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希望のバンガード   作者: 神崎メオ
10/18

10



 僕達は青黒い体をした化け物に襲われた。

 隊列は一瞬で崩壊し、周囲に銃声が響き渡る。

 火花とともに青黒い血が地面へと飛び散った。


 ジェミニ。


 ユリエさんから聞いた地球外生命体の特徴。

 目の前の怪物は間違いなくそれだった。

 初めて見る異形に足がすくむ。

 拳銃を握ったまま僕は地面にへたり込んでしまった。

 撃たなきゃ。

 わかっているのに指が動かない。

 それでも震える手を叱咤し、引き金を引いた──はずだった。


『……カチッ』


「……え?」


 乾いた音。

 弾丸は一発も出ていない。

 その瞬間、頭を殴られたように思い出す。

 隊長の命令。ユリエさんの忠告。

 安全装置を外していなかった。


「あぁ……!」


 この大事な場面で僕はとんでもないミスをし、キョドりはじめてしまった。

 パニックに陥った僕の前に、グレンが飛び込んできた。


「邪魔だ!戦えねぇなら下がってろ!」


 怒声と同時に、僕は後方へ突き飛ばされた。

 足がもつれ、為す術もなく地面に倒れる。

 その拍子に何かに触れ、思わず視線を落とした。

 ──人が倒れていた。

 隊員の一人だった。

 胸元が裂け、血が広がっている。

 目が開いたまま何も映していなかった。

 

 ……死んでいる。


 頭が真っ白になる。

 さっきまで、すぐ近くで動いていたはずの人だ。

 戦場では人はこうやって死ぬ。

 唐突に、あっさりと。

 現実が骨の奥まで突き刺さった。


「レン君、立って!」


 ユリエの声が耳元で弾ける。

 腕を掴まれ、力強く引き起こされた。


「ご、ごめん……!」

「ヒューズ、援護だ!」

「ああ!」


 怒号が響く。

 グレンの表情は怒りではなく、戦場の兵士の顔に変わっていた。

 ヒューズがショットガンを構え、至近距離でジェミニを撃ち抜く。

 青黒い肉片と血が飛び散り、グレンもライフルを連射する。

 彼らは迫るジェミニを迷いなく撃ち倒していく。


「オラァ!来い、化け物ども!」


 一体、また一体とジェミニが倒れていく。

 だが、背筋に悪寒が走る。

 霧の奥から、低い唸り声が重なって聞こえてきた。

 嫌な記憶が脳裏をよぎる。

 ユリエさんが語っていたあの言葉だ。

 ジェミニは群れで行動する。

 一体を倒せば、周囲の群れが必ず反応する。


 ……来る。


 霧の向こうから雪崩れ込んできた異形に、一瞬だけ目を奪われた。

 だが、現実は無慈悲だった。

 怪物が咆哮を上げる。

 意味はわからない。ただ、その殺意だけは肌を切り裂くように伝わってきた。


 気づけば、すでに六人の隊員が地面に倒れていた。 

 噛まれ、裂かれ、動けずに呻く者。

 そのうちの一人はもう動かない。

 さらに、はっとして周囲を見渡す。

 フォード達は、まだ帰ってきていなかった。

 嫌な沈黙が広がる。

 その沈黙を引き裂くように、耳を裂く悲鳴が響いた。


「痛ぇ……」

「足が……動かねぇ……」


 苦痛に歪んだ声があちこちから漏れている。

 その只中を、ユリエは駆け回っていた。

 膝をつき、血に染まった手で次々と負傷者に処置を施していく。


「大丈夫!止血はできたわ!意識を保って!」

 

 悲鳴。

 うめき声。

 そして、すでに意識を失っている者もいた。

 それでも彼女は止まらなかった。

 一人ずつ、確実に命を繋ごうと、彼女は声を絶やすことなく負傷者を励まし続けていた。


 僕は歯を食いしばる。

 こんな状況でも、彼女は仲間を想って動いている。


 ……何をやっているんだ、僕は。

 震えている場合じゃないだろ。

 ユリエさんを護るって、誓ったはずだろ。

 頼むから……震えよ、止まれ。


 僕は震えを押さえ込み、拳銃の安全装置を外す。


「ユリエさん!援護します!治療を続けてください!」

「お願い!任せたわ!」


 銃声に紛れ、声が掻き消える。

 それでも迫るジェミニに僕は必死に撃った。

 狙いは甘いが、止めなければならない。

 だが状況は悪化する一方だった。


「隊長!これ以上は持ちません!後方の建物まで下がりましょう!」


 ヒューズが叫ぶ。

 三百メートル後方に、崩れかけながらも残っている高層ビルが見えた。


「ここで踏ん張れば全滅します!」


 ユリエも声を張り上げる。

 だが隊長は首を振った。


「負傷者を置いていくつもりか!仲間を見捨てることは断じて許さん!」


 負傷者は五人。

 フォード達は行方不明。

 無謀だ。

 それでもやるしかない。


 その瞬間、グレンとジェイクが駆け戻ってきた。

 背後にはジェミニの死体が転がっている。


「交差点は片付けた!だがまだ散ってる!」

 

 一瞬、言葉を失った。

 この数を、二人だけで?

 いや……ジェイクはまだ少年だ。

 だとしたら、ここまでやったのは……。

 視線が自然とグレンに向かう。


「負傷者は俺とヒューズとレンで運ぶ!」

 

 グレンが一歩前に出た。

 だが隊長は迷わなかった。


「……わかった。任せる」


 そして即座に号令を飛ばす。


「全員、撤退だ!建物まで下がれ!」

「了解!」

「ヒューズ、二人いけるか?」

「問題ない」


 次にグレンが僕に顔を近づけ、低く吐き捨てる。


「一人運べるな?途中で投げ出したら……覚悟しろ」

「……はいっ!」


 怒鳴られた勢いのまま、僕は負傷者一人を抱え上げる。

 腕が震える。でも、落とさない。絶対に。


「残りの二人は俺が運ぶ。ジェイクはユリエを援護しろ!他の隊員は退路の確保とやつらを追い散らしてもらう!」 

「行くぞ!全員、退け!!」


 アレックス隊長の号令と同時に、僕達は死地を抜け出すために走り出した。





次回に続く

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