2 夏の日のさよなら
ショートカットでいつもニコニコしている元気なキャラ。ハヅキが転校してきた三年生のときの印象だ。初めて会った日のことは今でもなんとなく覚えている。
彼女は、すごく勉強ができたし運動も結構得意だった。でもその割にクラスの中では目立たない存在だったと思う。今思えばだが、何度も転校してきたから身についた処世術だったのかもしれない。
ハヅキとよく話をするようになったのはその三年生の3学期からだった。隣の席になってよく話していたことは覚えている。多分、あの頃僕が話してたことなんて、くだらない子供の冗談か、世の中を知らないからこそ話せるような馬鹿馬鹿しい思い込みだったけど、そんな話でもハヅキはいつも目をそらず楽しそうな顔をして僕の話を聞いてくれた。
そういえば、ハヅキが話していた。
「私、大人になったら動物の研究したいんだ。動物大好きだし、本もいっぱい読んでる。でも分からないことばっかりだからもっともっと知りたいんだ。」
ハヅキは女子には珍しく虫やカエルを手で摑まえるのも平気だった。
5年生の夏休みには、自由研究のために一日中アリの巣の前にしゃがみ込んでスケッチしたりメモしていた。
そう、あの自由研究、県に出すとかで大きなポスターみたいなのを作ったんだ。
あの時、なぜか先生に指名されてアリの写真を撮ったり、ポスター作りを手伝わされたっけ。大変だったけど、ハヅキと先生とで写真を撮りに行ったり、資料を作ったりして。ポスターが完成した時は、ハヅキと二人で大喜びした記憶がある。
でも、研究というのはまるでイメージがわかなかった。
「動物の研究って、つまり動物ハカセみたいな?」
僕がイメージできたのはテレビの動物番組に出てくる白衣姿のおじさんくらいだった。
「うん。大学のあとに大学院ってとこで勉強するんだって。お父さんが言ってた。」
「大学院って何年あるの?大学が4年でその後ってことでしょ?」
大学院という言葉もそのとき初めて聞いたかもしれない。
「博士になるなら5年とかだって。」
「えー、そんなに勉強するの?想像できない。それって何歳までやるの」
「27歳とか28歳くらいだと思う。」
「そんな歳までオレ生きてるのかなぁ」
あの頃の僕には想像もできなかったが、意外に人間は長生きするものだ。実際こうやって30歳近いのにまだ生きている。
ということは、もうハヅキは自分の夢を叶えているのかもしれない。あの頃話してたように博士になってやりたかった研究ができていたら良いのだけど。
* *
子供の頃は時間がゆっくり流れると言われるけれど、過ぎてほしくない時間ほど早く進むものだ。それは、大人も子供も変わらないと思う。ハヅキから引っ越しの話を聞いてからの1週間は、僕にとっては1日より短い位の長さだった気がする。
一学期の終業式が終わり、僕たちは学校に置いてあったあれこれを両手に持ちながら、これからひと夏の有り余る時間を浪費するようにふらふら家路を歩いていた。
一人、二人とさよならしながら最後にハヅキと僕の二人だけが残った。そして僕たちは何も話さないまま歩いていた。
先に口を開いたのはハヅキだった。
「一緒に帰れるの、最後だね。」
「…うん。」
「もう、ウチの準備はできてるから明日の朝には出ちゃうって。」
「そっか。」
僕は相槌を打つのがやっとで話す言葉がひとつも浮かんでこなかった。
「あのね、ちーに渡したいものがあるんだけど」
ハヅキは立ち止まってランドセルを肩から外した。
「私の夢みたいなこと。」
「夢?」何のことかさっぱり分からなかった。
ハヅキはランドセルから小さい薄いピンク色の封筒を宝物を取り出すみたいにゆっくり取り出した。
「そう、この手紙には私の願い事が書いてあるの。いつか叶ってほしいこと。」
ハヅキからその小さな封筒を受け取った。封は閉じられていた。
「開けていいの?」
「だめ!絶対見ちゃだめ。読んだら一生恨むからね。」 ハヅキは急に語気を強くした。
「分かった約束する。」
「ありがとう、よかった。」
僕たちは、なにも話さないまま歩いていた。
そしてハヅキの家の前でさよならした。
(続く)




