二人目・佐伯洋
「では、次の方」とまるで、病院で順番待ちの患者を呼ぶかのようだ。
森は市村の隣の小柄で細身の神経質そうな男に向かって言った。「佐伯洋さん。あなたが飯塚氏を殺害したのでしょう。あなたが犯人ですね」
「えっ⁉」と声を上げたのは、市村の方だった。「刑事さん。あなた、僕にも同じこと言いましたよね?」という市村の言葉を無視して、森が話を続ける。
「あなた、飯塚氏の会社で投資アドバイザーを務めていましたね。それも、正規事業ではない。詐欺部門のトップを」
「な、何を言うんです」
「ほら、ここにいる市村さん。ご存じでしょう。あなたの詐欺被害にあった、大勢の人間の中の一人ですよ」
森の言葉を聞いて、「お前だったのか⁉」と市村が佐伯に掴みかかる。
こうなると思った。「まあ、まあ。市村さん。落ち着いてください」石川が慌てて、市村を佐伯から引き離す。
「俺の金を返せ~!」
石川に羽交い絞めにあいながら市村が叫ぶ。
「さて、佐伯さん。詐欺部門のトップとして、飯塚氏と働いて来たあなたですが、最近、飯塚氏の動向がおかしい。ひょっとして、詐欺部門を自分もろとも、切り捨てようとしているのではないかと疑った」
「刑事さん。私は詐欺部門のトップなどではありません。いち従業員に過ぎません」
佐伯が搾り出すように言った。森は佐伯の言葉を無視して、話を続ける。「捜査二課が動いていることを飯塚氏は察知したのです。だから、飯塚氏は暫く、身を潜めておくことにした。そして、あなたをスケープゴートにして、詐欺部門を一旦、整理することにしたのでしょう。ああ、否定しても無駄ですよ。飯塚氏の動きは二課から聴取済みです。飯塚氏、二課の刑事に、あなたの犯罪を訴えていたようです」
「わ、私の犯罪ですって!」
「死人に口無し。飯塚氏はあなたには死んで欲しかったようです。よくない筋に、あなたの殺害を依頼したふしがありました」
石川が眉を寄せた。ちょっとはったりをかけ過ぎだ。飯塚俊雄がよくない筋と関係があったことは間違いないが、殺害を依頼したという証拠はない。
「私を・・・殺す気だった・・・」
「佐伯さん。あなただって、飯塚氏の動きに気がついていたはずです」
「それは・・・まあ・・・」
「だから、あなたは飯塚氏を殺そうと思った。あなた、事件当夜のアリバイがありませんよね?」
「会社で仕事をしていた。残業です。そう言ったはずです」
「しかし、誰も目撃した人間がいない」
「最近は働き方改革とかで残業にうるさいですからね。私以外に深夜まで残業していた人間なんていませんよ。出勤記録を確認してみたのでしょう。私が深夜まで会社にいたことが分かったはずだ」
「確かに、ロビーにある入退場を記録するシステムのデータを確認してみましたよ。あなたの言う通り、深夜まで会社にいたことになっていました」
「でしょう。アリバイがある訳だ」
「そうでしょうか? ロビーにある入退場システムは地下鉄の自動改札機のフラットドア型のようなゲート式になっています。あれ、簡単に乗り越えることができますよね。システムの記録に残さずに出入りすることができる」
「そ、それはそうかもしれませんが・・・ああ、そうだ。ロビーには防犯カメラが設置されている。それを確認すれば、私が、そんなことしていないことが分かるはずです」
「はい。確認しました。夜中にゲートを乗り越えた人間はいませんでしたね」
「なんだ。ちゃんと分かっているじゃないですか!」と佐伯が語気を荒げた。
これは森が悪い。佐伯がゲートを乗り越えて外出していないことは、最初から分かっていた。だが、それは振りに過ぎなかったようだ。「ですがね」と森が話を続ける。
「お宅の会社があるビル。非常口から非常階段に出ることができますね。ドアは内側からは開くが、外からは開かない。ドアのラッチ、あのドアと壁をカチャリとつなぐやつですが、そこになにか挟んでおけば、外からドアを開けることができる。つまり、中からなら、一旦、外に出て、帰って来ることが可能です」
「そ、それは・・・」佐伯が絶句した。
油断させておいて、あっという間にねじ伏せる――森のテクニックなのだろう。嫌な性格だ。
「つまり、あなたには、アリバイが無いことになる。実際、事件当夜、飯塚氏の自宅周辺の防犯カメラに、あなたによく似た人物が確認されています」
「言いがかりだ~! 僕は社長の自宅になんか行っていない」
佐伯と背格好のよく似た人物が防犯カメラの映像に残されていたが、佐伯だと確認できた訳ではなかった。
「あなたはスパナを持って、社長の自宅を訪れた。玄関に防犯カメラが設置されていることを知っていたあなたは、庭に回り、二階の窓から自宅に侵入した。そして、居間でくつろいでいた飯塚氏に背後から忍び寄り、スパナで頭部を殴りつけた。何度も、何度も。彼が息絶えるまで」
「僕はやっていない! 大体、刑事さん、あなた、さっき、この人には、社長は包丁で刺されたって言ったじゃないですか⁉ 社長はスパナで殴り殺されたのか、包丁で刺されたのか、どちらかはっきりさせてくださいよ」
まあ、そうだろう。石川には、何故、森がいい加減なことを言うのか分からなかったが、これも尋問テクニックなのだろうと思っていた。
「ふむ」と森は頷くと、「では、最後の方」とまた、次の患者でも呼ぶように言った。




