めました」

「……ほう。小僧、名は?」

「ユウガミ・レンです」

「覚えた。覚悟ある者の名は忘れん」

「ありがとうございます」


 ユリエの隣へ戻り、心の中で誓う。


 必ず生き残る。

 最後まで戦い抜く。


 その時、ふと体が妙に軽いことに気づいた。


 ……何かおかしい。


 ポケットを探り、周囲を見回す。


 ……無い。


 無い。無い。無い。無い……!




 僕の武器が……どこにも無い!!!



次回に続く

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