名前
【騎士(奴隷) レベル2】
翌日起きると、彼の頭の上にそう表示されていた。
「剣士レベルいくつで上級職に上がれるの?」
「30です」
なるほど。
となると、私が弓使いレベル32だから同じくらいか。
(勇者)だけれど。
(勇者)ってなんか意味があるのだろうか。(奴隷)はアイテムボックスとかスキルが一部封じられるみたいだけど、勇者になにか特別な補正がかかっていると思ったことはない。
宿屋を出て、再びギルドを目指す。少し迷ったが、個人情報用の窓口を叩くことにした。
「あの、初心者用の武器をください」
「はい、どちらをご用意致しましょう」
振り返ると、ヴィクトールがおずおずと進み出た。
「片手剣と、盾を」
「かしこまりました」
しばらくして窓口のお姉さんが武器を持って戻ってきた。初心者用の武器サービスも、冒険者ギルドの仕事だ。
「頑張ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
お姉さんに挨拶をして、ギルドを出て、ダンジョンに向かった。初心者用の武器は、あまり質の良いものではない。
でもま、弘法筆を選ばずってことで。
この世界では、基本的にすべてのダンジョンは冒険者ギルドによって管理されている。
冒険者ギルドでは具体的に、ダンジョンの地図情報、魔物情報、そしてフロア情報を管理しているらしい。
各入り口には石板が用意されていて、自分が行ったことのあるフロアに飛ぶことができる。
慣れた魔法なので、詠唱は飛ばす。
『我をフロア3へ導け。
−階層移動−』
一瞬で、視界が掻き消えた。瞬きをしたかのよう感じられるが、そうではない。視界が戻ると、ダンジョンの中へ移動していた。
このダンジョンは混んでいないらしい。
召喚から5年、冒険者学校を卒業してから3年でまだフロア3とは情けない話だが、弓使いでソロプレイだし仕方がない。だって仕方がなくない? 回避率そんなに高くないし。
「ひとまず、フロア4に向かって進もうか」
と、私は冒険者ギルドからもらった地図を出す。このダンジョンは大きな街が近く、騎士団が定期的に調査していることもあって、攻略がすすんだダンジョンだ。
最初の敵はシシイノだった。
私から見れば、大きさが1メートルくらいの黒い猪だ。異常に大きな角と、紫の瞳。毛がやたらと長く、絡まるのではないかというほど、地面すれすれまで伸びている。
「ヴィクトール!」
エンカウントとともに、ヴィクトールにも緊張が走る。
初撃、余裕で避けた。
この国の騎士団に属していたのだ、このダンジョンにも入ったことがあるはずである。この魔物ともなんども戦っているのだろう。
攻撃が彼に集中してくれるというのは、なるほど楽である。私は立ち止まったまま、集中して矢を射た。
…久しぶりかもしれない、動きながら狙いを定めなくて良いのは。
ヴィクトールの動きを読んで、隙間から敵を撃った。
一撃だ。
私の使っているのは、何度も言うように毒矢である。普通にさわる分にはそう簡単に効かないが、血液中に取り込まれるとすぐに毒に侵される。
魔物はふらつきながらも前足を高く上げた。
振りかざした足がヴィクトールの方へ振り下ろされる。正面からだし、敵は一匹だ。彼にもきちんと見えているはず。
けれどなんだか様子がおかしい。
「ヴィクトール!」
私が叫ぶと、弾かれたようにヴィクトールが動いた。盾を挟んだものの、すでに遅かった。上手く防御の体制が取れず、攻撃が命中した彼は吹っ飛ばされた。
「………っ!」
ダンジョンの壁に叩きつけられたヴィクトールが血を吐く。
私はその脇を抜けて魔物の前に出て、早口に叫ぶ。
「『疾風の精霊よ、我の敵を撃ち抜け』!」
魔物の横へ回り込み、足の裏を使って蹴り飛ばす。どんな動物でも、腰の関節を真横に押されれば、身体がバランスを崩してよろめく。
「『魔の者よ、我が前に現れたことを後悔せよ
-貫通矢-』!!!」
ひゅん、
矢を放つ。
矢はいつもより強い力で放たれた。矢は魔物を貫き、魔物は魔結晶の粒へと消え、空気に溶けた。
ドロップアイテムを確認する間も無く、ヴィクトールに向き直った。
「さっきの攻撃、避けられたでしょう。何を考えていたの!」
「…すみません、」
犬耳がしゅんとしおれる。
人を怒るのは嫌いである。それでも、この場合は言わなきゃダメだろう。命に関わることだ。
「ねぇ、レベルが上がってて、上級職にもついてるんだからさ、ダンジョンには入ったことがあるんでしょう。油断したら本当に死ぬわよ」
ヴィクトールが肩で息をしながら、目を泳がせる。考え事をしていたのは確かだろう。
覇気がないとは思っていた。でも、魔物を前にしてなおこれとは。
「立てる?」
口から血を吐いたのは、口の中を切ったからだろう。だが派手に吹いていたから、内臓の中の空気が全部吐き出る勢いだったのだろう。腹が潰れるような感覚には覚えがある。
「……すみません、いつもはここに、兄と来ていたので」
肩を貸すと、彼は小さな声でそう言った。
そうか、兄弟か。
「………弟や妹が何処に売られたのか…心配で。」
「…………そう、」
そうか。
彼もまた、彼の世界から引き離されたのだ。
私も召喚された時、前の世界を想って泣いたから、気持ちは痛いほどわかる。父母に申し訳ない思い、友達に会いたい、妹はどうしているだろう。ぐるりと胸の中を抉られたかのように、がらんどうになってしまった思い出に気づくのだ。
帰れない。
もう。存在しない。
探しても探しても、何処にもない。
気づけば私たちはダンジョンの入り口まで戻って来ていた。
「…、あのさ。先、宿に戻ってなよ」
「申し訳、ありません。」
「良いから」
私は彼の背中を押す。
「ね、奴隷として名前を失う前は、なんて名前だったの」
垂れ下がった尻尾を見ながら尋ねると、彼はやや躊躇って口を開いた。
「アンドレと、呼ばれておりました。ケンネ・アンドレ」
アンドレ。
その名前は確かに彼によく似合っていた。それもそうだろう、彼は19年間、アンドレだったのだから。ヴィクトールなんて名前をつけた自分が恥ずかしくなってくるくらいだ。
私はくるりと踵を返した。再びダンジョンの中に向かう。
彼のことは、振り返れなかった。
フロア3でいつも通り狩りをする。
ギルドへ行って、アイテムを売る。
銀貨4、5枚を受け取って、宿への帰路に着いた。また一晩、宿に泊まれる。あぁこれでは、いつも通りではないか。2年間続けたことと、何ら変わりはないではないか。
宿屋で宿泊延長の手続きを済ませる。カウンターで確認すると、お連れ様は戻って来ていらっしゃいますという。
そうか、あの後ちゃんと帰れたんだな。
寄り道とか、しなさそうな性格だ。根が真面目なのだろう。
彼のいる部屋に何となく帰りづらくて、私は一度外へ出ることにした。




