隷属
セリに成功した私は奴隷商館へ入る。奴隷商売はさぞ儲かるのだろう、表向きも立派な赤レンガだったが、中も立派な造りだ。
入り口を入ると、1階はそのまま大きな広間になっていた。木張りの床には穴などないし、数本の柱と、奥に階段が見えているだけで、後は何もない贅沢な造りだ。商談用だろう、小さな机とソファが幾組も並んでいる。
開けっ放しの扉をくぐると、蛇の獣人の少年が駆けてきた。
「26番お買い上げの人だね」
26番が何のことかは分からない。確かに今日の奴隷市でそのくらいの人数の奴隷が売られていたような気がする。
「ちょっと混んでるので、こちらでお待ちください!」
少年に示された奥の方のソファに座った。目の前には小さな机と、向かい合わせに座れるソファがある。間も無く、猫耳の少女がコーヒーを運んできた。多分、奴隷だろう。なんとなく手はつけないでおく。
しばらく待っていると、扉からかなり年上の蛇の獣人が入ってきた。
「おやお嬢さん。奴隷商館へようこそ。」
にやり、と笑う年配の獣人。
「見たところ人間…勇者のお方ですね」
誤魔化しは効かなさそうだ。肩をすくめて流しておく。
「奴隷売買は初めてでしょうか?」
ここはどう答えるべきだろうか。正直に初めてだと答えて大丈夫だろうか。
しかし、後で嘘がバレるのも怖いので素直にうなすいておく。
「奴隷取引は、まずこちらが、ご購入の奴隷をお客様に引き渡します。ご確認されたのち、しかるべき金額をお支払い下さい。金額の確認が取れましたら、奴隷契約の段階に移らせていただきます。奴隷契約の内容はご存知でしょうか」
これも素直に、首を振る。
「奴隷契約は、隷属魔法によってなされます。あちらの額の文字をご覧ください。」
奴隷商人に示された壁を見やる。さっきから気になっていた、この部屋で一番目立つ額縁。中には飾り文字でこう綴られていた。
一ツ、主人の命に背き間敷事、
一ツ、脱することを許さず、
一ツ、所有することを能わず、
一ツ、主人を傷つけるべからず。
「四の掟、と呼ばれております」
なるほど死の掟、ね。
気味が悪くなって目をそらす。
私は奴隷のない世界から来た。でもこの世界で奴隷なんてそんな扱いだ。
「この四の掟に奴隷が背いた時、あなたには奴隷を痛めつける権利が与えられます。それが隷属魔法です。呪文をお教えしますので復唱して下さい。」
人を痛めつける魔法。
心の中でちょっと引く。
でも、私が買おうとしてるのは奴隷だ。自分は奴隷を買おうとしているのだ。今更ながらに事実がズシンと心にきた。
「詠唱はこうです。
『世の理よ、彼のものを捉えよ
戒められし者よ、四の掟により我の前にひれ伏せ、
-隷属痛断-』
書き記したものをお渡ししておきますね」
すでに用意されたものが出てきた。こういう場所だし、おそらくたくさん用意しているのだろう。
ありがたく受け取っておく。
「分かりました。他に聞いておくべきことはありますか?」
「いえ、以上になります。」
奴隷商人はニヤニヤと笑った。
「それでは奴隷を呼んできましょう」
彼はそういうと、懐から小さなベルを出してチリチリと鳴らした。
部屋の外で待っていたのだろうか、すぐさまあの部屋を案内してくれた少年が顔を出した。
「へぇ、旦那」
「26番をここへ」
少年は素早く顔を引っ込めた。何処かへ走って向かったようだ。廊下を駆ける音がする。
「連れてきました」
そう言って少年は青年を連れてきた。縛られたまま、青年は部屋の中へと押し込まれる。
青年が顔を上げた。
「お買い上げの商品に間違いはございませんか」
奴隷商人の言葉に、彼の顔を見る。
蒼い瞳と、目があった。
決意を秘めた瞳である。兄弟たちと離された今、彼はすでに空虚な目を敵意で満たしていた。
人間よりも大きな犬歯を剥いて、睨みつけるようにこちらを見ている。青年の中で、復讐の炎が燃えていた。
ありゃりゃマジか。
私は内心頭をかく。
ちょっとこの犬、懐きそうにない。
よく見ると、整った顔立ちをしている。元没落貴族というのは本当なのだろう、少し汚れているが、顔色も悪くない。精悍な鼻筋に、真一文字に結んだ薄い唇。耳と同じ亜麻色の髪を長くなりすぎないように整えてある。
高台の上にいるのを見たときには気づかなかったが、尻尾も同じ亜麻色だ。
何よりボロを着せられた身体は、それなり鍛えられているのが分かった。痩身だが、剣を持つことを教わった身体だ。
「…確認した。金貨106枚ですね」
私はアイテムボックスを出すと、ジャラジャラと金貨を掻き出した。同じ種類のマスに100個まで入る。2マス分を占領していた金貨はあっという間になくなった。
机の上に落としたつもりだが、床やソファの下に散らばってしまったらしい。奴隷商人は嫌な顔一つせず人を呼んだ。
少年少女たちが数人集まって、金貨を拾い、数を数える。
「106枚です」
「ご苦労、下がりなさい」
枚数が確認出来ると、奴隷商人は彼らを下がらせた。と、突然、
「…………。
『隷属痛断』」
奴隷商人が呟くように詠唱すると、複数の少年少女たちのうち、一人の少年が苦しみ出した。
私と狼の獣人の青年が、ぽかんと口を開ける。
奴隷商人は慣れた口調で、苦しんでいる少年を掴み上げた。
「君、盗んだ金貨をこちらへ返しなさい」
少年は泣きべそをかきながら、金貨を一枚、奴隷商人に差し出した。
彼が走り去った後、奴隷商人は私たちを振り返る。
「先ほどここにきた少年少女たちは皆、我々商館の奴隷として雇っているものです」
何事もなかったかのように、彼はソファに座りなおした。
「このように、隷属魔法は掟を破ったもののみに適応されます。裏を返せば、掟を破っていなければ、こちらが詠唱をしても破棄されます。ご確認いただけましたでしょうか」
ここまで予定調和だったのだろうか。デモンストレーションのために、あの少年は罰を受けたのだろうか。
そんな気さえするような鮮やかな奴隷扱いに、ただただ私はうなづいた。
「…では、奴隷契約の手続きを」
奴隷商人は懐から小刀を取り出すと、私に差し出した。私が受け取りと、続けて紙を取り出す。
この世界にちゃんとした白い紙などないから、薄汚れた茶色の紙であったが、そこにはインクで魔法陣のようなものが刻まれていた。
「この魔法陣の中央に血液を。ほんの一滴で構いません」
血の契約なのか。
私はごくんとつばを飲んだ。小刀で指先を傷つけて、血を出す。赤い血がぷくりと指の上に溜まったので、それわ魔法陣の中央にそっと落とした。
紙が血を吸って赤く滲む。
「名前はお決まりですか」
そうだ、名前。私ははたと彼を見た。
奴隷には契約の際、新たな名前をつける。
私には、彼を高台の上で見た時から決めていた名前があった。
「ヴィクトール」
彼の目を見てそう告げた。一瞬だが、彼が怯んだのが分かった。
奴隷商人は、青年の上着を脱がせた。上裸になったその肉体に、魔法陣を押し付ける。
『全ての鎖に連なる者よ、彼のものがが見えるか』
奴隷商人が唱えると、魔法陣が蒼い炎に包まれた。
「………っ!」
青年の目が見開かれる。熱い、ようだ。だが彼は泣き言一つ言わない。
『罪人よ、四の掟に従い、贖罪の念に膝をつけ』
ジジ…と音を立てて魔法陣の紙が燃える。
やがてはっきりと、インクの跡が炎の中に浮かび上がった。
『その罪の名は、ヴィクトール』
『-隷属捕縛-』
「うぐっ……!」
青年が呻いた。奴隷商人が手を外す。青年の背中にははっきりと、魔法陣が刻まれていた。
「これで奴隷契約は終了です。最後に契約を確認してください」
「契約の確認?」
私が首を捻っていると、奴隷商人は私の持っていた小刀を彼…たった今ヴィクトールと名付けられた狼の獣人奴隷に手渡した。
「これで貴女の指に、先ほどと同じくらいの傷をつけるよう命じて下さい」
「どうして」
私が問うと、奴隷商人は至極当然の口調で答えた。
「掟破りをさせるのです。隷属痛断であれば、隷属魔法の確認ができます。ステータス更新の申請はこちらからギルドに出しておきますので、明日には切り替わるでしょう」
奴隷商人に促されるがままに、私はヴィクトールへ告げる。
なるほど、それしかないのであれば。
私は今一度、ヴィクトールに向きなおる。
「……ヴィクトール、私の指を傷つけて」
しかし、ヴィクトールは動かない。
「…ヴィクトール、傷を」
「命令違反です。お嬢さん、呪文を」
言われるがままに、私は先ほど渡された紙を読み上げた。
『世の理よ、彼のものを捉えよ
戒められし者よ、四の掟により我の前にひれ伏せ、
-隷属痛断-』
突如、
「うがあああああっ」
ヴィクトールが苦しみ出した。慌てて魔法効果を中断する。
なにこれ、
さっきの契約の時は、声を漏らしたくらいでそんな悲鳴なんてあげてなかったじゃない。
息切れを起こして、床に倒れこむ青年の姿に、唖然とする。
罪悪感が止めどない。
「契約は無事為されたようですね。確認がとれました」
奴隷商人はにっこりと、笑みを浮かべた。
「ご購入ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
私はただ、足元で喘ぐ青年を見て、困惑するばかりだった。




