2Two
♦ ♦ 百年後
体中が心地よく温かい。
これまで感じたことのない安らぎに包まれていた。
ずっと、このままでいたい。そう思いながら、ゆっくりとまぶたを開く。
視界はぼやけている。
長い眠りから目覚めた直後のような、不思議な感覚だった。
手を伸ばすと、固い壁のようなものに触れた。
やがて、かすみが少しずつ晴れていき、状況が見えてくる。
僕は縦長の透明なカプセルの中にいた。
青く光る液体に、全身を浸していた。
呼吸はできる。苦しくはない。
むしろ、この液体が僕を守り、癒しているようにすら感じた。
そのとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。
次の瞬間、液体が急速に引き抜かれ、カプセルの扉がプシューッという音を立てて開く。
視界はまだぼやけている。
何もかもがはっきりしない。
身体が重い。
自分の体なのにうまく動かせない。
……ここは、どこだ?
僕はゆっくりと体を起こした。
しばらくその場に座り込んだまま、呼吸を整える。
そしてようやく、カプセルの外へと一歩踏み出した。
そこに広がっていたのは、見たこともない未来の光景だった。
白い光に照らされた広間。
壁一面に並ぶ巨大な機械。
その前に立つのは、白衣を着た人々。
数人の医師や研究者らしき人々が、息を詰めるように僕を見つめていた。
その中から、一人の男が前に出てくる。
五十代ほどだろうか。黒髪の男性だった。
「ユウガミ・レン君……ですね?……私はマツダと申します。この実験の責任者です。……声は聞こえますか?」
「……はい」
「私の姿は見えますか?」
「……見えます……」
そう答えた瞬間、周囲から小さな歓声が上がった。
「初期型のアヴァロンは、規定時間までは開封できません。無理に開ければ、生命維持が崩壊し……被験者は確実に死亡します。ですから……我々は、ただ待つしかありませんでした」
マツダは一度言葉を切った。
「アヴァロンの成功率は、かつては極めて低いものでした。多くは目覚めることなく終わっています。現在は技術の進歩により改善されていますが……それでも、決して高いとは言えません。……君のように目覚めた例は極めて稀です」
わずかに間が落ちる。
「……ただし。長い眠りの影響で、記憶や人格に影響が出る可能性があります」
彼は、僕をまっすぐ見つめた。
「それでも、無事に目覚めてくれましたね」
そして、背後のガラス越しに控える研究員達へ視線を向けた。
「検査報告をお願いします」
「……異常は確認されていません。痛覚神経の除去、身体強化剤の投与ともに順調に作用しています」
「そうですか。上出来です」
「……ただ、ひとつ問題が」
「同化率、ですね?」
「はい。『ブレイズ』との同化率が……通常の数値ではありません」
「……どの程度です?」
「これを……」
研究員は一枚の検査結果の紙を差し出した。
同化率:異常
人類データに該当なし
「測定不能です。既存の人類データに該当しません」
一瞬、空気が張りつめた。
「それは本当ですか?何かの間違いのはずです……。もう一度確認を──」
「何度も確認しました……!それでも、該当しません……!」
マツダの顔に影が落ちる。
「……仕方ありません。次の段階へ移りましょう」
ど、同化?なんのことだ……?いや、それよりも……。
「マツダ先生……ここは、いったい……?」
「……ここは東京の地下深くにある研究所です。そして、おめでとうございます」
彼は静かに告げた。
「今日は2140年3月26日。あなたは、百年後の未来に蘇ったのです」
「2140年……?……僕は……生き返った……?」
そうだ。
思い出した。
僕は死んだ。
治らない病に蝕まれ、最期にアヴァロンへ身を預けた。
体中の痛みが消えている。
立てる。息もできる。
……本当に、僕は蘇ったのか……。
「まずはこれに着替えてください。落ち着いたら、部屋を移して説明します」
服を受け取りながら、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……先生……僕の父さんと母さん……それに……友達は……?」
マツダの表情が陰る。
「……申し上げにくいのですが。君のご両親も、ご友人も、もうこの世にはいません」
わかっていた。
百年も経っているのだから。
それでも、さっきまで隣にいた気がして。
涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。
「辛いでしょうが……君はこの技術に耐えた。だから、ここにいます」
「……はい……」
着替えを終え、ふらつきながらマツダ先生の後を追う。
「ユウガミ君。百年前、君は医学的にも死亡と判定された。心停止、脳活動停止。当時の基準では、完全な死だった」
マツダは淡々と続ける。
「だがアヴァロンは、その〝死〟の直後に君の身体を極限の生命停止状態へ移行させた。結果として、君は仮死に近い状態で百年を過ごすことになったのです」
マツダはさらに続けた。
「筋肉は衰えているが問題ありません。強化剤の効果で、数日中に全盛期以上まで回復します」
「……そっか……」
自分でも驚くほど、声に感情が乗らなかった。
「驚きますよ。君は必ず、未来に必要な存在になる」
未来に必要。
その言葉が、胸に引っかかる。
意味を考える間もなく、案内された部屋に入った途端、マツダの表情が引き締まった。
「ユウガミ君。これから大事な話をします」
「……?」
何のことだろう、と考える。
マツダはすぐには続けなかった。
わずかに視線を落とし、言葉を選ぶように沈黙する。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「実は地球は今、地球外生命体に侵略されています」
「……え?」
言葉の意味が、理解できなかった。
「一年前、奴らは突如として現れ、多くの命を奪いました。世界中の軍が応戦しましたが、犠牲はあまりに大きかった」
静まり返る部屋で、マツダの声だけが響く。
「日本も例外ではありません。我々は脅威の正体を突き止め、迎え撃たねばならない」
そして、彼ははっきりと言った。
「ユウガミ君。単刀直入に言います。あなたを第二部隊に配属します。今日、この小隊と共に出撃してください」
「……なに、言ってるんですか……?」
次回に続く




