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希望のバンガード   作者: 神崎メオ
2/18

2Two




♦ ♦ 百年後



 体中が心地よく温かい。

 これまで感じたことのない安らぎに包まれていた。

 ずっと、このままでいたい。そう思いながら、ゆっくりとまぶたを開く。


 視界はぼやけている。

 長い眠りから目覚めた直後のような、不思議な感覚だった。


 手を伸ばすと、固い壁のようなものに触れた。

 やがて、かすみが少しずつ晴れていき、状況が見えてくる。


 僕は縦長の透明なカプセルの中にいた。

 青く光る液体に、全身を浸していた。

 呼吸はできる。苦しくはない。

 むしろ、この液体が僕を守り、癒しているようにすら感じた。


 そのとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。

 次の瞬間、液体が急速に引き抜かれ、カプセルの扉がプシューッという音を立てて開く。

 

 視界はまだぼやけている。

 何もかもがはっきりしない。

 身体が重い。

 自分の体なのにうまく動かせない。


 ……ここは、どこだ?


 僕はゆっくりと体を起こした。

 しばらくその場に座り込んだまま、呼吸を整える。

 そしてようやく、カプセルの外へと一歩踏み出した。

 そこに広がっていたのは、見たこともない未来の光景だった。


 白い光に照らされた広間。

 壁一面に並ぶ巨大な機械。

 その前に立つのは、白衣を着た人々。

 数人の医師や研究者らしき人々が、息を詰めるように僕を見つめていた。


 その中から、一人の男が前に出てくる。

 五十代ほどだろうか。黒髪の男性だった。


「ユウガミ・レン君……ですね?……私はマツダと申します。この実験の責任者です。……声は聞こえますか?」

「……はい」

「私の姿は見えますか?」

「……見えます……」


 そう答えた瞬間、周囲から小さな歓声が上がった。


「初期型のアヴァロンは、規定時間までは開封できません。無理に開ければ、生命維持が崩壊し……被験者は確実に死亡します。ですから……我々は、ただ待つしかありませんでした」


 マツダは一度言葉を切った。

 

「アヴァロンの成功率は、かつては極めて低いものでした。多くは目覚めることなく終わっています。現在は技術の進歩により改善されていますが……それでも、決して高いとは言えません。……君のように目覚めた例は極めて稀です」


 わずかに間が落ちる。


「……ただし。長い眠りの影響で、記憶や人格に影響が出る可能性があります」


 彼は、僕をまっすぐ見つめた。


「それでも、無事に目覚めてくれましたね」


 そして、背後のガラス越しに控える研究員達へ視線を向けた。


「検査報告をお願いします」

「……異常は確認されていません。痛覚神経の除去、身体強化剤の投与ともに順調に作用しています」

「そうですか。上出来です」

「……ただ、ひとつ問題が」

「同化率、ですね?」

「はい。『ブレイズ』との同化率が……通常の数値ではありません」

「……どの程度です?」

「これを……」


 研究員は一枚の検査結果の紙を差し出した。


 同化率:異常

 人類データに該当なし


「測定不能です。既存の人類データに該当しません」


 一瞬、空気が張りつめた。


「それは本当ですか?何かの間違いのはずです……。もう一度確認を──」

「何度も確認しました……!それでも、該当しません……!」


 マツダの顔に影が落ちる。


「……仕方ありません。次の段階へ移りましょう」


 ど、同化?なんのことだ……?いや、それよりも……。


「マツダ先生……ここは、いったい……?」

「……ここは東京の地下深くにある研究所です。そして、おめでとうございます」


 彼は静かに告げた。


「今日は2140年3月26日。あなたは、百年後の未来に蘇ったのです」

「2140年……?……僕は……生き返った……?」


 そうだ。

 思い出した。

 僕は死んだ。

 治らない病に蝕まれ、最期にアヴァロンへ身を預けた。


 体中の痛みが消えている。

 立てる。息もできる。

 ……本当に、僕は蘇ったのか……。


「まずはこれに着替えてください。落ち着いたら、部屋を移して説明します」


 服を受け取りながら、どうしても聞かずにはいられなかった。


「……先生……僕の父さんと母さん……それに……友達は……?」


 マツダの表情が陰る。


「……申し上げにくいのですが。君のご両親も、ご友人も、もうこの世にはいません」


 わかっていた。

 百年も経っているのだから。

 それでも、さっきまで隣にいた気がして。

 涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。


「辛いでしょうが……君はこの技術に耐えた。だから、ここにいます」

「……はい……」


 着替えを終え、ふらつきながらマツダ先生の後を追う。


「ユウガミ君。百年前、君は医学的にも死亡と判定された。心停止、脳活動停止。当時の基準では、完全な死だった」


 マツダは淡々と続ける。


「だがアヴァロンは、その〝死〟の直後に君の身体を極限の生命停止状態へ移行させた。結果として、君は仮死に近い状態で百年を過ごすことになったのです」


 マツダはさらに続けた。


「筋肉は衰えているが問題ありません。強化剤の効果で、数日中に全盛期以上まで回復します」

「……そっか……」


 自分でも驚くほど、声に感情が乗らなかった。


「驚きますよ。君は必ず、未来に必要な存在になる」


 未来に必要。

 その言葉が、胸に引っかかる。

 意味を考える間もなく、案内された部屋に入った途端、マツダの表情が引き締まった。


「ユウガミ君。これから大事な話をします」

「……?」


 何のことだろう、と考える。

 マツダはすぐには続けなかった。

 わずかに視線を落とし、言葉を選ぶように沈黙する。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「実は地球は今、地球外生命体に侵略されています」

「……え?」


 言葉の意味が、理解できなかった。


「一年前、奴らは突如として現れ、多くの命を奪いました。世界中の軍が応戦しましたが、犠牲はあまりに大きかった」


 静まり返る部屋で、マツダの声だけが響く。


「日本も例外ではありません。我々は脅威の正体を突き止め、迎え撃たねばならない」


 そして、彼ははっきりと言った。


「ユウガミ君。単刀直入に言います。あなたを第二部隊に配属します。今日、この小隊と共に出撃してください」

「……なに、言ってるんですか……?」



次回に続く

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