三人目・大河内隆信
森に指名された男は、びくりと体を震わせた。
大河内隆信、被害者の自宅の隣の家に住む住人だ。
「大河内さん。あなたが犯人ですね。飯塚氏を殺害したのは、あなただ。飯塚氏の隣に住むあなただ。彼が在宅であることを確認し、誰にも見られずに、庭から屋敷に侵入することなど造作もなかった」
またやっている。結局、三人、全員に「あなたが犯人だ」と言った。
「ば、馬鹿な。何故、俺がお隣さんを殺さなければならないのです?」
「そうです。それが一番の難問でした。騒音がうるさい。嫌がらせを受けていた。ご近所トラブルから事件に発展する例は、少なくありませんよ」
「それはそうだが・・・」
「明確な理由がなくても、殺人に走る人間だっている」
「だからと言って、私は彼を殺していない!」
「それを証明できますか?」
「できる! あの夜、俺は映画を見ていた。レイトショーだ。終わったのが十時。それから家に戻った。俺にはアリバイがある。あの時に見た映画の半券を持っているぞ。あんたたちに見せたはずだ」
確かに、事情聴取に自宅を訪ねた際に、大河内から見せられ、確認している。
「平日の夜、明日は仕事だと言うのに映画を見に行ったのですか?」
「別に、何時、映画に行こうが、俺の勝手だろう? 前から見たかったし、あの日、気が向いたから行っただけだ」
「まあ、何時、映画に行こうが、あなたの自由です。でもね。あの日、映画館で不審な人物が目撃されているのです。あの日、映画館の入場口近くの待合スペースのゴミ箱の前に陣取っていた不審な人物がいました。レイトショーが終わる頃にやって来て、暫く座っていたそうです。もう映画の上映はないのに、誰か、迎えに来たのかなと、従業員が不審に思い、覚えていました。あれ、あなたですよね?」
「俺? 知らないね」
「あなた、映画の半券が欲しくて、レイトショーが終わる頃を見計らって、映画館の待合スペースに行った。ゴミ箱の前に陣取って、映画を見終わって、出て来た人間が映画の半券を捨てるのをじっと待っていた。違いますか? 今時、映画のチケットをもぎる映画館なんてありませんよ。映画の半券が欲しかったのなら、事前に買って、映画を見なければ良いだけなのに、随分、面倒なことをしたものです。お金がもったいなかったのですか?」
「う・・・ぐ・・・」
「ネットでチケットを購入した場合、どの席を誰が購入したのか、後で追跡できるのですよ。その意味でも、自分で買うべきでした」
「俺のチケットは・・・」
「ええ。あなたの映画の半券は、当日、券売機で販売されたものでした。現金で購入したようで、何処の誰が買ったか分かりませんでした」
「なんだ」と大河内はほっとした様子だった。急に強気になって、森に食って掛かる。「だから、俺じゃないって言っているだろう。大体、俺が何故、お隣さんを殺さなきゃあならないんだ。動機ってものが無いだろう? 隣が気に食わなかったって、殺していたら、人口なんて直ぐに半分になっちまうぜ」
「はは。笑えませんね」と森。
笑えないと言いながら、笑っている。
森も負けていない。「隣り合った家、二軒とも、ご家族がいらっしゃらないのは、何故でしょうかね」と嫌味な言い方をした。
「うちは家内が子供を連れて実家に戻っているだけです!」と大河内が言い返す。
「ほう~学校が休みではない、この時期に何故、奥さんは実家に戻ってしまったのです?」
「それは・・・家内の両親の体調が思わしくなく、それを心配した家内が・・・」
どうにも歯切れが悪い。
「奥さんと会って、話を聞いて来ましたよ」と森が言うと、大河内はきっと森を睨みつけた。
知っているのなら、最初から、そう言えば良い――とでも思ったのだろう。石川も同感だった。
「飯塚氏は、自宅で仕事をすることが多かったようですね?」と森は佐伯に尋ねた。
佐伯が答える。「えっ、ええ。社長は『今日は自宅で株の動きを見ている』と言って、会社に出て来ないことが多かったですね」
「最近はどうです?」
「最近は、特に多かった気がします」
森は佐伯の答えに満足した様子で、大河内に言った。「大河内さん。奥さんは専業主婦、日中は家にいた。ベランダに出れば、お隣さんのベランダが隣にあります。顔を会わせることがあったでしょう。二人が親しくなったとしても不思議ではなかった」
「うぐぐ・・・」
「飯塚氏は一年前から奥さんとは別居状態で、どうやら離婚に関する協議を進めていたようです。あなたの奥さんは、そんな飯塚氏の毒牙にかかった。あなた、どうやって奥さんの不倫を知ったのですか?」
「あの野郎・・・俺の顔を見て言ったんだ。『奥さんによろしくお伝えください。何時もお世話になっていますってね』と。そのにやけた顔を見た時、鈍い俺でさえ、何があったのか分かった。やつにとっては、単なる火遊びだったんだろう。いや、自分の家庭が崩壊しているので、俺の家が羨ましかっただけかもしれない。あいつは最低の野郎だ!」
大河内の言葉に、何故か佐伯が頷いた。飯塚はよほど性格の悪い男だったようだ。
「だから、あなたは飯塚氏を殺害した。殺害は計画的だった。だって、あなたはその為に近所のコンビニに立ち寄っているのだから。あの夜、周到に準備を整えたあなたは、二階のベランダから隣の家に侵入した。そして、書斎のパソコンのモニターで株の動きを見ていた飯塚氏に背後から襲い掛かった」
「違う!俺じゃない」
「いや、あなただ。飯塚氏は窒息死でした。あなたの仕業だ」
「今度は窒息死かよっ!」と喚いたのは、佐伯だった。
「何故、死因がころころ変わるんだ? 警察のくせに死因が何なのか知らないのか?」
市村だ。もっともなご指摘だ。
飯塚の死因は窒息死であることは、初めから分かっていた。何故、森は、それを隠して、尋問を行っているのか、石川には理解できなかった。
「飯塚氏は窒息死でした。大河内氏が周到に計画を練り、コンビニに足を運び、犯行を実行した為、凶器の特定に時間がかかってしまいましたが」
「俺はコンビニなんかに行っていない。防犯カメラを確認してみろ。事件前にコンビニに行っていないことは直ぐに分かるはずだ」
「じゃあ、何処で凶器を手に入れたのです?」
「知らないね。あいつだって、コンビニくらい行くだろう。あいつがコンビニに行って、買い物をしたから、袋があったんだ」
「なるほど」と森が頷いた。
だが、石川にも大河内が墓穴を掘ってしまったことが、丸わかりだった。




