君を呼ぶ
兵からの知らせを聞いたアドルフさんの血の気がさっと引いた。
「い…い、遺体…?」
呆然と言葉をつぶやくアドルフさん。
「そんな、じゃあ、アルは、」
「アドルフ」
鋭い叱責が、アデル殿から飛んだ。厳しい顔だが、希望を失っていない瞳だった。
「シリル殿、保護した子供達を確認しても?」
「勿論だ。今すぐに、私も向かおう」
アデル殿とシリル殿が互いに頷きあう。切り替えの早さに、長年の経験を感じさせた。
私はちらりと運ばれていくヴィクトールを目で追ったものの、すぐさまアデル殿たちについていくことにした。
兵たちの案内で、玄関まで敷地を戻る。広い屋敷だとは思っていたが、これほど広かっただろうか。角を曲がると、馬車に乗せられようとしている子供達の集団が見えた。
「アル!」
真っ先にアドルフさんが叫んだ。子供の中の一人が、くるりとこちらを向いて、目を丸くした。
「おにい…ちゃん?」
ぴくんと、彼の小さな耳がはねる。同じ瞳の色に、同じ栗毛色。まるで小さなヴィクトールが、幼いあどけなさをそのままに立っていた。
「アルノルフ!」
アデル殿が駆けていく。二人は口々に少年の名前を口にしながら、彼を抱きしめた。最初は何が起きたかわからずぽかんとしていた少年も、次第に表情をゆるめていく。
「お、とうさ…っ」
最初に泣いたのは誰だったか。3人は次々にお互いを呼びあって、涙を流した。
あぁ、ついに。
私は脳のどこかが痺れるのを感じた。あぁ、だってそうじゃない。こんな場面見せられたらさ。
ケネル家は全員の無事が確認できたのだ。
「…ヴィクトールに、伝えてきます…っ」
「………あぁ、そうしてくれ」
優しい目で3人を見つめているシリル殿にそう告げて、私は走り出した。ヴィクトール、ヴィクトール、ヴィクトール。ねぇ、ようやく君の笑顔が見れる。
私は中庭へと走った。
たくさんの寝かせられた人々の中で、ヴィクトールの姿は簡単に確認できた。他はみんな、召使姿である。
「まだ、起きてはダメだと言っただろう」
騎士団の一人が、半身を起こした彼に声をかけているところだった。私は思わず足を止めて様子を伺った。
「あの…スズカ殿は、どちらに。勇者の女性です、心当たりは…」
「見ていないな。ここにいないということは、無事ということだ。けが人は皆ここへ運ばれてきている。アンドレ、君は先ほどナイフで切られたのだぞ」
「ですが…」
私は思わず声を出した。
「ヴィクトール」
彼の耳がぴんと立って、こちらを向いた。やがて青い瞳がまっすぐと私を見る。
「スズカ殿っ!」
彼の尻尾が揺れたのがわかった。なんといっていいか分からないまま、私は彼の横に膝をつく。
「まだ体を動かしちゃダメでしょう、」
「しかし、」
「私は大丈夫だから、とりあえず横になりなさい」
そういえば、彼は渋々と体を横たえた。ヴィクトールを見ていた騎士団員が私に敬礼する。
「ご協力ありがとうございます、お嬢さん。私はこれにて」
「はい」
騎士団員が去るのを見送って、私はようやくここへ来た理由を思い出した。
「ね、アルノルフくん、無事だったわ」
簡潔にそう告げれば、彼ははっと息を呑んだ。
「…本当…ですか…」
「えぇ、さっきあちらでアドルフさんとアデル殿が確認してたから間違いないと思う」
そうですか、ため息に似たその言葉はほとんど言葉にならなかった。ヴィクトールは右へ左へと視線を彷徨わせ、事態を飲み込もうとしていた。
「…本当に…」
彼は左腕を起こし、自分の顔に当てた。片手で顔を覆い隠したかったのかもしれないが、震える唇ははっきりと視認できた。
「………良かった…」
みんな、無事だった。
彼が心から安堵したのが伝わった。
笑ってくれなかった、けど、良かった。
私は、つられて自分もぎこちなく笑っているのが分かった。あぁ、ねぇ、本当に良かった。みんな無事だった。
あなたを幸せにできて良かった。
さよなら、ヴィクトール。
ケネル家のみんなが無事だったら。
私はずっと考えていたことがあった。もしもみんなが無事だったら、私は彼を、ヴィクトールを手放さなければならないだろうと。
だって、本当はそうなるはずはなかったのだ。奴隷になんてなる必要がなかった。だから、全てが解決した暁には、
「……申し訳ないが、それは出来ない」
シリル殿に相談すると、彼は苦々しげに顔を歪めた。
「ケネル家を追い詰めたのは確かにパスカル・メイデンとフェレ家の陰謀だ。脱税を理由にしたとはいえ、メイデン家の屋敷は取り押さえたし、立証は難しくない。余罪として追求できるだろう。アデルの復職は叶うはずだ。理論的には」
だがシリル殿は腕を組む。
「だが、息子四人の売買は、アデル個人と奴隷商人との間で行われた取引だ。そこにメイデン家の関与はない」
「え…。」
私は一瞬、言葉を失った。いやいや、関与あったじゃん! 思いっきりあのオッさんのせいじゃん!
喚きたい気持ちをぐっと自分の中に封じ込める。
シリル殿はぐっと唇を噛んでこう言った。
「彼らの奴隷身分は取り消せないんだ…残念ながら」
シリル殿の言葉に、私はただただぽかんと口を開けた。




