一人目・市村正輝
「本日は、忙しい中、ご足労いただき、ありがとうございました。通常であれば、お一人、お一人から、お話をお聞きするのが筋ですが、今日は、ざっくばらんに皆さまからご意見を伺いしたいと思います。飯塚俊雄氏殺害の関係者、いや、容疑者の皆さまに集まっていただきましたのは、あなた方、三人の中に犯人がいると思われるからです」
開口一番、森が痛烈な先制パンチをお見舞いする。
神奈川県警刑事部捜査一課、森倫太郎は後ろ手に手を組むと、小柄な体をきびきびと動かしながら、バッキンガム宮殿の衛兵のように足を上げて部屋の中を歩き回った。年は五十過ぎ、広い額と虫のように跳ね上がった細い眉が頭の良さと意思の強さを思わせた。そして、薄い唇が彼の持つ酷薄な一面を暗示していた。
「ちょっと、ウコンさん」
相棒の石川肇が窘める。ここにいる三人の男たちが容疑者であることは間違いないが、それを言っては身も蓋もない。
石川は四十代、長身の河井と並んで見劣りしないくらい背が高い。小柄な森と並ぶと子供を連れて歩いているように見えてしまう。分厚い胸板に、えらの張った小さな顔が乗っており、頭脳派よりも肉体派の刑事を印象させる。
「飯塚氏は、随分、我の強い方だったようですね。方々でトラブルを起こしていた」
投資会社を運営する飯塚俊雄が自宅で殺害された。死亡推定時刻は夜の九時から十時の間とみられている。妻との間に子供が一人、いるが、一年前から別居状態で、事件当夜は自宅に一人切りだった。
「そうですよ。彼を殺したい人間なんて、腐るほどいるはずだ。我々、三人、以外にもね」
「ああ、そうだ」
「何故、我々、三人なのだ」
三人から口々に非難の声が上がる。
「確かに、彼に恨みを持っていた人間は大勢います。その中でも、彼を殺害する機会があったのは、あなた方、三名なのです」
「あいつを殺し機会があった⁉」
「そうです。では、先ず、あなたから行きましょうか。あなた、飯塚俊雄氏を殺害しましたね? あなたが犯人だ。違いますか?」
森は三人の男たちの中から、一人の人物を指差した。
「お、俺⁉」
男の名前は市村正輝、七十二歳。三人の中で、一番、年配だ。白髪の混じったごま塩頭にメガネ、分厚い唇、七十二歳にしては、がっしりとした体格だ。
「そうです。あなたです。市村さん。あなた、事件当夜、被害者の家を訪ねていますよね?隠しても無駄です。防犯カメラの映像に、あなたの姿がはっきりと映っていたのですから」
「ま、待てよ。あの夜、確かに、あいつの家を訪ねた。会社を訪ねても居留守をつかわれて、会うことができなかったからだ。あいつに会って、俺が投資した金を取り戻したいと思った」
「あなたは投資の失敗で、退職金は勿論、それまでに貯め込んだお金までも失ってしまった」
「そうだ! 全てあいつのせいだ。あいつの口車に乗って、投資なんてやったものだから、全財産を失う結果になってしまった」
「そうですか。でも、あなたの同意があって、やったことでしょう。全てを飯塚氏のせいには出来ないでしょう」
「違うんだ。あいつ、俺が投資に詳しくないのを良いことに、騙しやがったんだ。最初は良かったんだよ。直ぐに資産が増えて、配当ももらった。その配当も全て投資に回してしまったけどな。あいつ、はなから俺のこと、騙すつもりで、投資先を選んでやがったんだ」
市村が言うことには、投資先と聞かされていた会社やプロジェクトの名前が、事前に聞いていた名前と微妙に異なっているのだと言う。だが、書類を見ると、全て飯塚の言う通りになっていた。金を巻き上げるつもりで、仕組まれていた詐欺なのだと市村は主張した。
「確かに、飯塚氏のずる賢いところは、八割はまともな商売をやっているのですが、それを隠れ蓑に二割は詐欺まがいの商売をやっていたことでしょうね。老人は投資に詳しくない市村さんのような人間をカモにしていた」
「うん・・・まあ、俺は投資に詳しくないかもしれない・・・」
「お金を失ってしまったことを知ったあなたは、飯塚氏を殺害しようと自宅に乗り込んだ」
「違う。確かに、家には行った。だけど、留守だった。何度、チャイムを鳴らしても、誰も出て来なかったんだ。防犯カメラの映像があるのなら、見ただろう。誰も出て来なくて、渋々、引き上げて行く俺の姿を」
「確かに玄関前からいなくなる姿は映っていました。ですが、その後、庭に回ったのかもしれない。塀を乗り越えて、屋敷に侵入し、飯塚氏を殺害した。実際、二階のベランダに面した窓に鍵がかかっていませんでした。庭にあった物置の屋根を伝い、二階のベランダに侵入することが可能です。あなたは二階から飯塚氏の自宅に侵入し、彼を殺害した」
「だから、やっていないって言っているだろう!」
「飯塚氏を殺害するつもりで、家から包丁を持って、彼の自宅を訪れた。玄関で呼び鈴を鳴らしたが、出て来ない。また居留守をつかっているのだと思ったあなたが、庭から屋敷に忍び込むと、寝室で寝ていた飯塚氏に襲いかかり、刺し殺した」
「待て、待て。あいつ、包丁で刺し殺されたのか? 包丁? 知らないよ。家の包丁を確かめてくれ。全部、あるはずだ」
「もともと、何本、あったかなんて、我々には分かりません」
「そう言われるとそうだが・・・じゃあ、包丁を調べてみてくれ。ほら、DNA鑑定とか何だとか、人を刺したのなら、綺麗に洗っても、証拠が残っているんだろう?」
「まあ、そうですね。何故、包丁を持ち帰ったと思うのです?」
「違うのか? ああ、そうか。あいつの腹に突きたったままだったのか」
「腹ではありません」
「じゃあ、何処だ? 胸か? まさか、頭じゃないよな」
見るに見かねて石川が口を挟む。「ウコンさん。そのくらいにしておいたら、どうです?」
「そうですね。分かりました」
まるで獲物をいたぶる肉食獣のようだ。そもそも、容疑者を三人、集めて、何をしようと言うのか? 推理小説よろしく、関係者を前に、「お前が犯人だ!」とやりたいのだろうか。




