21
僕は地面に倒れたまま動けなかった。
視界が暗くなっていく。
もう身体に全く力が入らない。
目の前に立つ女性が何かを言っているようだったが、声がうまく聞き取れなかった。
「……カっ……ユっ…… 」
僕は必死に首を動かした。
少し離れた場所に、カユが立っている。
無事だ。
「良……かっ……た……」
それを確認した瞬間、張り詰めていたものが切れた。
その言葉を最後に、意識が急速に遠のいていく。
♦ ♦
ヴァレンダは、倒れている少年を見下ろしていた。
「何なの、この傷……!かなり危ないわね」
少年の傷口から血が流れ続けている。
「出血がひどい……!」
ヴァレンダは腰のポーチから注射器を取り出し、少年の傷口に手を当てた。
そして、止血剤を注射した。
注射器が一瞬だけ点滅したが、すぐに光が消えた。
装置は作動しない。
血は止まらなかった。
「……効かない?」
ヴァレンダは眉をひそめた。
「……もう使われてる」
少年の傷はあまりにも深い。
このままでは助からない。
しかも、血の匂いで他のジェミニが寄ってくる可能性もある。
ここに長く留まるのは危険だ。
ヴァレンダは周囲を見回した。
アレックスの姿がない。
だが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
その傍らでは、少女が少年にしがみつき、泣いていた。
「死なないで!」
少女は震える声で訴えた。
ヴァレンダは少女へ視線を向けた。
「怪我は?」
少女は涙を拭いながら、首を横に振った。
「歩ける?」
少女は小さく頷いた。
「そう。じゃあ、こっちへ来て」
ヴァレンダはすぐに戦斧を背負い直し、倒れている少年を抱き上げた。
そして少女を背負った。
「しっかり掴まって」
≪限界突破・加速≫
彼女は地面を蹴り、一気に加速する。
少女はヴァレンダの肩にしっかりとしがみついていた。
信じられない速度で、崩れた街を駆け抜けていく。
その姿は、まるでジェミニのようだった。
人間とは思えない速度で瓦礫の散乱する道を疾走する。
それほどの速度にもかかわらず、ヴァレンダの息はほとんど乱れていない。
少し進んだところで、前方から一人の男が駆けてきた。彼女はすぐに足を止めた。
「ヴァレンダ!いきなり飛び出して、何──!」
キョウヘイの言葉が止まった。
ヴァレンダに抱えられた少年。
その背中にしがみつく少女。
「……何があった?」
「ジェミニに襲われていた」
ヴァレンダは短く答えた。
キョウヘイは少年の傷を見た。
服は血で染まり、傷口から血が流れている。
「……ひどい傷だな」
少年の顔を覗き込んだ。
「……この少年が、例のレンか?」
ヴァレンダは頷いた。
「助かるかはわからない。すぐに避難所へ戻ってユリエちゃんに診てもらわないと。キョウヘイ、この子をお願い。怪我はない」
キョウヘイは少女をヴァレンダの背中から受け取り、背負った。
「……この子は?」
「わからない」
少女は俯いたまま、何も答えなかった。
「分かった」
「じゃあ、あたしはこの少年を連れていく。そのままついてきて。避難所へ戻るよ」
キョウヘイは頷いた。
ヴァレンダはそれを確認すると、再び地面を蹴り、猛スピードで走り出した。あっという間にその姿は遠ざかっていった。
しばらく走ったところで、ヴァレンダは崩壊した道路の一角にある排水溝へと入った。
地上からは見えない古い地下通路。
ヴァレンダは少年を抱えたまま暗い通路を一直線に進んでいく。
腕の中の少年はまだ目を覚まさない。
血はまだ流れ続けていた。
「……早くしないと」
ヴァレンダは少年を抱く腕に力を込めた。
そして長い地下通路をさらに進む。
やがて、前方に小さな明かりが見えてくると、ヴァレンダはスピードを落とした。その先にあるのが、ヴァレンダ達が身を寄せている避難所だった。
その頃、避難所の一室を利用した医療室では、ユリエが椅子に座り、暗い表情で俯いていた。
昨夜、ジェミニとの戦闘で多くの仲間が傷ついた。
ユリエは、その負傷者達を必死に治療した。それでも、多くの隊員を救うことができなかった。
「……私、何もできなかった……」
ユリエは両手を強く握りしめた。
「……レン君……」
ユリエは小さく呟いた。
レンとアレックスはまだ戻ってきていない。
きっとどこかで生きている。
そう信じてユリエは待っていた。
その時、避難所の入口が騒がしくなった。
ヴァレンダが戻ってきたのだ。
その腕には、血まみれのレンが抱えられていた。
周囲の隊員達が騒めく。
ヴァレンダは足を止めることなく、レンを抱えたまま医療室へ向かった。
「クローバーちゃん、ジョン!すぐに手を貸して!」
「分かった!」
「すぐ行く!」
ヴァレンダの声に、避難所で待機していた二人が駆け寄ってきた。
その後ろから、グレン、ヒューズ、ジェイクも駆けつけてきた。
「ヴァレンダ!それは……レンか!?」
だが、ヴァレンダは答える余裕もなく、医療室へ急いだ。
「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止!」
ジョンは周囲の隊員達を制止すると、ヴァレンダの後を追った。
「ユリエ!ヴァレンダが戻ってきた!」
クローバーは医療室へ向かって叫んだ。
ユリエはそれを聞いた瞬間、目を見開いた。
そしてヴァレンダの元へ駆けつけた。
「レン君!?」
その姿を見た途端、ユリエの顔色が変わった。
血まみれのレンを前に、ユリエは唇を震わせた。
口元に両手を当て、今にも泣き崩れそうな表情を浮かべた。
「まだ息はある!」
ヴァレンダの言葉に、ユリエはハッとし、すぐに気持ちを切り替えた。
「ユリエちゃん!出血量がやばい!すぐに診て!」
「すぐ治療する!」
遠のいていた意識がほんの少しだけ戻ってきた。
ここは一体どこなんだ……。
何をされているのかも、よくわからない。
ただ、誰かに抱えられて運ばれていることだけは、かすかに感じていた。
そして僕は、仰向けに治療台へ置かれた。
薄く目を開ける。
ぼやけた視界の中に見覚えのある顔があった。
「……ユリ……エ……さん……」
次回に続く。
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