落書きの羊
「後で銀貨1枚渡すから、晩御飯となんか着替えでも買って来なよ。中古くらいならなんとか買えるでしょ。明日ダンジョンでお金が入ったら諸々揃えさせてあげるから、今日はそれで我慢してね」
部屋に入ると、私は奥のベッドを陣取った。
安いだけあってベッドが2つ並んでいるだけの狭い部屋だ。荷物は全部アイテムボックスに入れているから、荷解きをする必要もない。あぁ、お風呂に入りたい。前の宿では台所を借りてお湯を沸かすことができたから、体を拭くことができたけど、ここはどうだろう。
「えっと、歳はいくつだっけ」
奴隷市で高台の上にいた奴隷商人が叫んでいたような気もするけど、忘れた。
「19です」
「お酒…は、この世界では飲めるんだっけ。でも今日は我慢ね」
私がそう言うと、彼はやや躊躇って、私を見上げた。
実際には彼の方がいくらか身長が高いので、見上げることはできないのだが、下ばかり見つめている彼が私を見ると、見上げるようになるのだ。
「…ご年齢をお伺いしても?」
お、初めて彼が自主的にしゃべった。
それが年齢とは。女性に聞くことではない。こいつなかなか唐変木だな。
「26、で召喚された。この世界に来た時には、12だって言われたわ。召喚されると、体も変わるのね」
彼は不思議そうにこちらを見た。
「5年前に召喚されたとおっしゃっていらしたかと…ということは、いま31…?」
「17」
鋭く私が訂正した。
「リピートアフターミー。じゅうなな」
「じゅうなな、です」
「はい、よくできました」
中身31だと? うるさい黙れ。いまの私はセブンティーン。
とやかく言われる前に(言われないだろうけど)私は彼に銀貨1枚を投げ渡した。
「じゃ、食べ物。余ったお金はあげるから」
「かしこまりました」
彼は銀貨を空中でキャッチすると、すぐさま部屋を出た。
ふぅ。と私は息をつく。
毎日、ダンジョンに行ってアイテムを拾い、アイテムを売って日銭を稼ぐ。日銭を宿代に費やして、寝て起きたらまたダンジョンへ行く。
わくわくどきどきの異世界冒険者だというのに、ルーティンワークばかり3年も続けていた。
どっちかっていうと、魔物よりも人間相手の方が疲れていたし。
奴隷ならそんなに疲れないかなと思っていたけど、そうは行かないらしい。いやたぶん、「どうでもいい」と思えば面倒くさくはないのだろう。でも奴隷文化のない世界から来た私には、彼を「どうでもいい」と切り捨てるのは難しい。なんだかんだ人に嫌われるのはいい感じはしないものだ。
まぁ、やれるうちは努力しよう。
間も無く、ヴィクトールが荷物を抱えて帰ってきた。
「ただいま戻りました」
ヴィクトールが持っていた2つの袋のうち1つを渡す。それから、お釣りなのだろうか、銀貨を数枚渡してきた。
「おかえりー。お釣りはあげるって言ったのに」
声をかけながら受け取ると、食べ物が入っていた。
「いまの私には、アイテムボックスがありませんので」
あ、そうか。四の掟だ。所有することができないってそういうことか。
冒険者基本スキルの一部に制限がかかるらしい。えー、じゃあ倉庫代わりにもできないじゃん。
ちと面倒臭い。
彼はかかえていた1袋を、戸惑いながらも出口に近い方のベッドの脇に置いた。
そうそう、そこが君のベッドです。
窓の外を確認すると、すっかり日が落ちていた。外の街頭の明かりが、部屋に流れ込んできている。
「あー、今日は早く寝ようか」
部屋の隅にはランプも用意されていたが、点けるのが面倒だ。油を足して、マッチで火をつけて。電源カチッと付けるわけには行かないのである。
「はい」
「お手洗いいってくるね」
そう言って、私は共有のトイレに向かう。あー、やっぱり1階だ。水回りは1階に固まっていることが多い。
3階にある部屋から1階へ降りると、アイテムボックスからパジャマ代わりにしている服を出す。この世界にパジャマを着る習慣は無いけれど、気分でなんとなく着替えてる。
着替え終わって部屋へ戻ると、彼はベッドの手前の床で立って待っていた。
何故だ。
「先に寝ててくれて良かったのに」
「……いえ、」
なんだかソワソワしている。
「どうしたの?」
「…………本当に同室で眠られるのですか」
「………。」
それを言ってくれるなよ。
だからさっき聞いたんじゃん! 大丈夫?って聞いたじゃん!
「………嫌だった?」
「いえ! そうではなく、年頃の女性が異性と同室というのはそれはその、」
犬耳をピンと立たせて、あたふたと視線を泳がせる。興奮しているのか、尻尾の動きも大きい。獣人は感情が尻尾でバレるなぁ。
ていうか改めて言われると私だって恥ずかしいんですけど!
紳士かあんたは! あ、騎士か。
「……いやーまぁね、私も31のおばさんだからねー」
「しかし…先ほど17と」
「だまらっしゃい」
都合の良い年齢操作である。
ずんずんと先ほど陣取った奥のベッドへと進み、顔が赤くなるのを隠すように布団に潜る。
「おやすみ!!!」
吠えるように言うと、しばし時間が空いて、彼から言葉が返ってきた。
「おやすみなさいませ」
多分、悪い子ではないのだ。
そりゃ自分が突然奴隷に落ちたりしたら、戸惑うし不安だよね。少ししたら、慣れるかしら。
私はそっと目を閉じた。
………ダメだ寝れない。
狭い部屋である。往来の声もまだ完全には消えないし、一階の食堂で酒盛りの声も聞こえる。だが眠れない理由はそこじゃなかった。
イケメンが!!!隣のベッドで!!!寝てる!!!
前の体では、そりゃ26年生きましたからね、人並みに色々ありましたよ。異性とだってね、寝たりしたし、つきあったりもまぁ、それなりにね。
でもこの体でまだ5年目だからね。そのうち色々あってここ2年近く誰ともパーティ組んでないからね。
人がいる気配に過敏になってしまったのだろうか。決して完全に静かではないその部屋でも、聞こえるのだ。
「………すぅ、………すぅ、」
規則正しい寝息が!
いやどうなんだろう。いくら対人能力が低下したからと言って、流石に意識しすぎだろう。それは知ってる知ってる分かってる。童貞男子じゃないんだからさ。
でも意識しちゃうのは仕方ないじゃない。コントロール出来ないじゃない。
目が冴えてしまうので、とりあえず起き上がる。うん、水でも飲もうか。
ベッドから起き上がり、窓際に置いてあった水差しを手にとって、コップに水を注いだ。ごくんと飲み干す。
コップを置いて、ベッドへ戻ろうとする。隣のベッドが目に入る。こんもりと布団が盛り上がっている。
そこに、人がいるのだ。それも年頃の異性である。犬耳で犬尻尾だけれど、形は人間だ。
よし、羊を数えよう。
今一度布団に潜り、頭の中を無理矢理切り替えることにする。邪念よ、去るのだ。
頭の中に広い放牧地をイメージする。
真ん中に高くも低くもない、柵を置いた。
子供がクレヨンで描いたみたいな羊が、ポンと登場する。発想力の貧困さが伺える。その羊を平行移動させて柵の上を飛ばせた。
羊が一匹…羊が二匹……
落書き羊を数えているうちに、私はずるりと眠りの世界に引き込まれた。




