10
僕達は青黒い体をした化け物に襲われた。
隊列は一瞬で崩壊し、周囲に銃声が響き渡る。
火花とともに青黒い血が地面へと飛び散った。
ジェミニ。
ユリエさんから聞いた地球外生命体の特徴。
目の前の怪物は間違いなくそれだった。
初めて見る異形に足がすくむ。
拳銃を握ったまま僕は地面にへたり込んでしまった。
撃たなきゃ。
わかっているのに指が動かない。
それでも震える手を叱咤し、引き金を引いた──はずだった。
『……カチッ』
「……え?」
乾いた音。
弾丸は一発も出ていない。
その瞬間、頭を殴られたように思い出す。
隊長の命令。ユリエさんの忠告。
安全装置を外していなかった。
「あぁ……!」
この大事な場面で僕はとんでもないミスをし、キョドりはじめてしまった。
パニックに陥った僕の前に、グレンが飛び込んできた。
「邪魔だ!戦えねぇなら下がってろ!」
怒声と同時に、僕は後方へ突き飛ばされた。
足がもつれ、為す術もなく地面に倒れる。
その拍子に何かに触れ、思わず視線を落とした。
──人が倒れていた。
隊員の一人だった。
胸元が裂け、血が広がっている。
目が開いたまま何も映していなかった。
……死んでいる。
頭が真っ白になる。
さっきまで、すぐ近くで動いていたはずの人だ。
戦場では人はこうやって死ぬ。
唐突に、あっさりと。
現実が骨の奥まで突き刺さった。
「レン君、立って!」
ユリエの声が耳元で弾ける。
腕を掴まれ、力強く引き起こされた。
「ご、ごめん……!」
「ヒューズ、援護だ!」
「ああ!」
怒号が響く。
グレンの表情は怒りではなく、戦場の兵士の顔に変わっていた。
ヒューズがショットガンを構え、至近距離でジェミニを撃ち抜く。
青黒い肉片と血が飛び散り、グレンもライフルを連射する。
彼らは迫るジェミニを迷いなく撃ち倒していく。
「オラァ!来い、化け物ども!」
一体、また一体とジェミニが倒れていく。
だが、背筋に悪寒が走る。
霧の奥から、低い唸り声が重なって聞こえてきた。
嫌な記憶が脳裏をよぎる。
ユリエさんが語っていたあの言葉だ。
ジェミニは群れで行動する。
一体を倒せば、周囲の群れが必ず反応する。
……来る。
霧の向こうから雪崩れ込んできた異形に、一瞬だけ目を奪われた。
だが、現実は無慈悲だった。
怪物が咆哮を上げる。
意味はわからない。ただ、その殺意だけは肌を切り裂くように伝わってきた。
気づけば、すでに六人の隊員が地面に倒れていた。
噛まれ、裂かれ、動けずに呻く者。
そのうちの一人はもう動かない。
さらに、はっとして周囲を見渡す。
フォード達は、まだ帰ってきていなかった。
嫌な沈黙が広がる。
その沈黙を引き裂くように、耳を裂く悲鳴が響いた。
「痛ぇ……」
「足が……動かねぇ……」
苦痛に歪んだ声があちこちから漏れている。
その只中を、ユリエは駆け回っていた。
膝をつき、血に染まった手で次々と負傷者に処置を施していく。
「大丈夫!止血はできたわ!意識を保って!」
悲鳴。
うめき声。
そして、すでに意識を失っている者もいた。
それでも彼女は止まらなかった。
一人ずつ、確実に命を繋ごうと、彼女は声を絶やすことなく負傷者を励まし続けていた。
僕は歯を食いしばる。
こんな状況でも、彼女は仲間を想って動いている。
……何をやっているんだ、僕は。
震えている場合じゃないだろ。
ユリエさんを護るって、誓ったはずだろ。
頼むから……震えよ、止まれ。
僕は震えを押さえ込み、拳銃の安全装置を外す。
「ユリエさん!援護します!治療を続けてください!」
「お願い!任せたわ!」
銃声に紛れ、声が掻き消える。
それでも迫るジェミニに僕は必死に撃った。
狙いは甘いが、止めなければならない。
だが状況は悪化する一方だった。
「隊長!これ以上は持ちません!後方の建物まで下がりましょう!」
ヒューズが叫ぶ。
三百メートル後方に、崩れかけながらも残っている高層ビルが見えた。
「ここで踏ん張れば全滅します!」
ユリエも声を張り上げる。
だが隊長は首を振った。
「負傷者を置いていくつもりか!仲間を見捨てることは断じて許さん!」
負傷者は五人。
フォード達は行方不明。
無謀だ。
それでもやるしかない。
その瞬間、グレンとジェイクが駆け戻ってきた。
背後にはジェミニの死体が転がっている。
「交差点は片付けた!だがまだ散ってる!」
一瞬、言葉を失った。
この数を、二人だけで?
いや……ジェイクはまだ少年だ。
だとしたら、ここまでやったのは……。
視線が自然とグレンに向かう。
「負傷者は俺とヒューズとレンで運ぶ!」
グレンが一歩前に出た。
だが隊長は迷わなかった。
「……わかった。任せる」
そして即座に号令を飛ばす。
「全員、撤退だ!建物まで下がれ!」
「了解!」
「ヒューズ、二人いけるか?」
「問題ない」
次にグレンが僕に顔を近づけ、低く吐き捨てる。
「一人運べるな?途中で投げ出したら……覚悟しろ」
「……はいっ!」
怒鳴られた勢いのまま、僕は負傷者一人を抱え上げる。
腕が震える。でも、落とさない。絶対に。
「残りの二人は俺が運ぶ。ジェイクはユリエを援護しろ!他の隊員は退路の確保とやつらを追い散らしてもらう!」
「行くぞ!全員、退け!!」
アレックス隊長の号令と同時に、僕達は死地を抜け出すために走り出した。
次回に続く




