3 薄れゆく虹を追いかけて
今の小学生と違ってスマホどころかガラケーも持っていなかったから、引っ越してしまうと連絡が取れなくなった。ハヅキが転校生だったこともあって親同士の付き合いもなかったから引っ越し先の電話番号もわからなかった。
もちろん、女子の中には何かしら知っている子がいたとしても不思議はなかった。なのに僕が転校した一人の女子の連絡先を聞けなかったのは、土地柄と時代のせいだったと思う。
あの夏の日の後、もちろんハヅキのことを忘れたというわけではなかったが、中学に上がって新しい生活が始まると小学校の記憶なんて急に色あせてくるものだ。
実際、部活やら友達付き合いで何もかもが更新されてしまった。過ぎた時間の記憶より新しい景色がはるかに魅力的に見えるのは若さの特権だ。誰も本気で過去なんか振り返っていなかった。
それでも、僕の心の奥の見えないところには、ずっとハヅキがいたのだろう。いつの間にか自然に努力する習慣がついたのは、僕より頑張っているに違いないハヅキの影を追っていたからかもしれない。
ハヅキが言った通り、そこそこまじめに勉強していたら成績にも表れたきたし、結果、県内ではまあまあの進学校に進むこともできた。そして、これといった将来を考えるでもなく東京の大学へ進学し、大学を卒業するとそれなりのメーカーに就職して今に至った。でもそれだけだ。
目の前のことにはそれなりに頑張っては来た。でも、人生をかけるほどの覚悟をもったことはなかったと思う。
だからこそ、何か特別な経験になるかもしれないと思って、海外の希望を出していた。同期の中には、出世コースのアメリカやヨーロッパへ行くものもいたが、僕の行き先はベトナムになった。まだまだこれからという地域だが、将来の発展はむしろ魅力的で今の僕にはぴったりなようにも感じていた。
* *
ハヅキの手紙を見つけたものの開くべきかしばらく迷ったが、あの時、ハヅキにしては珍しく顔を赤らめて、絶対に手紙を読むなと言っていたはずだ。彼女から大切な夢を託された以上、僕が一瞬で壊してしまうわけにはいかない。
そういえば大学院に行って研究の道へ進みたいって言ってたな。それが手紙に書かれていることならすでに結果は出ているのかもしれない。手紙の中身への好奇心と人の夢を壊したくない思いがせめぎ合っていた。
そして僕は、しばらく封筒を眺めながら考えたあと、一つの結論に達した。
「本人の許可をもらってから開ければ良いんだ。なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。まずはハヅキを探さなくちゃ。」
* *
ハヅキを探すとは決めたものの、それは簡単なことではなかった。
僕は、携帯番号を知ってる数少ない友人に連絡してみたが、皆地元を離れていて、ハヅキの連絡先どころか、他の同級生にさえ繋がらなかった。
SNSで彼女の名前を検索してみたが、同姓同名が多すぎた。そもそも彼女が本名でSNSをやっているかもわからないし、名前だって既に変わっているかもしれない。
帰省中なので母親に聞いて同級生の家にも電話してみたが手がかりを掴めなかった。
「そんな子いたっけ?」くらいの反応が多かったのには驚いた。ハヅキが僕だけに見える幽霊だったのかと思ったくらいだ。悪目立ちしないようにしていた彼女の努力の賜物だったのかもしれない。
名案だと思った思いつきが簡単ではなかったことに気づかされた。
僕は、次第に薄れていく虹を追いかけていた。
(続く)




