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3

「う、うう~ん」


 気がついた俺は全身に走る痛みに動けずにいた。と、そこに、


「おお、兄ちゃん気がついたか?」


 と話しかけてくるヤツがいた。おそらく先程一緒に出ていた戦闘員の一人だろう。


「こ、ここは?」


 未だ視界のボヤけている俺は状況を確認すべくその人物に話しかける。


「救護部屋さ・・・。その、なんだ。そんなになっちまって・・・大変だったな」


 戦闘員の問いかけに俺は先程の事を思い出し思わず苦笑いを浮かべる。


「ああ、まさか空中で何度もお手玉されるとは思っていなかったぜ」


 戦闘員も俺の状態を目にしているのだろう。紡がれる言葉が重い。


「とんでもない目にあったようだな・・・そうなるのも頷けるぜ」


「そう・・・だな。そんなに今の俺の状態は酷いのか?」


 自分で思っている以上に身体の状態が悪いらしい。俺的には軽いムチ打ち位だと思っているのだが・・・。


「ん?ああ。自分じゃ分からないだろうがな。凄い事になってるぞ。特に・・・・頭がな」


 頭?そう思いながら痛む右手で顔を擦る。

 

 ん~妙にデカイな・・・・。あっ、ゆるキャラ怪人の頭被りっ放しなんだな。

 でもそれにしては肌の感覚がちゃんとあるような・・・?


 そんな事を思っていると傍にいた男が立ちあがったらしい。


「気が付いたのなら俺は行くぜ。戦場は待ってくれないからな・・・」


 まだヒーローショーは続いているのか。確かに47都道府県の御当地ヒーローが出ているのだから時間もかかるか。

 そう納得し再び目を瞑ると男は外に出て行ったようだ。



 救護部屋。といっても簡易なテントの中に布を敷いただけの簡易なものだが。から出て来た一人の魔物が先程気がついたばかりの若い魔物を思い出し顔を歪ませる。


「クソッ!人間どもめ!一体どんなヒデェことしたらあんなことになるってんだ!」


 先程の青年の顔を思い出す男。顔がデフォルメされたみたいにチンクシャになり、5倍では済まないサイズに腫れあがっていたのだ。

 まだ未来ある若者があんな目に遭わされて憤りを感じない魔物などいないだろう。


「待ってろ人間ども!小僧の敵《かたき》だ!」


 そう言うと遥か先、大質量の何か同士がぶつかり合う音が絶えず響く戦場へと男は舞い戻るのであった。




 人間界と魔界の丁度、中間に位置する中立地帯エターナルアースと呼ばれる境界線にて人間対魔物の戦争が行われていた。

 ここ数年小競り合いが起きていたのだが、今回行われた作戦は大規模なもので人間側が魔界へと攻め入る為に起きた戦争だった。

 本来であれば脆弱な人間が魔物やその上位存在である魔族を相手にする事など無謀。

 だが、彼らには希望があった。


 勇者の存在である。


 もって生まれた資質を開花させ、人間と言う種の限界を超えた力を持つ者。

 その者は魔物を率いる魔族すらも打ち倒すと言われている。

 数十年前に生まれた赤子が勇者として覚醒したのが数か月前。

 それから勇者は鍛練に励み遂には実戦投入されることとなった。


 魔王なぞ勇者の敵ではない!


 それが戦争に参加した人間側の王たちが共通して持つ認識だった。

 それを裏付けるように人間界に存在した魔物の拠点は勇者の練習台として次々に陥落されていった。

 気を良くした王たちは遠征を速め、魔界へと続く中立地帯であるエターナルアースにまで進軍してきたのだった。

 最早、魔王の命もあと僅か。人間界の王たちは誰しもがそう思い、戦後の領地分配について思慮の欠けた下らぬ考えに身をやつしていた。




「なんとか動けるか・・・」


 俺はゆっくりと身体を起こすと手足の感じを確かめ、日常生活に影響無い程度まで回復している事に驚きつつ外に出る。

 どうやら俺が寝かされていたのは簡易な布の上で、仮設テントの中だったらしい。


「コスプレとかもやってたしな。夏だし炎天下の中ぶっ倒れた人用のテントだろうな」


 そんな事を思いながら外に出て見ると言葉を失った。


「なんだこりゃ?」


 見渡す限り埋め尽くされるコスプレをした人々。

 しかも全員がオークやゴブリン。鬼や厳つい角の生えた西洋甲冑などモンスターのコスプレばっかりでロボットや俺みたいなゆるキャラは誰一人としていなかった。

 そいつらが忙しなく柵で囲まれた中を行ったり来たりしている。


 どうやら俺は御当地ヒーローショーじゃなくてコスプレ会場にまで吹っ飛ばされたらしい。

 それにしても手が込んでるな・・・。

 そんな事を思っているとひと際大きなテントから大柄な人物が現れ会場全体に響き渡る声でこう言った。


「者ども聞けぃ!!これより魔王様からお言葉をいただく!平伏せよ!」


 ビリビリとした威厳ある声でそう言われ次々に周囲の連中が巨大テントの方へと向き直り平伏していく。

 俺も基本的には周りに合わせて動くタイプの人間なので黙って従う。


「おいキサマ!平伏しろ!魔王様の御前であるぞ!!」


 大柄のコスプレ男から鋭い一喝がかかる。

 おお~怖い怖い。どこの誰が怒られているのやら。


「おい!聞こえないのか!そこの頭がデカイずんぐり野郎!」


 ん?もしかして俺の事か!?


 どうやら頭がデカ過ぎて平伏したように見えなかったらしい。

 仕方が無いので俺は身体をピンとしてうつ伏せで寝ることにした。

 その後、俺以外の奴は注意がかからなかったらしい。

 すぐに魔王とやらが出てきてなにやら演説が始まった。


 この時、俺はうつ伏せの状態だったし、何より怪我をしたであろう他の戦闘員の皆が気になって話を聞くどころでは無かった。

 周囲の皆が立ちあがるのを見て、それに習い立ちあがるとそそくさとその場を離れるのであった。




「おお、勇者殿。こんな所におりましたか」


 人間側の敷いた陣地の端っこに佇んでいた一人の青年にフードを被った老人が話しかける。


「なんだ。魔法使いのジジイじゃねえか?俺に用か?」


 魔法使いと呼ばれた老人をまるで虫を見るかのような目つきで見ている青年。勇者は老人の方へと意識を向ける。


「いや、なに。決戦を前に緊張しているのではないかと思ってのう」


「ハッ?緊張だぁ?俺がそんなタマかよ?あんま耄碌してっと魔物と戦う前に死んじまうぞ?」


「ホッホッホ。御心配は御無用ですぞ。これでも幾多の戦場を生き残ってきた老兵ですからな。そう簡単には死にはしませんぞ」


「ケッそうかよ。こんな何も無い所にまで出張って来てるんだ。さっさと魔王なんざ殺して浴びるように酒を飲んで自堕落な生活を送りたいぜ・・・」


「ホホ。それももうすぐ叶いますなあ」


「たりめーだドアホ。夜が明けたら進軍する。準備を急がせろ」


「勇者様のご意志通りに」


 老人が恭しくお辞儀をするとマントを翻し勇者と呼ばれた青年は自分にあてがわれたテントへと入って行く。

 それを見届けた老人の口から思わず言葉が漏れる。


「稀代の勇者・・・か。自身の力に溺れ、人格者とはとても呼べる者では無いが、この戦いには必要不可欠な人物・・・か」


 そう呟くと戦の指揮官に先程の事を伝えに行かなければと陣地中央へと向かう老人なのであった。




 一方その頃、幸雅は逸れた戦闘員たちと合流すべく陣地内を散策していた。


「おっかしいなぁ。コスプレしてる人ばっかりで全然戦闘員のおっさん達見つからねえじゃん」


 それにすれ違う人達が俺の事を不憫そうな目で見るのはなんなんだ。

 ちょっと傷つくぞ。

 あれか?レッドとの戦いでゆるキャラ怪人の頭が破損してるのか。

 だから皆、頭に視線が集中してるのか。参ったなぁ。着替えも会場に置いてきてるからおいそれと脱げないんだよなぁ。


 てかいつの間に夜になったんだよ。どんだけ俺寝てたんだろ。

 もしかして皆もう帰っちゃったのかな・・・。

 でもさっきの人の話からするとヒーローショーはまだやってるみたいだし。

 少し聞き込みしてみるか・・・。

 俺は近くにいた人に聞き込みをしてみることにした。


「あの、すみません」


 俺が話しかけたのは二足歩行型の狼のコスプレをした男性だ。

 さしずめワーウルフといったところだろうか。


「ん、なんだ・・・って!凄い頭だな!?大丈夫か?」


 頭?そんなことはどうでもいいんだよ。それより質問だ。


「え?いや、大丈夫では無いんですが・・・それより聞きたいことが・・・」


「聞きたい事って・・・頭の事より大事なことなのかい?」


 傷ついた頭の事なんかより戦闘員の安否だろ!と思いながら矢継ぎ早に質問する。


「ええ、大事なことです。連れを探しているんですが見ませんでしたか?こんな格好しているはずなんですが・・・」


 戦闘員の特徴を伝えるが該当する人物を見た事は無いらしい。

 

「もしかすると最前線の方で戦っているのかもしれないな。あっちにいってみたらどうだ?」


 ワーウルフのコスプレの人が遥か北を指差す。

 すると先では金属と金属がぶつかり合う甲高い音や人々の怒号が行き交っていた。


「向こうは・・・戦場なんですね・・・?」


 ゴクリと息を呑みながら俺は聞き返す。

 そうあそこが会場《せんじょう》なのだと・・・。


「ああ、あそこだ」


 ワーウルフのコスプレ男が重々しく頷く。そして深刻そうな顔で俺に語りかけてくる。


「なあ、お前。本当に行くのか?いくら仲間の為だからってそんな頭になってまで?」


 また頭の話か、もういい加減しつこいぞ。


「俺の頭なんでどうでもいいんですよ!どうせ替えがきくんだから!でも、でもあいつ等は!!」


 そう替えのきく俺のゆるキャラヘッドとは違い、あいつ等のスーツは結構金のかかった特注品だ。カムマンだけでなく大勢の御当地ヒーローに襲われているとしたら間違いなく破損し職を失うだろう。


 だが、そんなことはさせねえ!


「替えがきくってお前・・・そんなワケ無いだろう!?」


 ワーウルフのコスプレ男が尚も俺を説得しようとするが俺は彼の説得を振り切り彼の指差した方向へと走り出す。去り際に別れの挨拶をするのも忘れない。


「行ってしまった・・・」


 ワーウルフは自分の説得を振り切って行ってしまった青年の小さくなっていく背を見ながら自分の矮小さについて考えていた。


 元々、魔界の隅っこにある辺鄙な田舎の森に住んでいた彼は、人間と言う者を見た事が無かった。

 しかし魔王から発せられた招集命令に従い、親や親類と大移動しエターナルアースにまで出張ってきた。

 魔王の演説を間近で拝見する事も出来たし、魔界を守るという大義名分の為、先兵として人間と戦う事もした。

 

 初めて人間と接触したワーウルフは思った。人間とはなんて脆弱な生き物なのだろう。と


 己が爪を振るえば鮮血がほと走り次々と地に伏せていく弱き者たち。

 最初はそう思っていた。だが、ワーウルフが相手をしていたのは戦奴隷たち。

 

 本当の戦いがこれからだった。


 盾を巧みに操り己の一番の武器である爪を防ぎ、良く研がれたブロードソードと呼ばれる片手剣で強靭なはずの肉体を切り裂かれた。

 しまいには後列に控えていた魔法使いたちの一斉砲撃で辺りは一面火の海となった。

 強靭な肉体を持つ魔物である自分たちを、脆弱なはずの人間が蹂躙していた。


 ワーウルフは、いや、魔物達は人間たちを侮っていたのだ。

 魔物でも序列があるように、同じく人間たちにも序列があり、自分はその最下級の戦士しか倒せないほど弱かったのだと。そう認識させられた。


(そして俺は戦場から逃げ出したんだ・・・)


 ワーウルフは戦場から逃げた。救護部屋に駆け込み仮病を偽り留まっていた。

 魔王から開戦する度に言われる言葉も最早心に響いてこない。

 

 だがそんな時、一人の青年が現れた。


 全身を黒龍か何かの皮をなめして作られたであろうレザーパンツに黒く強靭な尻尾。鍛え抜かれ六つに割れた腹筋や厚い胸板がVネックカットソーの下から主張している上半身。その上着には厚手のジャケットを羽織っており、ブーツや膝、肘に金属製のガードが付いておりアメリカンライダーのような風貌だ。

 指先は鋭く尖っており、ガントレットを身に付け、首からは血に染まったような赤黒い細い2条のマフラーをたなびかせている。


 だが普通の魔物と違う所が一つあった。


 そう・・・頭が、頭が身体に不釣り合いなほど大きかったのだ。


 横幅6、70センチ。縦50センチ程の横長の顔。

 額の上に漆黒の仮面を身に付けており、仮面に何らかの魔物を模した物らしく特徴的だったのは赤い三つ目があることだろう。

 本人の眼は白目を剥いており、意識があるのか無いのか傍目からは判別が難しい。

 肌は灰色。髪は金髪の、なんともいえない。どうしてこうなったのやら・・・。

 といえる風貌の青年が現れたのだ。


 ワーウルフは思った。

 きっと人間との戦争でこうなったに違いない___と。

 でなければアレの状態を説明できる言葉が見つからない。

 

 こんな生物は見た事が無い。

 

 魔物・・・ではない。だとすると魔族?だが魔族は限りなく人に近い体つきや顔をしている。

 

 では目の前の人物はどうか?


 確かに身体は人間型だ。


 でも・・・頭。頭がなぁ・・・。


 そんな事を一瞬のうちに思っているとその人物はどうやら同族を探しているらしかった。

 しかしそんな風貌の奴を見た事が無い。

 だとすると、いるとすれば最前線だろう。とワーウルフは結論つける。


 それを聞いた青年はさっそく前線へと向かおうとするではないか。


「なあ、お前。本当に行くのか?いくら仲間の為だからってそんな頭になってまで?」


 気が付けばワーウルフは青年に話しかけていた。

 そんな頭にされてまでコイツは仲間の為に前線に戻ると言うのか。

 俺は自らの弱さに逃げだした臆病者だ。

 けどコイツは違う。仲間の為なら自分の命すらも投げ出せる。

 そんなヤツだ。


「俺にも出来るかな・・・」


 そう誰にも聞こえない小さな声で呟くとワーウルフは先程の青年の後を追うのであった。




 その頃、夜が明けたのをきっかけに両陣営が進軍を開始した。

 ぶつかり合う先兵。叩きつけられる盾と魔物の爪。

 行き交う怒号とほと走る鮮血。


「これは聖戦である!我らが王に魔界を捧げるのだ!」


 人間側の指揮官らしき男が声を大にし叫ぶ。

 それにつき従うように人間側の軍隊は突き進む。

 人間側から弓が放たれると、お返しとばかりにサイクロプスの部隊から大石が投げられる。


「うあああああああ!!」


 叫ばれる悲鳴にカエルのようにペチャンコに潰される人間。

 弓や槍で貫かれ絶命するコブリンやオークなどの下級の魔物。


 死の臭いが漂う本物の戦場がそこにはあった。



「ほんじゃ、まっ、行きますかね」


 肩に聖剣を担ぎ戦況をぼんやりと見ていた勇者はゆっくりとではあるが、着実に歩みを進める。


「グオオオオオオオオ!!」


 迫りくる幾多の魔物を一薙ぎで一閃すると聖剣から放たれた聖なる余波により周囲にいた弱い魔物を巻き込み消滅させる。


 『ムーンレイス』と呼ばれる聖剣の効果だ。


 職業:勇者を持つ者のステータスを2倍にも3倍にも跳ね上げる聖剣から放たれる斬激によって魔王遠征軍の先兵は次々に屍と化し、勢い付いた人間軍は突撃のスピードを速める。


 勝てる!勇者様さえいてくれれば魔王ですら敵ではない!


 遠征軍の誰もがそう思い、士気が最高潮に高まっていた時にソレは最前線にやってきた。

 一陣の風と共に飛来した物体が自分たちの上空を通過する。

すると風を受けた者たちの身体が次々と塵となりバラバラと砕け散り出したのだ。


「何が起こった・・・」


 偶然その場に居合わせた老年の魔法使いは咄嗟に防御壁を張り、風を浴びる事を防くごとに成功したが、自分の周囲数百メートルの範囲で息をしている生物はいなくなっていた。

 つまり自分を除いた戦争用に徴集した戦奴隷が全滅したのである。

視線を後方へと移すと蝙蝠の羽根のような翼を羽ばたかせ地上へと降り立つ小柄な人物がいた。

 魔法使いが降り立った存在の方へと眼を向けると偶然にも眼があった。

縦に割れた瞳孔。深紅の瞳に魔法使いは視線を外す事が出来なかった。

 金髪のショートヘアには捻じれた山羊のような角があり、明らかに人間ではない。

 胸から腰までに六角形の装甲を繋ぎ合わせたような鎧を身に纏い、手や足には煌びやかな装甲を纏っている。

 そして明らかに異質と思われるモノがあった。


(なんて桁違いな魔力量じゃ・・・)


 魔法使いに問わず、魔力を扱える者ならば誰もが自分はもちろん相手の魔力量をある程度判別する事が出来る。

 老年の魔法使いは冷や汗が止まらなかった。人間では考えられない量の魔力をその人物は纏っていたのだ。

 つい先程まで一緒にいた勇者と比べても遥かに多い魔力量を持つ人物。


「こ、これが・・・魔王だというのか!」


 そう、魔法使いの前に死の旋風を撒き散らしながら現れた人物こそが魔界を統べる七人の魔王の一人であるリリスであった。


「へえ、私の風を防げる腕のある子がいるなんてね」


 値踏みするような眼で魔法使いを見ている少女は老人である自分のことを”子”といった。

つまり相手は自分の事を子供としか見ていない____数百年は生きているであろう魔族なのであろう。

 しかも魔族を統べる魔王である。ただ漏れになっている魔王覇気が魔法使いの身体を芯から凍らせようとしている。

 リリスは右手を腰に当てながら左手をゆっくりと上げ空に向け、


「まあ関係無いけど。じゃあさようなら」


 にっこりとほほ笑むと左手を振り下ろした。


「ヌオオオオオオオオオオ!!」


 振り下ろされた左手は魔王軍の進撃の合図であった。

けたたましい咆哮を上げながら二人の魔将軍を先頭に魔王軍が人間軍に向かう。

 再び接触する両軍。しかし人間側の軍の士気は下がっていた。

 先程、魔王と思われる人物が見せた死の旋風によって一度に数百人がいっきに屍と化したのだ。

それも遺体すら残さずに。そんな状況で恐怖心を覚えないもの者がいるだろうか?

 刻みこまれた恐怖心は動きを鈍らせ、剣を握る手は震えてまともに振るうことなど出来ない。

 次々と迫る魔物に襲いかかられ人間軍は数を減らして行った。




「終わりじゃ。魔王に戦いを挑むなど無謀だったのじゃ・・・」


 魔法使いの老人はそう呟きながら膝をがっくりと落とし蹲っていた。

 自分の周りを過ぎていく数百、数千の魔物たち。それは次々と自分の横を通り過ぎると後ろに控えていた人間軍の正規部隊へと突撃していった。

 認識阻害の魔法をとっさに使用した結果だった。お陰で命は皮一枚繋がっていたのだ。


「こんなおいぼれが生き残ることになる事に意味などあるのじゃろうか・・・」


 命惜しさに魔法を使用したが、遥か後方では数多くの未来ある若者や熟練の猛者たちの命が散っている。

 魔王に挑むという無謀な挑戦を、勇者という存在ただそれだけを頼りにし、遠征した結果このざまだ。

 魔法使いの老人は国に帰ればそれなりの立場の人物であった。

 なぜ、今回の戦を止める事が出来なかったのか。勇者の世話という名目の下、勇者の監視としてこの遠征に同行する事にしたが、その役割を果たせていたのだろうか。

 もっと上手く国王たちに進言し、今回の遠征を中止させたり、せめて遅らせ十分な準備の下戦争を開始させる手に説得できなかったのか。

 そんな後悔をしている魔法使いの老人の下に駆け寄る人物がいた。


「おい、じいさん。こんな所で蹲ってどうした?」


「なっ!」


 魔法使いの老人は驚愕した。流暢な人の言葉を聞いた老人が無意識に頭を上に上げるとそこにいたのは魔物だった。

 驚いたのはそれだけではない。身体は人型。いや、人そのモノだったが、頭が規格外だった。

 身体に不釣り合いなほど大きく、眼は白目をむいている。

 

 コヤツ。本当に魔物か?


 そんな疑問に駆られずっとこの怪しげな人物を見つけていると、自分を不審がったのか、しゃがみ込み心配そうな仕草で見てきた。


「頭でも打ったか?それとも熱中症か何かか?」


「いや、大丈夫じゃ大丈夫じゃ。それよりお主・・・人間か?」


「はっ?当り前だろう?どう見えるんだ?やっぱり頭でも打ったんじゃないか?」


 頭うんぬんで言うならばお主の方が異常であろう・・・。


 そんな事を考えながら魔法使いの老人は目の前の奇怪な人物に向かって手で制し立ちあがる。

本人の返答を信じるならばこの人物は人間であるらしい。

 あくまで本人の主張を信じるならば。だが。


「ワシの事はどうでもよい。それよりお主、奇怪な頭をしておるがどうしたんじゃ?」


「え?ああ~。ってじいさんも大概な格好だけどな。年寄りには理解し辛いかもしれないけどさ。被り物なンスよ。コレ」


 そう言いながら青年?は頭をポンポンと叩く。

 半信半疑の魔法使いの老人は何度も青年?の顔をいじくり回すが、プニプニとした感触の肌にさらさらの金髪はとても被り物には思えない。

 しかし魔法使いの老人は他国ではもしかしたらそういった擬態等の研究が盛んでこういった被り物が開発されているのかもしれないと思った。


「ほぉ、成る程のう。お主、出身はどこになるのかの?」


「出身?○○県だけど?」


 成る程。聞いたこともない国の出のようだ。それならば自分の知らない技術が開発されていても不思議ではない。

 そう思った魔法使いの老人は警戒を緩め、青年に話しかけることにした。


「そうかそうか」


 一人納得していると青年から人を探しているという相談を受けた。

 特徴などを聞いても思い当たる人物がいないことを話すとがっくりとする青年。


「そっか。じゃあ奥に行ってみるよ」


 そう言い、魔王が向かった先に向かおうとする青年。


「ちょっと待つのじゃ!向こうは戦場じゃぞ!?いたずらに命を散らすものではない。それに・・・今回の戦は我々の負けじゃろう」


 いくら勇者といえどあの途方もない魔王に勝てるとは思えない。

 保有魔力量。扱う魔法。纏う装備。それに何より戦闘における経験値が違い過ぎる。

 勇者として目覚めたのが数年前の青年と数百年の時を生きて来た魔王とでは差が開き過ぎているであろう。何か”特別な技能《スキル》”でもない限りは。

 しかしそういったことを本人から直接聞いたことは無い。単に信用されていないだけかもしれないが。


「勝ち負けの問題じゃないんだよ。あいつ等には借りがあるからな。負けるのは分かってンだ。一死報いれればそれでいいんだ」


 どこか遠い眼をした青年を魔法使いの老人はただ黙って見送る事しか出来なかった。




 一方、反攻を開始した魔王軍は人間軍を次々と血祭りに上げていた。

 今回、人間軍の討伐を任されたのは一番人間界に近い場所に領地を持つリリスだ。

 魔王の中でも随一のパワーとスピードを誇るリリスは七人いる魔王の中でも新参者であり、年齢も一番若かった。


「なんか人間が攻めてくるみたいだからちょっと相手してやってくんない?」


 そんな軽いノリで頼まれた仕事にリリスは自分の兵を使うのを嫌った。

 その為、自分の直轄領の中から徴兵を行い人間軍との戦争に挑んだのだ。

 しかし思っていた以上に人間側の勢いが激しく、被害が増えてきた為、リリス自らが出陣したのだ。

 傍に控えるは自分の直属の部下である魔将軍が二名。二名の種族はサキュバスとインキュバス。

 リリスが魔王となる前から付き合いのある二人である。美男美女と周りの魔族達に囁かれる二人は見た目は人間と大差は無い。背中に大きな蝙蝠のような翼と腰に小さな翼を生やしていなければ人間と区別がつかないほどだ。それもそのはずで元来サキュバスやインキュバスというのは人間の精気を吸い出す魔物である為、元から姿が似ているのは当たり前と言えるだろう。

 そんな二人を引きつれてリリスは死の旋風を撒き散らしながら先行する。

 リリスがもたらす風に触れた者は耐性や防御魔法等がない限り身体を分解され塵と化す。

 最初に出会った魔法使いには防がれたが、気にする様子はない。

 何故ならリリスの目的は人間軍の殲滅では無く、追い払うことが目的なのだ。出来れば早く城に返ってゴロゴロしたいというのがリリスの本音だった。


(ああ、早く撤退してくれないかな。それともこのまま殲滅した方が早い?)


 そんな事を考えながら空中を飛行していると不意に殺気を感じた。


「っ!」


 急旋回し横に飛び去る。

 するとリリスが先程まで飛んでいた場所に三日月型の斬激が通り過ぎて行った。


「チッ、回避しがやったか」


 舌打ちとともにイラついている声色の声が聞こえた。

下を見ると金色の鎧に銀色の輝く剣を持った青年がこちらを睨んでいた。

 少年の服装や剣からリリスは相手が勇者であることを悟ると、魔将軍を下がらせる。


「へえ、少しはやるみたいね」


「ハッ!魔王風情が!直ぐに殺してやらぁ」


 未だ強気の勇者を見下す眼で見降ろすリリス。

 勇者と魔王の戦いが始まろうとしていた。



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