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銀盤奮闘記(改)  作者: 左藤
第一章:二〇一三年、夏
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第六話:へらへら笑うな。

お待たせしました。

 アキノの買い物に付き合っていると、どういうわけかリョウヘイの両手にはどんどん荷物が増えていく。なぜかショータは手ぶらなのだが、リョウヘイはそれをアキノに指摘できるほど度胸が据わっていない。


 ちなみにアキノは結構な勢いで散財しているように見えるが、こういう思い切った買い物はそれこそ半年に一回程度なので、平均するとそれほどでもなかったりする。つまり、一気に買うことによってリョウヘイの両腕の筋力を増強させようと言う作戦なのだ、と自分を慰めないとやっていられない。


 そもそも彼女はどうしてこれほど買い物上手なのか。安くて上質な品を選ぶのはいいが、その分、買う量が増えるのはリョウヘイの方に問題がある。主に両腕的な意味で。


 必死にあいコンタクトを送るも、そんな無言の抗議は、当然アキノには届かない。


 とまあ、そんな逃避をしたいくらいには、リョウヘイの両手の荷物は増えていったのだった。そろそろ千切れるかもしれない。


「貧弱な男だわ」

「本当だな」


 お前ら…。


 だが正直本当に腕が悲鳴を上げ始めたので、そろそろ休憩をかねて昼食にすることとあいなった。某ピエロが不気味な笑みを浮かべているファストフード店にすたすた入っていくアキノ。地味に好きらしい。


 太るよ? と言ったら腹に一発良いのを喰らった。ゲフェッとかいうカエルが踏み潰されるような変な声が漏れたが、二人とも当然のように無視するあたり、本当にいい性格をしていると思った。


「それに月に一回くらい好きなもの食べたってバチは当たらないわ。シーズンインまでまだ三ヶ月以上あるしい」


 そんなことを言いながら口いっぱいにハンバーガーをほお張るアキノを見て、リョウヘイは嘆息する。


「ショータはどうなのさ」

「俺だって別にそこまでストイックって人間じゃないからな。一食ぐらいどうってことない」


 まあそれはリョウヘイにしたってそうなのだが。シーズンに入ったらそうは行かない。一キロも体重が変わった日にはまたジャンプの感覚がずれてしまう。


「あー、スケート好きだけどたまには気分転換は必要なのよねぇ」


 フライドポテトを食みながらしみじみ言うアキノ。どこかビールを一杯やった時のサガを思わせるおっさんくさい風情が、非常に微妙だ。美少女な分、余計にギャップが残念すぎる。萌えない、このギャップは萌えない。


「アキノはこれからどうするんだい? そこの虫は華麗に宅配業者に転身させて荷物を届けさせるとして、俺は午後からも暇なんだ」

「へえ、でもあたしも帰ろうかな。渡米してた間に録り溜めたドラマ見ないといけないし」


 ちなみにアキノが今はまっているのは「丘の上の霧」とかいう歴史ものの大作ドラマだ。


「相変わらず変な「黙れゴミ夫」」


 筆舌尽くしがたいダメージを受け、ズーンという擬音を背負って沈没するリョウヘイ。


 それをまたしても完全無視してズズッとジュースを吸い込むアキノは、ショータに顔を向け、


「…今年はこれから忙しくなるから、ゆっくり出来るのはもうそろそろ終わりかしらね」

「明乃は大変だよね。俺も頑張らないと。多分オリンピックとワールドは出られないだろうけど、四大陸くらいは出たいな」


 このあたりになると、リョウヘイには入り込めない会話になってくる。


「あー、あたしはどうしようかなあ。グランプリファイナルから全日本まで時間無いし、四大陸も出たらちょっと疲れちゃうかも」

「ファイナル出て、全日本に出て、年明けにアイスショー? で、すぐに四大陸とオリンピックだったら、ちょっときついな」

「でしょ? だからスキップするかも」

「ディフェンディングチャンピオンが不在か。でも仕方が無いか。ワールドは?」

「多分出る」

「いいなあ。俺も今シーズンは無理でも、いつかは出たいな」

「その意気その意気。で、練習のほうはどうなの? 四回転やってるんだって?」

「ああ、まだ全然だけどね」

「あたしも今年からトリプルアクセル入れるかも。いざ勝負ってね」

「へえ、すごいな」


 自分が場違いのような気がしてくる。


「リョーヘイ、ポテト追加オーダーしてきて」

「…はいはい」


 何となく口を挟みづらい空気だったので、リョウヘイはすごすごとレジカウンターへ向かった。結局は荷物持ちだ。使用人である。


 カウンターのお姉さんからの哀れみの視線を受け流しながら、とぼとぼ。


 うん、いいんだよ。僕は結局のところ雑兵ですから。スポ根系の話ではモブ以上の存在になれない人間ですから。


「はあ? あんたまた下らないこと言ってんの?」


 口に出ていたらしい。席にもどってふてくされていたリョウヘイに、二人が胡乱な視線を向けてくる。


 とりあえず取り繕わねば。


「あはは」

「へらへら笑うな」


 ぴしゃりとショータが言う。


 別にヘラヘラしてない。なんだってこいつはいつも僕を目の敵にするんだ、という心中はもちろん口からは出ない。


「…あんたたち本当に仲良いわね」


 アキノはいつもそう言うのだが、その目は節穴か何かなのだろうか。


「あんたがおこちゃまなのよ」

「わけわかんないよ」


 言うリョウヘイに、


「お前はもう少しどうにかならないのか」


 言うショータ。


「…どうにかって何だよ」

「もっと向上心持ちなさいって言ってるのよ」

「向上心って言ったって」


 リョウヘイにだって、一応目標はある。でも、この二人の前でその目標を言うのは、少し、いやかなり、気後れしてしまうのだ。


「お前もう少し、見方変えてみろよ」

「…」


 憮然とするリョウヘイに、ふたりともそれ以上は取り合おうとしなかった。その日は、おおよそそんな感じで進んでいった。ファストフード店をでたリョウヘイは、アキノの買い物に再び付き合わされることになる。


 その間もずっと、リョウヘイは何やらモヤモヤしたものを抱えていたのだけれど。


 そうしていると、アキノがキャッキャとこのときばかりは歳相応に、ショッピングを楽しんでいるのを横目にしているとき、ふと、耳に入った曲があった。喫茶店か何かから、小さく聞こえてきた。


 あれ、この曲、どこかで…。


 実のところリョウヘイは、大の映画好きだ。それこそ超人気監督もさることながら、少々癖のあると言われる監督まで、色々な映画を見た。ちなみに昨シーズンのフリープログラムである「ワルシャワ・コンチェルト」も、古い映画のサウンドトラックなのだった。


 そして確か、この曲も、何かの映画で、聴いた覚えがある。


 何だかその曲は、とても切ない感じがする。静かなようでいて、もどかしい、でも何かを振り返るような。今のリョウヘイの気持ちに、どこか近いような、そうでもないような。何の映画だったろうか。何という曲だったろうか。歌詞は英語だけど、なぜか心に響く。


 後で、父さんに聞いてみよう。父さんは色々な局を知っているから。そう思って、気持ちを切り替え、先を行く二人を追いかけた。


 それでも、燻るモヤモヤとした思いは、その後も、小さくなりはしつつも、胸の奥にくすぶったままだった。結局それが何なのか分からないまま。


 そんなこんなで、夏は過ぎていく。いつもと違う夏が。そして、夏が過ぎれば、いよいよ――


 ――本格的なシーズンが始まる。


 リョウヘイは、そこはかとなく落ち着かない気分で、その季節を迎えたのだった。

もうすぐ全日本!

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