17
時間の流れがやけに遅く感じられた。
迫りくる大型ジェミニの爪。
僕は思わず目を閉じた。
ここで終わるのか。
第二の人生も、ここで幕を閉じるんだな。
一度死んだ身だ。
痛みも感じない。
このまま身体を貫かれても……それでもいいのかもしれない。
そんなことを考えていた。
だが、いつまで経っても、衝撃は来ない。
……おかしい。
どうなってるんだ?
僕はまだ生きているのか?
ゆっくりと目を開けた。
そして僕は言葉を失った。
そこに立っていたのはアレックス隊長だった。
化け物の巨大な爪は、僕ではなく隊長の身体を貫いていた。
隊長は両腕を広げ、僕に爪が届かないよう庇ってくれていたのだ。
「……うっ……ぐ、ぐふっ……!」
「ア、アレックス隊長!!」
血を吐きながら隊長は顔を歪めた。
「ば、馬鹿野郎……。諦めてんじゃねぇ……!さようなら……なんて言うな……。二度と口にするんじゃねぇ……!」
「な、なんで……!?どうして僕なんかを……!」
僕の声は震えていた。
隊長はかすかに笑った。
「お前は……もう、俺の部隊の立派な隊員だ……。仲間を守るのに……理由なんか……いらねぇだろ……」
僕は悲しくて情けなくて自分を責めた。
「ううっ……僕のせいで……!」
隊長は血に染まった口で、なおも言葉を続けた。
「まだ終わっちゃいねぇ……ヤツはダメージを負っている……。今がチャンスだ……。人類の未来のために……あいつを倒せ……!レン……お前にならできる……!」
そう言って、隊長は腰のホルスターから最後の弾倉を取り出し、僕へ投げた。
その瞬間。
大型ジェミニが腕を引き抜いた。
瓦礫に埋もれたまま、なおも身体を起こそうとする。
『グウウゥゥゥゥ!!』
言葉は理解できない。
でもわかる。
次は僕だ。
隊長は床にへばりつきながら声を振り絞り僕に指示した。
「い……行け……レン……!!」
「くそおおお!!」
僕は弾倉を装填し、走り出した。
隊長を早く治療しないといけない。
そのためにはここで決着をつけるしかない。
僕は工場の中を必死に見回した。
何かないのか。
何か……!
その時、僕はひらめいた。
「そうだ……!この工場なら……!」
僕は案内板を探した。
『ドスン……ドスン……ドスン……』
怪物が迫ってくる。
背後から巨大な腕が振り下ろされる。
振り返る暇もなく、薙ぎ払うような一撃が迫った。
僕は咄嗟に身の捻り、すんでのところで回避する。
次の一撃が床を叩き砕いた。
何度も、何度も、奴は僕を掴もうと手を伸ばしてくる。
その度に、僕は必死に身体を捻りながら、周囲に視線を走らせた。
「案内板……案内板……あった!」
そこにはこう書かれていた。
『B1:発電機室』
「地下か……!」
案内板には発電機室の場所が地下1階のB1と記されていた。
僕は矢印を頼りに階段を駆け下りた。
暗い地下通路の奥。
そこに発電機室があった。
開いたドアの向こうに発電機の起動ボタンが見える。
*Caution : Generator Button*
この作戦が成功する保証はない。
この工場は錆びだらけだ。
長い間使われていない。
それでも、賭けるしかない。これしか方法はないんだ!
背後から巨大な足音が近づく。
『ドスン……ドスン……ドスン……』
その瞬間、背後で爆発のような音が響いた。
階段が上から粉々に砕け散る。
コンクリートが弾け、鉄骨がねじ曲がり、粉塵が一気に吹き上がった。
奴は、階段ごと叩き潰しながら降りてきている。
「頼む……!動いてくれ!!」
僕はスイッチを押した。
『カチッ───』
直後、辺りに大きな音が鳴り響いた。
『バン……バン……バン……バババババ───!!』
発電機が唸りを上げた。
そして、工場の照明が一斉に点灯した。
「つ、点いた!!」
突然の光。
大型ジェミニは悲鳴を上げた。
暗闇でしか活動しないこの怪物は光に弱い。
目が眩んだのだ。
「今だ!」
僕はライフルを構えた。
大きく開いた口。
そこへ照準を合わせる。
だが、その直後。
『グオオォォォォ!!!』
大型ジェミニが突進してきた。
巨体が前のめりに沈み込み、地面を抉るように踏み込む。
そのまま低く突進し、鋭い牙が僕の左肩に食い込んだ。
「ぐああああああぁぁぁ!!」
大型ジェミニは工場内の灯りで一時的に視力を失っていた。 それでも、匂いだけで正確に僕を捉えている。
左肩の奥で、ボキボキッと骨が砕けた。
痛みはない。
だが、壊れていく感覚だけがはっきりと伝わってくる。
そして傷口から真っ赤な血が大量に垂れ流れた。
血が止まらない。
このままでは死ぬ。
けれど、僕は歯を食いしばった。
「僕は……諦めない……!」
何度もライフルを落としそうになったが、すんでのところで留まった。
動く右手で、僕はライフルの銃口を怪物の口の奥へ押し込んだ。
「これで終わりだ!!」
引き金を思い切り引いた。
『バババババババ──!!』
弾丸を撃ち尽くす。
だが、怪物はまだ生きていた。
微かに息があった。
「まだ死なないのか……!?」
愕然としながら見ていると、化け物の喉の傷がゆっくりと動き始めた。
裂けていた肉が蠢き、弾丸で砕けた骨が音を立てて元の形へ戻っていく。
「なっ……!?」
喉の傷が、みるみる塞がっていった。
再生した喉から、低い唸り声が漏れた。
まるで笑っているようだった。
ありえない。
こんな化け物、どうやって倒せばいいんだ……?
僕は絶望した。
「ここまで来てもう他に手はないのか……?」
希望を失いかけた、が、跪いてる化け物は苦しみながらうめき声をあげていた。
『グウウゥゥゥゥ!!』
「!!!!!!」
そこで僕は見た。
銃弾を受け傷ついた怪物の喉の奥。
黒く輝く結晶。
──ブレイズ。
ユリエさんが言っていた。
あれが、心臓だ。
左腕は動かない。
ライフルも弾切れ。
ライフルでコイツを殴ろうにも手の握力が段々なくなってきた……。
何か使える物……!
グルグルと短い時間の中で考えていると、その時、僕の目に入った。
サイドポーチ。
「……これだ!」
僕はライフルを捨てた。右手でサイドポーチの中に一つだけ入っていた懐中電灯を取り出し、それを使って大型ジェミニの目を力いっぱい叩き潰した。
「くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!!」
『グゴゴゴォォォォォ!!!』
大型ジェミニは僕を噛むのを辞め、口を大きく開いた。
「今だ!!」
こいつの傷が完全に塞がる前に終わらせないといけない!
僕は懐中電灯を捨て、大型ジェミニの喉の奥へ右腕をおもいっきし伸ばした。
そして、丸見えになったブレイズをギリギリのところで掴んだ。
「うああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最後の力を振り絞ってそいつの体からブレイズを引っこ抜いた。
『グゴゴゴォォォォォ!!!』
怪物が最後の咆哮を上げる。
その瞬間、ドクンと心臓が強く脈打った。
視界が一瞬白く弾ける。
「なっ……!?」
頭の奥に何かが流れ込んできた。
知らないはずの光景。
知らないはずの声。
これは……何だ……?
『ドーンッ───!!!』
大型ジェミニはそのまま大きな音を立てながら床へ崩れ落ちた。
完全に動かない。
静寂が訪れる。
さっきのは一体……。
そう思っていたが、僕はその場に崩れ落ちた。
「やった……やりましたよ……隊長……」
次回に続く




