忠誠
肩を落として、私は今一度、中庭に戻った。
「スズカ殿」
団員の一人が話しかけてきた。
「我々はここを撤退し、怪我人を騎士団の救護室へ運びます。アンドレは…ヴィクトール殿は、手当が終わりましたので、家へお返ししようと思うのですが…」
「あ、では私が預かります」
奴隷身分の解放が許されないということは、私が今後も彼の主人なのだろう。
「運び込みまでお手伝いしますよ。獣人の怪我は治りが早いので、2、3日も寝ていれば治るかと」
「そうですか、では『猫の瞳亭』へお願いします」
騎士団員が敬礼して去っていくのをなんとなく目で追った。
「スズカ殿」
名前を呼ばれて振り返ると、アデル殿だった。
「あ…」
私はなんといって良いか分からず、困った顔で見返す。すると、彼は姿勢をただし、こちらへまっすぐと頭を下げた。
「本当に感謝しております。なんとお礼を言えば良いのか…!」
私は一瞬、ぽかんと口を開けた。それから慌てて、彼の肩に手を伸ばす。
「い、いえ、やめてください、そんな。」
「いや、あなたは我がケネル家の恩人です。子供たちは皆無事。どんなに感謝しても足りないのですよ」
「けれど…!」
私は、完全に元に戻すことはできなかった。先ほどシリル殿から聞いたことをアデル殿にも告げる。それを言うと、彼はやや眉間にシワをよせた。
「そんなことは、我々は毛頭望んでいませんよ。ただ子供達が無事ならそれで良いのです。…おそらく、末の弟は、持ち主であるメイデン殿が犯罪者になってしまいましたので、奴隷身分解放にはなるでしょうし」
え、そうなの?
「アドルフもアレットも、信頼できる家にお預けしております。そして何より…アンドレは貴方にお仕えできている。これ以上に幸運なことはないでしょう」
そしてアデル殿は今一度、頭を下げた。
「…今後ともあの子を、ヴィクトールを、よろしくお願いいたします」
その後、騎士団の建物で、いくつか状況証言をしてから、私は宿へ戻った。
調査の結果、見つかった少年の遺体は皆10歳程度だったらしい。パスカル・メイデンは自分の好みである少年奴隷を購入、甘いお菓子と適度な運動で育てあげ、趣向の範囲外の年齢まで育つと殺してしまっていたのだろう、と、シリル殿は冷静にそう言った。不愉快な話だな、と。
また詳細が分かったら知らせてくれるそうだが、私は正直あまり知りたくない。
「ただいまー…」
小さな声をかけながら、やや暗くなりかけた部屋へ潜り込んだ。時はちょうど夕刻だ。騎士団員の話では、すでにヴィクトールが運ばれているはずだけれど。
「…すー…すー…」
健康的な寝息を聞き分けて、なんとなく安堵する。呼吸に乱れもない、傷口は大きかったようだが、深くないのだろう。倒れたのは単純に、失血によるものなのかもしれない。
私はヴィクトールのベッドへ近寄った。瞳を瞑った端正な顔立ちが、窓から差し込む夕陽に照らされている。私はアイテムボックスから、彼宛に預かった薬を取り出す。
あ、そういえば、夕方頃に一度服用とか言ってたっけ…。薬と毒は表裏一体なので、幸いなことに私にはある程度薬の知識がある。成分を見てみると、痛み止めの効果がある薬草が混じっていた。手当を受けた時間から逆算して、たしかにそろそろ効果が切れる。
痛い思いをさせたら可哀想だしなぁ…。ゆっくり眠っているところ、申し訳ないけれど。
「…ヴィクトール〜…」
小さく名前を呼んで、とんとんと彼の肩を叩く。彼はわずかに身じろいだ。
「ん…っ」
眉をわずかにひそめたのを見て、なぜだかわからないが母性をくすぐられた。なんだこいつ、かわいいな。耳がゆっくりと動き始めてやがて、蒼い瞳がぱちっと開いた。
「…っ、スズカ殿!」
慌ててベッドの中で後ずさろうとする彼を慌てて止めた。
「ちょ、怪我人でしょ、急に動くなって。薬飲んでほしくて起こしただけだよ」
「あっ…」
ヴィクトールの顔がかっと赤くなる。夕陽のせいだろうか。
「失礼いたしました…っ」
それでも上半身を起こそうとするので、ひとまず手伝ってあげることにした。壁によりかかって、体制を整える。寝たままで私と話すのは居心地が悪かったらしい。
「…お疲れ様。アルノルフくんは無事だったよって話、したっけ?」
「はい。中庭で伺いました。本当に、なんとお礼を言ったら良いか…」
ごそごそと頭を下げようとしたので止めておく。
「まぁ最終的になんとかしてくれたのはシリル殿だしさ。本当はあなたの奴隷身分も解いてあげたかったんだけど、それは無理なんだって」
そう告げると、彼がやや理解出来ない顔をしたので、シリル殿から聞いた理由を告げる。
「だからまぁ、形式だけ奴隷のままにして、家に帰る? 騎士団には戻れないかもだけど」
「…家に、戻る?」
彼はその言葉を、ひどく苦いものを食べたかのような顔で口にした。
「私は、あなたにお仕えすることは出来ないのですか?」
「………え?」
今度は私が理解出来ない番だった。バカみたいに呆けていると、ヴィクトールは言葉を続ける。
「こんなに良くしていただいた恩人に何もせず家に帰るなど、父も母も許してはくれないでしょう。そして何より、私も許せない。」
さらに彼は意を固めた顔つきで、ベッドから這い出た。私が止めるのも聞かず、傍らの剣を取り、私の前に膝をついた。
夕陽が彼の顔を照らす。彼は剣の鞘を外すと、まっすぐ垂直に自らの前に立てた。塚を額の前にかまえ、切っ先を軽く地面についている。
これは、何?
「私、ヴィクトールは、主君、スズカクサカベ殿に永遠の忠誠を誓います」
それが、
それが、騎士の誓いだと気づいた。
「…っ、ヴィクトール、何を言っているの、それはあなたの、大事な言葉でしょう!」
憧れていたはずだ。父と兄の背中を追って、いずれも自分は国王に忠誠を誓う騎士になるのだと。
決して私のような、流れ者の、ただの凡人勇者に言っていい言葉ではないのに。
「あなたに、誓いたいのです!」
彼はほとんど悲鳴のような言葉で叫んだ。その目を見た時、何を言っても無駄だと気づいた。蒼い瞳は既に、炎を秘めていた。
「私を、兄を、妹弟を、助けて下さった。このご恩どうか、私の一生をかけて、返させていただきたい」
「いやいや一生ってほどのことやってないよ!」
そうは言うものの、彼は言葉を重ねた。
「……どうか、」
その真剣な目に、私もついに折れた。
「…分かった。これからよろしくね、」
彼は、ふわりと、満足気に笑った。
「はい、よろしくお願い致します。マイマスター」




