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希望のバンガード   作者: ミツカユリエ
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第5話 レンの覚悟



 元の車両に戻り、腰を下ろそうとした瞬間だった。

 奥から、床を叩くような重い足音が響いてきた。


 振り返ると、軍服姿の大柄な男が歩いてくる。無駄のない動きで、ただ存在しているだけで周囲を圧倒する。

 首には獣に裂かれたような三本の深い傷跡が刻まれていた。


「第二部隊、気をつけ!」


 空気が一気に張りつめる。

 ユリエも、隊員たちも立ち上がり整列を始めた。隊長の登場だ。


「何だお前は!ぼーっと突っ立ってないで、さっさと整列しろ!」

怒気を含んだ低い声に、思わず背筋が凍る。

慌てて列に加わり、肩を並べて硬直したまま立った。


 「この部隊の指揮を執るアレックスだ。……よろしく頼む」


 鋭い視線が僕を射抜き、すぐにユリエへと向けられる。


「アレックス隊長!!」

 隊員全員が声をそろえる。


「よろしい。おい、眼鏡!グレンはどこだ?」


 隊長は眼鏡の男に問いかける。


「ヒューズです。アレックス隊長、グレンは隣の車両に」


「全く……整列の時間に何をしている。まあいい」

 アレックス隊長は鼻で笑い、腕を組んだ。


「ま、待ってください!」

 思わず声を上げると、アレックス隊長の目がこちらに冷たく向いた。


「お前は例の新入りか。……まあいい、しっかりついてこい」

 その言葉に、胸の奥にまた不安が渦巻いた。

 一体どこへ連れて行かれるのか。理解が追いつかない。


「お願いです、ここから出してください!」


 必死の声は、隊長の眉をひそめさせただけだった。


「安心しろ。もうすぐ目的地に着く。降りたければ好きに降りられるぞ」


「そ、そんな……!」


 すぐに電子音のアナウンスが響く。


『間もなく第三エリアに到着します』


「第三エリア……?」


 足元が頼りなく揺らぐ。混乱する僕をよそに、隊長の声が車両を満たした。


「全員よく聞け! 地下都市は八つのエリアに区分され、それぞれに出口がある。我々は第三エリアから巨大エレベーターで地上へ出る。本部の報告によれば、この地帯に“あれ”が再び現れた可能性がある」


ざわめきが広がる。


「一年前、この第三エリアを火の海にしたのも同じ連中かもしれん。……だが戦闘は避ける。今回の任務はあくまで偵察だ」


言葉が耳の奥で反響するだけで、頭には入ってこない。


ユリエが顔をしかめ、思わず口にした。


「アレックス隊長……この任務には賛成できません。危険すぎます!」


「ユリエ、出発前に説明したはずだ。バンガード隊は別の緊急任務に当たっていて、我々が行くしかないんだ。それに“奴ら”がまた姿を消す前に確認しなければならない」

アレックス隊長の答えは冷たかった。


「でも……本部の報告が正しければ、世界中の軍隊でも止められなかった相手なんですよ!? どうして私たちだけで……!」


「わかっている。だが決定は下りた。俺たちが行かなければ、他の誰かが行くだけだ」


ユリエは唇をかみ、視線を伏せる。


「……私たちでやるしかないのね」


彼女の声は震えていた。けれど次の瞬間には、かすかに強い光を宿して隊長を見返していた。


「戦闘は避ける。偵察だ」

 隊長は言い切るが、その声音に不安の色が混じっているように聞こえた。


「ですが……!」


「ユリエ!もうやめろ!いいな!?」


「……了解しました」


 押し殺すような声で、ユリエは従った。


 やがて車両が停まり、僕たちは第三エリアに到着する。


「初出撃の者も多いと思うが、万が一戦闘になったとしてもお前たちはこの日のために鍛えられているはずだ。臆することはない!」


「はっ、アレックス隊長!!!」

 皆一斉に答え出す。


「よろしい。みんなの働きに期待している!行くぞ!」


 隊長の説明が終わり僕達は第三エリアに到着した。



「初出撃か……」

 僕は小声で呟いた。


「レン君、降りるわよ!」

 ユリエさんは僕を促しながら腕を掴み引っ張ったが、僕は不安で頭が真っ白になって彼女の声も全く聞こえていない。そして体も動かなくなっていた。


「……!」


 彼女は仕方なく僕を残したまま車両から先に降り、他の連中も彼女に続いた。

 僕と隊長以外は下車したが、隊長はまだ車両に残っている僕を見て怒鳴った。


「お前はさっさとこの車両から降りんか!!!」


 隊長は僕を車両の外に放り出す。


 そして僕は正面にある柱にボーンと音がするほど顔をぶつけてしまう。


「痛ってええ!!あ、あれ?痛いはずなのにちっとも痛くないぞ」 

 あぁそうか、あのマツダが言ってた痛みを感じない身体って、こういう事なのか?


 僕はそこでハッと我に返った。


 そうだ!せっかく治してもらったのにまた顔に傷が残ってしまうじゃないか!痛くなくても傷は残るぞ!


 そう思いながら僕は電車から離れたが、目の前の光景に驚いてしまう。

 扉の外には、天井まで届くほどの巨大なゲートがそびえていた。

 青いライトに照らされたその光景に、思わず息を呑む。前方の巨大な扉は重く堅く閉ざされていた。外からは簡単に開けることはできないようだ。

 こんな扉が必要なほど守りを固めないといけないなんて、僕達は一体どんな生命体を相手にするというのか?

 僕の不安はますます高まった。


「ここが……第三エリアの出口……」


 周囲はざわついている。

 ユリエは僕のそばに近づき、小声で囁いた。


「レン君……顔色が悪いわ。怖いんでしょう?でも大丈夫。私がそばにいるから」


 そう言って、背中をさすってくれる。

 不安は消えないけれど、その声だけで少し救われた気がした。


 そしてさらに何か決心したかのように彼女は言う。


「私に任せて……。門兵と少し話をするからここで待ってて?」


「はい……」


 ユリエさんは近くに立っていた二人の門兵に近づき、誰にも話を聞かれないようにこっそりと何か喋っていた。彼女の後姿しか見えなかったので何を話しているかはわからなかったが少し時間がたち会話は止まった。

 話が終わったようだ。


「はあぁ……。これからどうすればいいんだよ……」


 僕が考えていると、隊長が声を上げ、扉の前にいる門兵達に話しかける。


「おい、第一部隊はどうした?予定の交代時間を過ぎてるぞ。連絡はまだか?」


 ユリエさんが僕のところに戻ってきた。


「おかしいわ……!第三地上エリアから帰還しているはず……!」


 やがて、予定より遅れている第一部隊の不在が明らかになる。

 彼女が言うには、どうやら第一部隊は偵察任務を終えた後、僕達第二部隊と入れ替わる手筈だったようだ。でも予定時間はとっくに過ぎていた。


「二時間前の定時連絡では異常ナシと連絡を受けましたが、それ以後何も報告がありません。まだ誰も戻っていません」


「そんなはずはない。第一部隊は30人いるはずだ!全員が30分も遅れるのは変だ。それにエレベーターもまだ上がっていない……。何かあったに違いない……!」


 周りのヒソヒソ声が大きくなり、30人もの仲間が殺されたのかとみんなに緊張が走った。

 険しい顔をしていた隊長が作戦の変更を切り出した。


「作戦変更だ。予定の調査を中断し、我々第二部隊は第一部隊の捜索救助に向かう。我々は仲間を見捨てない!よいな!」


「了解!!!」

 隊員たちは気勢を上げるが、僕の心は冷え切っていた。

 みんなが答えると、少ししてユリエさんが隊長の方へ向かった。


「アレックス隊長……!」


「今度は何だ?今取り込み中だ」


「やっぱり例の生命体の仕業では……!?」


「……わからん、『ジェミニ』に襲われた可能性もある」


「…………!」


「緊急事態だ。待機中のバンガード隊員がいないか確認する」


「了解……!」


 そして隊長が門兵に指示した。


「お前は本部にこのことを報告し、『バンガード』部隊に応援要請するよう伝えてくれ。我々は先に現場に向かう」


「はっ!アレックス隊長殿、ここから先は限界線を超えます。危険領域です。みなさんのご無事を祈ります!」

「ああ、わかった。さあ用意はいいか、第二部隊、行くぞ!」


 青く点灯していた空間は赤色の空間に変わり、警報が鳴り響き、封鎖ゲートの重く堅い扉が開く。


『ガッゴーン、ゴゴゴゴ───』


 嘘だろ?30人もの鍛えられた隊員達が死んだかもしれないんだぞ!みんな怖くないのか?いや、絶対怖いに決まってる!

 僕はみんなの顔色を伺った。

 しかしそれまでの緊張した姿はそこにはなく、みんなやる気に満ちあふれていた。


「そうだ、俺達ならやれるぞ!」

「ああ、やってやろうじゃないか!」

「仲間を助け出すんだ!!!」


 こいつら頭おかしいぞ!?絶対そうだ!


(ユリエさん以外)


(救出任務なんて……無理だ。死ぬに決まってる!)


 あぁ、でもダメだ、こいつらには何を言っても無駄だ!

 しかも僕にはまだわからないことが多すぎる。バンガードって言葉がチラッと聞こえたがいったい何なんだ?


 あのマツダって先生の話をもっと聞くべきだったと悔やんだ。


 まだ訓練すら受けてない僕は大丈夫なのだろうか。僕はどうなってしまうんだ。もう終わりなのか?僕はまた死んでしまうのだろうか?


 いろいろ考えると正常ではいられなくなった。


 このまま死ぬのを黙って待つのか……?


 いや、僕は死にたくない……!戦うしかないのか?


 しかしどう考えても無理だ。戦えっこない……!そうだ、きっと遠くへ行けばどこか戦争の無い場所に辿りつけるはず!


 タイミングを見計らって逃げ出すか!?

 でもダメだ……!話を聞く限り一人で行動するのは危険すぎる……!


 震える僕の耳に、再びユリエの声が届く。


「レン君。安心して。さっき門兵に頼んでおいたの。あなたは一緒に出撃しなくていい」


「ほ、本当ですか……!?」


 ユリエさんからそう聞き、僕は嬉しさが込み上げてきた。これで助かるんだとホッとしたら僕の安心した表情を見た彼女はふっと微笑んだ。


「うん。あそこの壁の隙間、見える? 扉が開いてみんなが進み始めたら、あそこに隠れて。全員が出たら、扉が閉まるまで動かないで。」


「でも、僕がいなくなったって隊員たちにすぐにばれるんじゃないですか?」


「扉が閉まった後、あなたがいないってみんなが気づいた時にはもう遅いから問題ないわ。一刻を争う事態にわざわざ再び扉を開けてあなたを連れ戻すなんてことはないから。それから先は彼らの指示に従ったらいいから。いいわね?」


「わ、わかりました……!」


 彼女は門兵に僕を紹介し、段取りを手短に確認してくれる。横顔が、少し震えていた。強がっているのがわかる。


「レン君。ここでお別れ。いろいろ説明してあげたかったけれど……帰ってこられたら、そのとき続きを話そう?」


 胸の奥に熱いものがこみ上げる。


 一時はどうなるのかと思っていたが、これで危険な目にあわずに済む……。

 僕は彼女に再び感謝した。


「ユリエさん……、本当に……ありがとう」


「いいの。気にしないで」


 けれど、どうしてここまで……という疑問が口をついた。


「僕を逃がしたことが後で知られたら、ユリエさんは……大丈夫なんですか」


彼女は一拍置いて、短く首を振る。


「大丈夫。……それに、何も知らない子を戦場に送るのは、もう嫌なの。あんな思いは、誰にもしてほしくない」


「あんな思い……?」


彼女はそれ以上言わなかった。


すると警報灯が赤に切り替わり、重いロックが外れる音が響く。


『ガッゴーン、ゴゴゴゴ――』


 ようやくゲートが完全に開いた。他の隊員たちは扉の先へと進み始める。


「今よ、早く隠れて……!!」


 ユリエに背を押され、指定された隙間へ滑り込む。


「それじゃあ、私、行ってくるわ。短い間だったけれど……元気でね……?では彼のことをお願いします……!!」


「ハッ、了解です……!」


「レン君、またね……」


彼女は小さく手を振り、駆け足で隊列に戻った。


「ユリエさん!!」


門兵にたしなめられ、慌てて口を押さえる。


 しまった……!今声を出しちゃいけないんだった……!


 運よく他の隊員たちにこの声は届いていないけれど、ユリエさんには届いているはず。しかし彼女は振り向かなかった。僕が隠れていることを悟らせないために。


 そして僕以外全員扉の外へ出た後、扉は閉まり始めた。

 徐々に閉まっていく。


「もう少しで閉まる。そのあと別の場所へ移動する」

門兵の声。もう一人が低く押し殺した声で言った。


「本当に匿うのか……?ばれたら軍法会議だ。彼女も、俺たちも処刑されるぞ……!」


「約束したんだ。今は……仕方ない」


「だけど……!」


会話が胸に刺さる。罪悪感が、じわじわと広がった。


 ユ、ユリエさんが処刑される……!?や、やっぱり大丈夫なわけないじゃないか……!ぼ、僕のために……。


 これで死なずにすむはずなのに。僕はいろんな思いが心に浮かんだ。


 喉の奥が焼ける。恐怖と、情けなさと、悔しさ。


(彼女は、覚悟を決めて前に進んだ。僕はどうする)


 しかし、 本当にこれでいいのだろうか……?

 情けなくはないのか……?

 僕は喜びの気持ちより自分を情けなく思う気持ちがこみあげてきた。


(僕だけ守られて……それでいいのか)


 ………………

 …………

 ……


扉の隙間が、細くなる。


走れ。


足が勝手に動いた。


 彼女の優しさに甘えるのか、それとも……立ち向かうか?戦う覚悟を……決めるしかないのか?

 ……そうか。わかった……。なら覚悟を決めよう。僕は男だろ?処刑なんてさせない……!それにユリエさんの助けになりたい……!彼女の助けになるんだ……!こ、こうなったらやってやる!!


「ちょっと、君!」

「おい、待て!」


 二人の門兵が目を離したすきに、僕は扉へと走った。

 制止の声を背に、僕は閉じゆくゲートへ飛び込む。直後、重い音が背後で響いた。


『ゴゴゴゴゴーン───』


 閉まった扉に、拳を当てる。


「僕は、ばかだな……」


 でも、後戻りはしない。


「二度目の命だ……怖くない。……怖くない。――覚悟は、できてる」


背後から足音。振り返ったユリエの目が大きく見開かれる。


「……レン君!?」


「僕も一緒に行きます。戦えるかどうかはわからない。でも、ここで隠れているより、ずっとましだ」


「な、なんで!どうして!さっきまであんなに怯えてたのに……!これから先、何が起こるかわからないのよ!!」


「……武者震い、だったみたいです」


「だめ!あなたが思っているほど戦場は甘くはない……困ったわ……!」


「せっかくのユリエさんの優しさを無駄にしてすみません。でも僕は覚悟を決めたんです。さぁ!行きましょう!」


ユリエは困ったように眉を寄せ、そして小さくため息をついた。

「本当に、それでいいのね?」


「はい」


「……わかった。もう止めない。一緒に行こう」


 その顔色が、ふっと少しだけ青ざめた気がして、気になった。けれど今は、前を向く。


 扉の先には直径五十メートルくらいある巨大な円形エレベーターが待っていた。

 第二部隊が乗り込むと、轟音を上げてゆっくり上昇を始める。


 僕がびっくりしながら周りを見ているとグレンと目が合ってしまった。グレンは僕を睨みながら舌打ちし、前を向く。

 どうやら彼とは仲良くなれそうにないな。彼は僕のことが嫌いで僕もあいつが嫌いだ。

 それから、僕も前を向き、エレベーターは未だ出口の光が見えない終点へと昇っていった。





次回に続く

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