18
大型ジェミニの背中から上がっていた蒸気が止まった。
そして、化け物は、もう動かなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……やっと終わったんだ……」
僕は右手に黒い結晶を握りしめたままその場に立ち尽くした。
まだどこか不安は残っている。
それでも、確かに終わったのだと実感し始めていた。
「僕も……やればできるんだ……」
それにしても。
あれだけの傷を受けたのに僕はまだ生きている。
……これが、マツダの言っていた力か。
「さて、次だ……」
ひとつ問題は片付いた。
しかし───。
「アレックス隊長が心配だ……」
早くユリエさんの元へ連れて行かないと。
隊長は深手を負っている。
このままでは助からない。
僕自身も左肩から血が流れ続け、腕の感覚はほとんどなかった。
「結構ヤバいかも……ユリエさんに治療してもらわないと……急ごう……」
僕は地下から地上へ戻ろうとした。
と、その前に右手に握っていたブレイズに目を落とした。
「これ……どうすればいいんだ……」
一瞬迷う。
だが───。
「持っていくか」
何かの役に立つかもしれないと思い僕はそれをサイドポーチにしまった。
そして壊れた階段をよじ登り、隊長の元へ戻った。
「ア、アレックス隊長……!!大丈夫ですか!?」
「やっつけたのか……レン……?」
「はい……やりました……!何とか倒せました……!」
「そうか……よくやったな……大手柄だ……」
隊長はわずかに笑った。
だがすぐに僕の肩へ視線を向ける。
「レン……その傷は……」
「左肩をやられました……」
「重症じゃないか……その状態でよく……」
「正直、限界に近いです……でも、まだ動けます……!」
「お前……まさか……」
隊長が何か言いかけたその時。
「ごほっ……ごほっ……!」
「隊長!?しっかりしてください!」
「…………」
「早くここを出ましょう!みんなの所へ戻るんです!」
「……待て……その前に……これを使え……」
隊長はカプセル状の注射器を差し出した。
「携帯用生命維持装置だ……。出血を抑え……一定時間命を繋ぐ……」
隊長はこれを使って自身の傷の出血を一時的に止めたようだ。だから僕にもこれを使うように勧めた。
僕はそれを受け取り、左肩に押し当てた。
バチン、バチン、と音が響く。
すると、肩から流れていた血が止まった。
「これで……少しは動ける……」
僕は隊長の身体を起こし、肩を抱えようとした。すると彼は僕の耳元で囁いた。
「俺を……ここに置いていけ……」
「な、何を言ってるんですか……!?」
「もうわかる……この傷は……助からない……。俺はもう死ぬ……お前だけでも戻れ……」
隊長の腹部には大きな穴が空いていた。
頭が真っ白になった。
どうする……。
隊長はユリエさんのもとへ着くまで持つだろうか……?
わからない……。
隊長の無線機は壊れていたため味方に連絡することもできない。
アヴァロン……いや、無理だ……。
準備が必要だし、もう間に合わない。
死んだらもう蘇らない。
「……嫌です。隊長を置いていくなんてできません!」
「命令だ……!俺を置いていけ……!」
「仲間を見捨てないって言ったじゃないですか……!」
そして僕は続けた。
「僕は……あなたに教えてもらいました……!諦めないって……!だから、あなたを助けることも諦めません!!」
「いい加減に……───!」
「……黙っててください。そんな命令には従いません。何があっても一緒に行きます……!」
「……そうか。なら……勝手にしろ……」
隊長はそれ以上何も言わなかった。
僕は彼を支え、工場の外へ出た。
外は暗く、霧に包まれている。
「まだ霧が……!」
大型ジェミニを倒して蒸気は噴出しなくなったが外はまだ霧が晴れていない。
それに正直、僕達の現在地もわからない。
隊長が持っていた地図を確認すればどうにかなるが、地図は先程の戦闘で破れて使えない。
「ユリエ達は……多分……あっちだ……」
隊長が北を指さす。
「わかりました……!」
僕はその方向へ歩き出した。
霧の中、辺りを警戒しながら道路を直進し市街地を目指した。
大型ジェミニは倒したが、残ったジェミニがまだ潜んでいる可能性がある。
「……運が良かった」
今のところ、ジェミニの姿はない。
だが安心はできない。
隊長が着けている時計がチラッと見えた。
午後七時を回っている。
更に暗くなってきていた。
しばらく歩いていると、隊長の反応も薄くなり気力も無い。体はどんどん重くなっていく。
そして精神的にもう限界のようだ。この暗闇の中では、みんなの元へたどり着けないかもしれない。
「レン……もう無理だ……」
「でも……!」
「頼む……これ以上は動けない……」
「一旦どこかで休みましょう……!」
僕は身を隠せる場所を探した。
大通りの角を曲がり、細い路地を足を引きずりながら進む。
その時、何かが光った。
微かな反射光だった。
「……何だ?」
引き寄せられるように、近づく。
建物の柱から鉄筋が突き出ている。
その先に、くすんだ銀色のペンダントがぶら下がっていた。
僕はそれを手に取る。
「こんな所に……?」
不思議に思い、そう口にした瞬間、微かに少女の声が聞こえた。
「……パパ!?」
僕は咄嗟にペンダントをポケットにしまい込んだ。
「どこだ……!?」
声は唯一延焼を免れた建物の中からのようだった。
僕は扉を叩いた。
「誰かいるのか!?」
返事はない。
扉に耳を当てると、微かな息遣いだけが聞こえた。
そして扉を開けようとしたが、鍵が閉まっている。
「大丈夫だ。怖がらなくていい。開けてくれ」
しばらくの沈黙。
すると、カチッとロックが外れる音がした。
『ギィ……』
扉がゆっくりと開く。
そこにいたのは、十歳くらいの少女だった。
髪は乱れ、元の色もわからないほど埃にまみれている。
服は薄汚れ、小さな手には紐の先に結びつけられた、くたびれた縫いぐるみが握られていた。
少女は何も言わず、不安そうな目でこちらを見上げていた。
次回に続く




