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挨拶

息も絶え絶えの彼を連れ、一先ず私のお古の装備をアイテムボックスから出して着せる。


さっきまで金貨106枚だった彼、ヴィクトールの肩を支え、奴隷商館を出た。奴隷市は既に終わっており、広場は元の平穏を取り戻していた。


一先ず、脇のベンチに座らせる。



「…………はぁ。」




困ったものだ。奴隷、全然良くないじゃん。一緒に戦ってくれそうにないじゃん、むしろ殺されそうな感じですよ。


今更、金貨の別の使い口を思い浮かべるも、もう遅い。


罰の痛みから回復し、少しずつ息が整ってきた彼に声をかける。



「えーー…その、なに。ヴィクトールって呼んで良いのかな」



ヴィクトールはベンチに座ったまま、乱れた前髪の隙間から私を見上げた。



「……あなたは、」



掠れた声が、彼の喉を鳴らす。


「私は鈴鹿。見ての通り、獣人でもエルフでもドワーフでもない。ただの人間だよ」


「ニンゲン…太古の先住民。いや、そんな訳はない、あなたは召喚された勇者様か」


ヴィクトールが低く呟く。様、ってつけているわりに全然気持ちがこもってない。


「えーっと…まぁ、そう。五年前に召喚された、正暦3062年召喚の100人の勇者の一人。」


これからよろしくねっ!




ってやりたいんだけど、そんな雰囲気でもない。一先ずそろそろ日も暮れかけた夕方だ。今日の寝床を決めたい。


彼を買うのに全財産使ってしまったから、二人で泊まるためには宿のレベルを下げなくてはダメだろう。


「ヴィクトール、あなたはこの街の出身? 安い宿を知らないかな。これから持ってる薬を一時的に全部売っても、銀貨4枚にしかならないんだ」


「…銀貨4枚もあれば、通常の宿に泊まれるのでは」


冷たい目でこちらを睨むヴィクトール。おおう、イケメンにそんなに睨まれると、心が痛い。


「え、あんた没落貴族って聞いたけど、銀貨2枚の宿にしか泊まったことないの?」


「銀貨2枚? 銀貨4枚あるのでは?」


「?」


話がすれ違っているので少し考える。ああ、そうか。


「え、奴隷って宿代かからないの?」


「…宿代というのは、つまるところベッド代と飯代です。奴隷である私の分を用意するかどうかはあなた次第でしょう」


おお、なるほどね。部屋の隅に転がっててもらい、飯も与えなければ金がかからないと。





「…そういうわけにも行かないでしょ!」





回復したらしき彼の腕を引っ張って、ベンチから立ち上がらせる。うん、息も整ってきている。動くのに問題はなさそうだ。




「あんた金貨106枚もしたのよ。弱って死なれたら困るわよ。はい、立つ!」




声を大きくすると、ヴィクトールは目を丸くして背中をのばした。




「まずはギルドで持ってるアイテムを全部売ります。で、銀貨4枚で二人で泊まれる部屋を探します。君は奴隷なんだから、文句は言わせません」




矢つぎ早に言い放つ。ヴィクトールは驚いた顔のまま、口をぽかんと開けている。




「初めに宣言しておきます。私は君にひどい扱いをするつもりはありません。衣食住は人並みに保証します。君に期待するのは私と一緒にダンジョンで戦うこと。体は資本なので必要なものは申し出ること。あとあの痛めつける罰則魔法? できるだけ使いたくないです。決して私を裏切らないでください。あと自意識過剰かもしれないけど、恋愛も禁止です。以上」






自分が毒矢使いなのはまだ隠しておく。いずれ、バレるだろうけれど。


いま言ったことは、彼に対する「命令」にあたるのだろう。四の掟、恐ろしいな。




まだ何が起こったのかいまいち掌握しきれてなさそうな彼に背を向ける。


「はい、れっつらごー!」


まずは宿代を稼ぐため、アイテムを売りにギルドへ行く。彼に宣言した通り、私はギルドへの道を歩き始めた。







言いたいことだけ言って歩き出したけれど、彼はきちんと後ろから付いてきている。


ギルドに着くと、私は慣れた様子で扉を開けた。



この世界には、商人ギルドとは全く別の、冒険者ギルドが存在する。


商人ギルドは1つの街に複数あったり、なかったり、その地域の商人の自治に任されているが、冒険者ギルドはどこかが一括して管理しているらしい。よほど小さな村でなければ、だいたいどの国にも町にも存在している。



扉を開けると、窓口は3つ。1つはダンジョン管理、1つは個人情報管理、1つはアイテム管理である。




ダンジョン管理の窓口では、その地域のダンジョンについての情報を聞くことができる。また、自分が得た情報を売ったり、フロア開拓をして賞金をもらう場合も、ここで申請する。


個人情報管理の窓口では、冒険者個人の登録変更を行うことができる。一番お世話になるのは、冒険者登録をしているものなら誰もが頭上に表示される「ステータス」の更新だ。これを閲覧するにはギルド、もしくは冒険者学校で教わる冒険者基本スキルを身につける必要がある。これはパッシブスキルだから、一度身につければいつでもリアルタイムで最新の情報を見ることができる。



そして残る一つの窓口、アイテム管理窓口に私は顔を出す。

アイテムボックスから売れそうなものを探してカウンターの上に乗せた。


「シシノイの角、ゴマゴマの殻、クララソウから作った解毒薬、お願いします」


「はい、銀貨3枚と銅貨60枚です」


うわぁ、本当にギリギリ。手持ちと足せば今夜の宿代はどうにかなるだろう。


さくっとお金を受け取って取引を終了させる。




「そういえば、ヴィクトール…って呼んでいいのよね? ヴィクトールは冒険者登録はしているの?」




彼の頭上を見ながら確認する。いまヴィクトールの頭上にはステータスが表示されていない。奴隷だからなのだろう。奴隷商人が今日中にステータス申請しておくって言ってたから、明日には表示が戻るはずだけど。



「はい。騎士レベル2まであげました」



最低限の返事は返ってくる。


騎士レベル2か。騎士は剣士の上位ジョブのはずだ。騎士団の祝福がなければつけないジョブである。

だが、騎士とは都合がいい。たしか片手剣と盾を装備する、攻撃防御のバランスがとれた近接戦闘ジョブだ。まぁ筋肉ついてたから近接だろうと見込んで買ったのだけど。



「騎士団の所属がなくても、ジョブは引き継げるのかな」


「はい。騎士団にて祝福を受ければ、脱退後も騎士を名乗れるはずです…。…その心が、騎士道に在る限り…」



おおっと、かっこいいこと言うじゃない。


テンション低いけど。


でもま、とりあえず。


「明日は、ダンジョンに行ってみようか」


声をかけたが、ヴィクトールから返事はない。うん、そろそろ慣れてきたよ、独り言。


一先ず私たちは冒険者ギルドを出た。







「お一人さま銀貨2枚で、シングルのお部屋が2部屋で銀貨4枚ですね。ツインのお部屋であれば、値引きさせていただいて銀貨3枚と銅貨50枚になります」


前の宿を引き払い、町外れの宿を探す。

ヴィクトールの案内で覗いたその宿は、『猫の瞳亭』。カウンター嬢は猫の獣人だった。なるほど、猫の獣人が経営しているから、猫の瞳亭か。


シングルの部屋2つよりも、ツインの部屋1つの方が安くなるのか。まぁ考えれば当たり前だ。


どうせ今日は寝るだけだし、問題ないだろう。


「大丈夫だよね?」


と、ヴィクトールを振り返る。犬耳は怪訝な顔をしてみせた。自分に意見を聞かれるとは思ってなかったらしい。


いやだからさ、人並みの扱いをするって話をかっこよく宣言したと思ったんだけど。え、かっこよくなかった?


ともかく今日の宿は街外れの『猫の瞳亭』で決定だ。


「お部屋番号は3階、305号室になります」


外から見た様子では、この建物は3階建てだったから、おそらく最上階だ。


「朝食は1階の食堂です」


「わかった」


私は鍵を受け取ると、身を翻して階段の方に向かった。


「日が暮れる前に、宿屋が見つかってよかった。安いけど店員の様子は良さそうだし、悪くないね。あなたの案内通り」


階段を登りながら話しかけるけど、ヴィクトールは返事をしない。


返事しろよ、って命令しようかな。

OL時代の上司を思い出すわ。

大っ嫌いだったからやめとこ。

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