13
霧の奥から姿を現したのは、六メートルを超える異形だった。
二足で立ち、鋭い牙をむき出しにし、背中からはプシュゥゥと蒸気を吐き出している。
そのたびに霧が渦巻き、周囲の視界をさらに奪っていった。
「……あれが……!」
アレックス隊長が低く唸った。
「レン、見ろ……青いはずの血が、赤く染まってる。第一部隊の連中は……あれに喰われたんだ!」
さっき息絶えた兵士が言っていた“巨大な化け物”。あれは、こいつのことだったのか。
どうすれば……こんなの、どう倒せばいいんだ!?
「アレックス隊長!あれが街を焼いた化け物ですか!?」
「違う。あれは……!」
隊長の顔は険しい。
「本部が報告していた奴かもしれんな」
「じゃあ、終焉の日の奴らは……?」
アレックスは僅かに目を細めた。
「……あれとは別物だ」
「あいつは一体何なんですか!」
「大型ジェミニだ」
改めて怪物を見上げる。
「大型ジェミニ……!?でも、二本足で立ってる!」
「ジェミニが人の肉を喰らい、成長して突然変異した姿だ」
「そんな……!」
「俺も過去に一度夜間に別の個体に襲われたことがある。その時は霧なんて出さなかったが……」
隊長は眉をひそめた。
「だが、おかしい。奴らは夜にしか動かないはずだ」
隊長はさらに続けた。
「大型ジェミニは昼間の時間帯は活動しない。あいつは普通のジェミニより知恵があり、やつらにとって安全な夜の間に姿を現して人々を襲う。それが大型ジェミニだ。しかし今はまだ午後四時……この時間になぜこいつがいるんだ!?」
……霧だ!
この暗くて濃い霧。これが太陽を遮断してこいつが昼間でも行動できる理由か!
「霧で太陽を遮って、夜と同じ環境を作り出してるんだ!」
「なるほど……そういうことか!」
だが、どう倒す?あんな化け物を。
「隊長、過去にどう戦ったんですか!?」
「俺はその時化け物に鋭い爪で首を引き裂かれそうになったことがある。首に深い傷を負ってしまった……。その時の傷がこれだ」
隊長は首元を軽く叩いた。首元には、爪で裂かれた深い三本の傷痕が刻まれていた。
「倒すには至らなかったが、弱点は分かっている」
「弱点……?」
「口の中だ!硬い皮膚は弾を弾く。だが、口の中は粘膜だ。狙えるのはそこだけだ!」
「口の中……分かりました!」
僕は隣にいたユリエさんに声をかける。
「ユリエさん、しっかりしてください!」
彼女は膝をつき、恐怖に体を強張らせていた。
だが僕の声で、震える瞳に光が戻る。
「……ごめんなさい、レン君。動転して……でも、私も戦うわ!」
それでも彼女の体は小刻みに震えていた。
「ユリエさん!建物まであと少しです!ジェイクと一緒に地下水路へ逃げてください!」
「ま、待って!私も一緒に……!」
僕は強く言い切った。
「駄目です!ジェイクは負傷している。彼を安全に避難させられるのは、あなたしかいない!」
幸いにも、今はこの大型ジェミニが現れたおかげで他のジェミニ達はどこかへ消えていった。戻ってくる可能性はもちろんある。だが彼女とジェイクが逃げるなら今しかない。
ユリエさんの表情が揺れる。
「それは……!」
さらに隊長も叫ぶ。
「ユリエ!お前は小隊唯一の衛生兵だ」
隊長が鋭く言う。
「先に逃れた負傷兵達も、お前の手を待っている!」
「だからユリエさん、ここは僕と隊長で食い止めます!」
「……っ!」
「ユリエさん!」
僕は彼女の手を取り、力を込めた。
そして一つの約束を交わした。
「僕は必ず戻ります。だから信じて待っていてください!」
彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
そして僕の決断に頷いた。
「……約束よ!必ず……!生きて帰ってきて!」
「任せてください!ジェイクをお願いします!」
ユリエさんが走り去るその時、隊長と短く言葉を交わしていた。しかし大型ジェミニに集中していた僕には二人の会話が頭に入ってこなかった。
「アレックスさん、レン君をお願い……!!」
「今はアレックス『隊長』だろ?任せろ。あいつはお前の大事な人なんだろ?」
「……ありがとう……」
その一言だけを残し、ユリエさんは唇を噛んだ。
豪快に笑う隊長に、ユリエさんは顔を赤らめた。
「……マジか。冗談のつもりが否定しないとは……そういうことか?」
「こ、こんなときに何を言ってるの!?」
「いくらなんでも早すぎるだろ。今日あいつに出会ったばかりだろ……!?ま、まぁいい!走れユリエ、命を繋げ!」
「わ、わかったわ。二人とも絶対に生き延びて!」
ユリエさんは全力でジェイクを支えながら建物へと走り去った。
残されたのは僕と隊長。そして、巨影。
「……武器は隊長のライフル一丁。弾もわずか。絶望的だ……」
「ハッ、諦めるのは早えよ。あの時の借り、ここで返してやる!」
この人……本当に頭おかしい。でも……頼もしい!
次の瞬間、大型ジェミニが霧を裂き、地を揺らして突進してきた。
理解不能の咆哮が耳を裂く。
『グオオォォォォ!!!』
「話が終わるまで待ってくれるとは、気が利くじゃねえか!行くぞ、レン!」
「はいっ!!」
僕達は建物とは逆方向へ走り、巨獣を誘き寄せた。
次回に続く




