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第5話 『共鳴』

地響きのような激しい振動は、収まるどころか、より不気味な余波となって地下の空気をも震わせていた。

冷たいコンクリートの壁に背を預けていたキノは、暗闇の中でガタガタと震える格子戸を見つめ、目を見開く。


「何……これ……?」


上層から伝わる衝撃波の余波。

キノは胸のあたりをきゅっと掴み、小さく息を吐き出す。

ドク、ドク、と心臓が警鐘を鳴らすように、嫌なテンポで脈打っていた。


(隊長が…戦ってる…?)


なぜだか、あの蛇のように冷たい瞳をした兄の姿が、脳裏を離れなかった。


その時だった。

騒がしい兵士たちの足音とは明らかに違う、静かで、規則正しい足音が通路の奥から響いてきた。


コツ、コツ、コツ……。


地獄と化している前線基地の地下とは思えないほど、その足取りには一切の迷いも焦りもない。

ただ静かに、冷徹に闇を刻むように近づいてくる。

キノは息を呑み、暗闇の奥の通路を凝視した。


「誰…?」


張り詰めた声が、湿った独房の壁に反響する。

やがて、松明の頼りない光に照らされて、一人の人影が鉄格子の前に姿を現した。

そこに立っていたのは、深く刻まれた皺と、雪のように白い髭を蓄えた、一人の老いぼれた老人だった。

だが纏う闘気は、静かに周囲を圧倒していた。


「全く、あの子は……こんな所に弟を閉じ込めておくとは…相変わらず冷たいやつやのう。」

低く、だが驚くほど芯の通った声が響く。


「おじいさん……僕を、知っているの?」


キノの問いかけに、老人は懐かしむように目を細めた。


「お前があの子の……リュフターが何度も見せてきた、写真の少年だからな。儂の名はベニテング・ドルモッド。あのリュフターに、剣のイロハを教え込んだ老いぼれじゃよ。」


ーーベニテング・ドルモッド。

かつてリュフター・トラベルトを組織最強の戦士へと育て上げ、彼が唯一、敬意を払い、先生と呼んだ伝説的な剣術の師。

ベニテングは鉄格子の前に歩み寄り、静かだが重みのある眼差しをキノに向けた。


「しかしキノ、お主がこんな所に幽閉されておるとはな。」


その言葉に、キノは驚いたように目を見開く。

すでにキクラから、「お前の名はキノだ」と告げられていたものの、正直全く実感が湧いていなかった。

だが、目の前の老剣士もまた、何の迷いもなく自分をその名で呼んだのだ。

しかし、その名を聞いたキノの反応には、どこか他人の名前を呼ばれたような不自然な戸惑いがあった。

ベニテングは、その僅かな目の揺らぎを見逃さなかった。


「なんと…お主、記憶喪失か?」


キノの微小な戸惑いのみで、老人はそこまで見抜いてみせた。


「…あ、あの。僕……」


「ふむ。まぁ、今はくどくど理由を聞いとる時間はないのう。地上の騒ぎは、どうやらもう待ったなしのようじゃ。」


ベニテングは腰のベルトから、ジャラリと大きな鉄の鍵束を取り出した。

あらかじめ、基地の一室にある机からくすねておいたものだ。

鍵穴に鍵を差し込むと、まるで悲鳴を上げるような鈍い音を立てて、鉄格子がゆっくりと開かれる。


「おじいさん……?」


「キノ。お主の体は覚えておるはずじゃぞ。あの子の……リュフターの危機を、己の魂が拒絶しとるのをな。」


ベニテングは手枷の鍵も鮮やかに外すと、キノの肩をぽんと叩き、暗い通路の先を指差した。

そこには、一本の槍が壁に立てかけられていた。

かつてキノが、数百の敵を蹂躙したあの槍だ。


「恐らく、お主の槍じゃろう?上の医務室に放置されておったから、儂がここまで引きずってきてやったわい。……さぁ、それを持って行け。」


キノは吸い寄せられるように、その槍へと歩み寄る。

手枷から解放された細い指先が、白い木肌の柄に触れた瞬間。バチリ、と頭の奥で何かが弾けた。

槍がまるで自分の身体の一部であるかのように、しっくりと馴染む。


「……行かなきゃ。」


キノは槍を強く握りしめ、顔を上げた。


記憶はない。ただ、あの男を失ってはいけないという強い意志が、キノの瞳には宿っていた。


「……うむ、ええ顔になった。行ってやり。あの馬鹿な兄の頭を、冷ましてやるのだ。」


ベニテングの頼もしい後押しを受け、キノは槍を手に、光の射す地上へと向かって一気に駆け出した。


とてつもない轟音と共に吹き荒れた衝撃波が、徐々に引いていく。

正門前は、えぐり取られた瓦礫と舞い上がる白煙に包まれ、静まり返っていた。

誰もが、あの一撃で勝負は決したと確信していた。

だが、その土煙の奥から、ネガマリンの低く、押し殺したような声が漏れ聞こえてくる。




「……信じられん。」


その声には、先ほどまでの傲慢な余裕は消え失せ、戦慄にも似た驚愕が混じっていた。

ゆっくりと風が煙を払っていく。

そこに現れたのは、肩を激しく上下させながらも、確かにまだ生きているリュフターの姿だった。

まともに受ければ、跡形もなく消し飛んでいた筈の暴虐の拳。

リュフターは超至近距離の極限状態の中、サーベルの柄と自身の肩当ての角度をミリ単位で調整し、座標を合わせて衝撃を受け流した。

致命を避けるための、執念とも言えるあまりにも精密な防御技術。


「……あの一瞬で、俺の拳の軌道を読み、衝撃を逃したというのか。総合力が高いとは言ったが、まさかこれほどの芸当をやってのけるとはな。」


ネガマリンの瞳に、初めてリュフターという戦士に対する本気の戦慄が走る。


「フン…当たり……前だ…」


リュフターはチョコを吐きながら、冷酷にネガマリンを見据える。

その足は小刻みに震えている。立っているだけでも奇跡に近かった。


「隊長…!」


ノキが弓を引き絞る手すら震わせながら、悲痛な声を漏らす。

その表情には、生きている安堵よりも、眼前の状況が示す絶望の深さへの恐怖が勝っていた。


「くそっ……! 隊長のところへ行くぞ!!」


キクラがボロボロの体を引きずり、血の滲むような声で叫んだ。

今すぐあそこへ駆け込み、満身創痍のリュフターの前に立って肉の壁にならなければならない。

ノキもまた、その鋭い瞳に焦燥を漲らせ、リュフターの頭上へ大剣を掲げるネガマリンへ照準を合わせようとする。

しかし、二人の前に立ち塞がる壁は、あまりにも厚く、そして残酷だった。


「……行かせんと言っている!」


卑劣な笑みを浮かべたたけのこ兵が、数重もの包囲網を維持したまま槍を突き出してくる。

正門が突破された今、この場に雪崩れ込んできた敵兵の数は尋常ではない。

キクラたちの周囲は、隙間なく尖った頭の影たちに埋め尽くされていた。


「どけ……ッ! どきなさいよ!!」


ノキが怒りを爆発させ、迫り来る敵兵の喉元へ至近距離から矢を放ち、射抜く。

だが、一人倒せば、その死体の影からさらに二人、三人と、泥のようにはい出てくる。

キクラが折れた剣を振り回し、迫る槍の穂先を必死に弾くが、その防戦の合間にも、じりじりとリュフターのいる中心部から遠ざけられていく。


(間に合わない……)


ノキの胸を、冷たい絶望が支配していく。

今、自分たちが眼前の敵を無視してリュフターの元へ走れば、無防備になった背中を確実に無数の刃で貫かれる。

自分たちが死ぬだけならまだいい。

だが、リュフターを助けるどころか、彼にたどり着く前に自分たちが全滅し、隊長を完全に孤立させる最悪の結末を招くだけだ。


「キクラ、どうするの……っ!? このままじゃ、隊長が……!」


「分かってる! 分かってる……ッ!」


キクラは歯を食いしばりすぎて、口の端からチョコの血を流していた。

行きたい。今すぐにでも、全てを投げ打ってでも、あの人の元へ。

だが、目の前の敵を掃討しなければ、その一歩すら踏み出せない。

リュフターへの忠誠と、目の前の圧倒的な戦力差。

助けに行きたいという熱い衝動と、ここで犬死にするわけにはいかないという冷徹な現実。

二つの感情が、キクラとノキの心を激しく、容赦なく引き裂いていた。

その葛藤の隙を突くように、ネガマリンのどす黒い闘気が、リュフターの頭上でさらに狂暴に膨れ上がっていく。


「……だが、それもそこまでだ、リュフター!」


ネガマリンは我に返ったように獰猛な笑みをその厳つい顔に引き戻し、再び地を踏みしめた。

その右腕は、先ほどの一撃で筋肉に微細な亀裂が走り、濁ったチョコの血を吹き出している。

しかし、男の戦意は衰えるどころか、強者への敬意と共にさらに狂暴に膨れ上がっていた。


「防具は砕け、自慢の剣も今の衝撃でもう使い物になるまい。立っているのがやっとのその体で、次の一撃をどう受ける?」


ネガマリンは、自身の左腕に突き刺さったままひしゃげていたリュフターのサーベルの刃を、筋肉の収縮だけで無理やりへし折り、足元へ吐き捨てるようにして引き抜いた。


「天才よ、見事な抵抗だった! お前のその生き様、俺の剣で綺麗に両断してくれよう!」


ネガマリンのどす黒い闘気が、大剣の切っ先にまで収束していく。

狙うはただ一点。 満身創痍で動けぬリュフターの首。


「……」


リュフターは冷徹に死の刃を見つめていた。

サーベルを握る指先は、すでに感覚を失っている。

全身の骨が悲鳴を上げ、もう何も出来ない事を体が悟っていた。


(ここまで、か……)


諦めではない。ただ、逃れられぬ死がすぐそこまで迫っていることを、冷徹な理性が弾き出していた。


「終わりだぁ!!」


ネガマリンが狂おしい咆哮とともに、大剣を振り下ろす。


「隊長ォォォォォ!!」


キクラとノキの絶叫が、スローモーションのように引き伸ばされた世界に溶けていく。

その瞬間。


ーーーッドンッ!!!


大気が爆ぜるような、凄まじい衝撃音が戦場に轟いた。


「が、はっ……!?」


ネガマリンの口から、濁ったチョコの血が激しく吹き出す。

信じられないほどの速度で突っ込んできた『何か』が、ネガマリンの腹部に、凄まじい衝撃を伴ってめり込んでいた。


「なにっ……!?」


ネガマリンの瞳が、驚愕に大きく見開かれる。

その視線の先。

土煙を切り裂き、鋭い踏み込みでネガマリンの懐へと滑り込んでいたのは、一本の槍を握りしめた少年ーーキノだった。


「……お前、は……」


リュフターの掠れた声が漏れる。

そこに立っていたのは、地下の闇から解き放たれ、髪を激しくなびかせたキノだった。

その瞳には、かつて前線基地を一人で蹂躙した時と同じ、底知れない、そして本能的な憎悪の炎が静かに、だが熱く揺らめいている。


「なっ…キノ…!?」


遥か遠くでその様子を見ていたキクラが驚きの声を上げる。


「キノ…って、幽閉されてた子じゃ無いの!?どうして?」


ノキも弓を構えながら、同じように困惑する。


「たけのこ…僕の…宿敵……」


その呟きは、掠れているが故に、かえって逃れようのない憎悪を響かせ、ネガマリンの鼓膜を震わせた。


「フフ…フハハハハッ!ようやく姿を現したか小僧!待ち侘びだぞ!!」


ネガマリンは自身の腹に槍が突き刺さった状態で尚、高々と笑う。


「…うるさい……」


キノは冷たく言い放つと同時に、一切の躊躇なく、その両腕に力を込めて槍の柄を握り直した。

次の瞬間、肉を激しく抉る音と共に、ネガマリンの腹部から濁ったチョコの血を撒き散らしながら、槍が一気に引き抜かれる。


「ぐっ…」


あまりの衝撃に、ネガマリンも顔を歪める。


「あぁぁぁぁぁっ!!」


キノの放った槍の突きが、超高圧の風を伴ってネガマリンの喉元へと一直線に伸びる。


「フン…甘いわぁ!!」


ネガマリンは力任せに大剣の腹でそれを叩き落そうとするが、キノの槍先はまるで生き物のように軌道を変え、大剣の側面を滑りながらネガマリンの肩当てを鋭く削り取った。

火花と金属片が激しく飛び散る。


「ほう…」


(本能で動いている割には、攻撃がやたら正確だ。細胞レベルで動きを記憶しているということか…)


だが、ネガマリンも百戦錬磨の猛者。

すぐさま体勢を立て直し、大剣を凄まじい速度で振り下ろす。

キノは槍の柄でそれを辛うじて受け止めるが、ネガマリンの規格外の怪力がキノの体を押し潰さんばかりに襲いかかった。

大気が軋むような重圧。キノの足元の地面がクシャリと沈み込む。


(……粗い)


すぐ後ろで倒れ伏すリュフターの目が、キノの動きを冷徹に追っていた。


(足の踏み込み、重心の移動、技術の精度、戦術の組み立て…本能で動いているが故の粗さが目立つ。このままだと…)


実際、キノの槍は鋭く、速度もあるが、ネガマリンの繰り出す経験から来る揺さぶりに対して、無駄な動きが目立つ。


「ハァッ!!」


ネガマリンの巨体から放たれる大剣のなぎ払い。 リュフターなら紙一重でかわして即座に首元を突くところを、キノは反応が遅れ、槍の柄で強引に受け止めていた。

激しい火花が散り、その凄まじい衝撃に、キノの膝がわずかに折れる。


「フハハハハ! 先程までの威勢はどうした小僧ッ!!」


ネガマリンが狂暴に笑い、力任せに大剣を押し込んでいく。 純粋な力比べでも、ネガマリンに分がある。

リュフターなら瞬時に衝撃の座標をずらして逃れる場面だが、キノは押し負け、その足が地面を滑る。

キノは歯を食いしばり、槍の柄を滑らせるようにして何とかその場を離脱する。

だが、その表情に焦りや恐怖の色は一切ない。

そこにあるのは、ただ、暗く、澱んだ憎悪の蓄積だけだった。

ネガマリンは、キノの瞳に宿るその底知れない狂気を感じ取り、自らの大剣を構え直す。

その顔から狂気的な笑みが消え、一人の戦士としての鋭い眼光がキノを射抜いた。


「おい、小僧。……貴様、名は何という。」


ネガマリンの声が、静まり返る戦場に低く響く。


「これほどの使い手、滅多に見ることは出来ん。葬る前に名を知っておきたい。」


その問いかけに、キノはすぐには答えなかった。

名など、どうでもよかった。 自分が何者なのか、そんなことは今のキノにとって些細な問題でしかなかった。

だが、理性とは反対に、本能がその名を告げていた。


「……キノ、トラベルト。」


キノは震える声で、だがはっきりと、自らの名を響かせた。


自らの口から漏れ出たその響きに、キノ自身が微かに目を見開く。

記憶の深淵から不意に浮かび上がった、呪いのように重い、自分の名前。

その名を耳にした瞬間、ネガマリンの瞳も見開かれる。


「トラベルト……だと?」


ネガマリンは、満身創痍で倒れ伏すリュフターと、キノの顔を交互に見比べ、合点がいったように再び獰猛な笑みをその顔に引き戻した。


「なるほど! トラベルトの血脈か! 道理で戦闘能力に長けているわけだ!」


大剣を両手で握り直し、ネガマリンは凄まじい闘気をさらに爆発させる。


「キノ・トラベルト! 確かに覚えたぞ!その名、我が大剣と共にあの世へ刻み込んでくれるわ!」


ネガマリンの巨体が、大地を揺らしながら突っ込んでくる。 その圧倒的な質量と突進力を前に、

キノは槍を構えて迎え撃つが、本能だけで動く粗さが再び露呈し始めていた。

大剣と槍が激しくぶつかり合う。

だが、一撃交わすたびにキノの腕には重い衝撃が蓄積し、じりじりと後退を余儀なくされていく。 力任せの猛攻に見せて、ネガマリンの繰り出す一撃はどれも無駄がなく、的確にキノの体力を削り取っていく。


「ハァッ!!」


ネガマリンの放つ大剣の軌道は、重い。

キノは槍の柄で受け止めるが、強引にこじ開けられるようにして体勢を崩した。その一瞬の隙に、ネガマリンの剣先が閃く。

直後、脇腹を抉る不快な音が響く。


「っ…!」


キノの脇腹から、チョコが噴き出した。だが、ネガマリンは攻撃の手を緩めない。

踏み込みと同時に放たれる裏拳がキノの胸元を捉え、吹き飛ばされたキノは瓦礫に激突して激しく咳き込む。


「どうした、そんなものか!」


追撃の剣が、容赦なくキノの右肩、そして太腿を次々と切り裂いていく。

キノの体にはみるみるうちに新たな傷口が増え、チョコに染まっていく。

どれだけ鋭い槍を繰り出そうとも、全てネガマリンの重厚な剣術にいなされ、逆に倍の傷となってその身に跳ね返っていた。

倒れ伏すリュフターの瞳が、その絶望的な光景を映し出す。


(何をしている…重心が浮きすぎだ…!それでは受けれるものも受けれんぞ!)


「俺を倒すのでは無かったのか、キノよ!」


キノは激痛に顔を歪めながらも、その手だけは槍を手放さず、ただ血走った瞳で眼前の怪物を睨み返し続けた。

その折れない闘志を、ネガマリンはさらに踏みつけるようにして哄笑する。


「フハハハ!フハハハハ!!」


ネガマリンは勝ちを確信したように獰猛に笑い、さらに深く踏み込む。

キノは攻撃を受け流そうと、必死に防御体勢を取ろうとする。

だが、ネガマリンの剣撃が不自然にブレた。

本能のみで動くキノの視線を完全に誘導し、無防備な隙を晒させるための極限のフェイント。

キノは上段からの直撃を防ごうと、思わず槍を上へと掲げる。がら空きになる胴体。

キノの目はその動きを捉えることができていなかった。その時だった。


「キノ……っ!フェイントだ!!」


戦場に、一人の声が響き渡る。この声の正体は誰あろう、ーー兄、リュフターだった。


「っ…!」


その鋭い警告に、キノの肉体が反射的に反応した。 上に掲げた槍を強引に引き戻し、ネガマリンの大剣が横から鋭く薙ぎ払われる瞬間、体ごと斜め後ろへと深く沈み込ませる。

大剣がキノの鼻先をかすめ、空を裂いた。

完璧なフェイントを完全に読まれ、空振らされたネガマリンの顔に、明確な驚愕が走る。


「何っ…!」


体勢の崩れたネガマリンの胸元。


「おおおぁぁぁぁっ!!」


キノは地を這うような低い踏み込みから、重心を極限まで乗せ、槍を真っ直ぐに突き出した。

狙うは、ネガマリンの心臓。 空気を切り裂く、渾身の一閃。


「ぐっ…うおぁぉぁぉぉ!!!」

ネガマリンが絶叫する。

だが、その突きは完全に命を刈り取るには至らなかった。

ネガマリンはキノの槍が届く直前、本能的に自らの体をわずかに捻り、致命となるはずだった一撃を、寸前で避けていた。


「ぐうぅぅっ!!?」


ネガマリンは胸から濁ったチョコを大量に吹き出しながら、片膝をついた。

これ以上の戦闘継続は不可能であることは、その崩れかけた姿勢が物語っている。

しかし、ネガマリンの瞳に宿る戦意だけは、全く衰えていなかった。

彼は血を吐きながら、凄まじい執念でキノを、そしてその背後のリュフターを睨みつける。


「この屈辱、忘れはせん!トラベルト兄弟よ!必ずや根絶やしにしてくれる!!」


ネガマリンはそう吠えると、胸の傷口を大きな手で強引に押さえつけ、無理やり立ち上がった。


「キノ・トラベルト!次に会う時は、貴様の命を奪う時か、あるいは……俺の胸を貫く時だ!精々

それまで、その槍を磨いておくがいい!!」


そう言い残し、ネガマリンは背を向けて闇夜へと跳躍する。


「引き上げるぞ! 」


ネガマリンの地を這うような号令が響き渡る。

その瞬間、それまで基地の至る所で狂暴に暴れ回っていたたけのこ兵たちが、一斉に統制の取れた動きで後退を始めた。潮が引くように、だが隙のない陣形を崩さぬまま、闇夜の中へと退却していく。


「っ…終わったのか…?」


「そう…みたいね…」


キクラとノキが、満身創痍の体を支え合いながら、ぽつりと呟いた。 爆炎と硝煙が夜風に流され、たけのこ軍の気配が完全に消え去る。あれほど激しかった戦場に、にわかには信じがたいほどの静寂が戻ってきた。


「…」


キノは槍を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。

敵の姿が完全に見えなくなったことを確認した瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れる


「あ……」


急激に押し寄せる全身の激痛と疲労感。 視界がぐにゃりと歪み、持っていた槍が手から滑り落ちて乾いた音を立てた。 キノの細い体が、糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちていく。


「キノ!!」


キクラの焦りを含んだ叫び声が、遠のいていく意識の端で微かに聞こえた。


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