20
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翌朝。
空は晴れていた。
雲一つない、どこまでも澄み渡る青空。
昨日まで街を覆っていた濃い霧も、いつの間にか消えている。
壊れた窓から差し込む朝日の光が、建物の中を明るく照らしていた。
僕はほとんど眠れないままアレックス隊長の亡骸の前で一晩を過ごした。
少女も壁際で膝を抱えたまま時々うとうとしては、怯えたように目を覚ましていた。
僕はゆっくりと立ち上がった。
左肩から上腕にかけて巻いた包帯は、もう血で赤黒く染まっていた。
それでも、行かなきゃいけない。
僕は隊長を見つめた。
「……隊長」
返事は、当然ない。
僕はしばらく黙っていたが、やがてカユに振り返った。
「……行こう」
そう声をかけると、少女はその場から動かなかった。
じっと隊長の亡骸を悲しそうに見ている。
小さな手が、ギュッと服を握りしめた。
「心配なんだよな……」
僕はカユの気持ちを察するように呟いた。
「でも、ここにずっといるわけにはいかない」
僕は出口へ目を向けた。
「外に出て、僕達の仲間がいる所へ行こう」
隊長が最後に指した北の方角を頼りに、僕は進むことにした。
カユが不安そうに顔を上げる。
「……大丈夫。ちゃんと連れて行くから。カユちゃんは僕が必ず守る」
そう言って、僕はカユに手を差し出した。
カユは少し躊躇した。
やがて、小さな手を伸ばす。
その手を握った瞬間、ふと昨夜のことを思い出した。
──お父さん。
あの言葉を聞いたとき、カユは酷く怯えていた。
きっと、お父さんに何かあったんだ。
「……お父さんも、きっと君を探してるよ」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
カユが顔を上げる。
しばらく僕を見た後、胸元のお守りを強く握りしめた。
根拠なんてない。
でも、そうでも言わないとこの子は今にも泣き崩れてしまいそうだった。
「……大丈夫。きっと会えるよ」
僕はそう言って、カユの手を握り直した。
カユは小さく頷いた。
そして、僕達は建物の外へ出た。
朝の第三地上エリアは異様なほど静かだった。
焼け跡の匂いと、崩れた街の冷たい空気だけが広がっている。
鳥の鳴き声すらなく、動物の気配も感じられない。
道路には瓦礫が散乱し、建物の一部が崩れ落ちている。
僕はカユの手を引き、周囲を警戒しながら通りを進んだ。
いつどこからジェミニが現れるかわからない。
すると突然ぐらりと視界が揺れた。
息が詰まり、思わず足を止める。
左肩に手を当てると、包帯がさらに赤黒く染まっていた。
「……傷が悪化してる」
カユが不安そうに僕を見上げた。
「大丈夫……。まだ歩ける」
足を止めるわけにはいかなかった。
僕は再び歩き始める。
「絶対、僕から離れないで……!」
カユは僕の服の裾をそっと掴んだ。
その小さな手を感じながら、僕はひたすら前へと進む。
何分歩いただろうか。
壊れた高架下を抜け、崩れたビルの影に差しかかった時だった。
がらり、と近くで瓦礫が崩れる音がした。
反射的に身を構えた。
次の瞬間、黒い影が飛び出してきた。
「ジェミニ……!」
まずい……まずい……!
前方にジェミニが二体。
こちらに気づいた瞬間、地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「カユ、下がって!」
僕はカユを背後へ庇った。
彼女の唇が小さく震えている。
武器がない。ライフルはもうない。
周囲を見回す。
ふと、足元に一本の鉄パイプが転がっているのが見えた。
僕はそれを右手で拾い上げた。
ずしりと重い。
これしかない。
僕は叫びながら踏み込み、横薙ぎに鉄パイプを振り抜いた。
パイプが一体目の前脚の付け根に命中し、ジェミニが悲鳴を上げて転がった。だが、もう一体が止まらない。
速い。
左肩の影響で踏ん張りが利かない。狙いがぶれる。
「っ……!」
ジェミニが跳んだ。
その軌道の先にいるのは、僕じゃない。カユだ。
カユの顔が恐怖に歪む。
その瞳に、迫り来る牙が映った。
カユの身体は凍りついてぴくりとも動かない。
「危ない!!」
考えるより先に身体が動いていた。
僕はカユを突き飛ばすように抱き寄せ、そのまま前へ出た。
鋭い牙が、僕の左肩に食い込んだ。
「うあああぁぁぁっ!!」
強烈な衝撃に、視界が白く弾けた。
次の瞬間、僕は地面へ弾き飛ばされた。
だが、ジェミニは左肩に噛みついたまま離れない。
大型ジェミニに噛まれた傷口が、さらに引き裂かれていく。
すぐに身体を起こそうとする。
しかし、最初の一体が再び立ち上がり、横から僕の右脇腹へ噛みついた。
ブチッ、と嫌な感触がした。
傷口が無理矢理引き裂かれる。
「っ、ぁ……!」
右脇腹を噛んでいたジェミニが、反動で僕から離れた。
途端に、足から力が抜けた。
「ごほっ……!」
激しく咳き込んだ瞬間、口から血が溢れた。
それでも、僕は倒れ込む直前に、左肩に噛みついたジェミニの頭をパイプで貫いた。
『──バンッ!』
頭部が弾け、ジェミニはその場に力なく倒れ込んだ。
だが、もう一体が体勢を立て直し、すぐ目の前まで迫っていた。
だっ、だめだ……。身体がもう、持たない……!
動かない僕を見て、カユが僕の前へ飛び出した。
ジェミニは僕を狙っていたが、すぐにカユへと向きを変える。
その顔には、僕を守りたいという一心が浮かんでいた。
小さな身体を震わせながらも、目からは涙が零れ落ちる。
「お兄ちゃんを殺さないで!」
その声は震えていた。
それでも、両手を広げて僕の前に立ちはだかる。
「カユ……!」
早く……!
立て……!
立たないと……!
そう思うのに脚が言うことを聞かない。
出血がひどい。
視界が滲む。
ジェミニが唸り声を上げ、カユへ飛びかかろうと身を沈める。
「カユ……!逃げろ……!!」
その時だった。
空から、一つの影が降ってきた。
『── ドッ!!』
低く重い音が響いた。
次の瞬間、長大な戦斧がジェミニの胴体を真上から叩き割った。
ジェミニの身体が左右に分かれ、そのまま吹き飛んでいく。
僕の目の前に戦斧を振り下ろした姿勢のまま、一人の女性が立っていた。
長い髪が風に揺れ、その顔には一切の動揺がない。
冷たく鋭い瞳が、倒れたジェミニを睨みつけていた。
次回に続く。




