茶番の結末
「さて、茶番はもう終わりにしましょう」
森が言う。自分で初めておいて、茶番とはよく言えたものだ。
「終わりなのか?」と佐伯。
「ええ。誰が真犯人なのか分かりました」
「誰なんだ?」
「大河内氏です。私は初めから、彼が犯人だと確信していました」
嘘だ。三人の中で誰が犯人なのか、確信が持てなかったので、こんな茶番を開いたのだ。
「俺⁉ 違う。俺じゃない!」
大河内が血相を変えて森に詰め寄る。
「いいえ。あなたです。あなた、自分で自分が犯人だと自供したのですよ」
その通りだ。
「俺が・・・」
「はい。ひとつは被害者の死亡推定時刻です。被害者の死亡推定時刻は、検死の結果、夜九時から十時の間だと推定されています。ですが、そのことは、外部には一切、発表されていません。私も事件当夜や、あの夜といった言い方しかしていないはずです」
「・・・」
「ところが、あなたは十時という時間にこだわっていた。十時過ぎに終わるレイトショーの半券を探し求めていた。十時以降のことは気にもしていない。何故でしょう。そう。それは、あなたが誰よりも正確に被害者の死亡時刻を知っていたからです」
森が勝ち誇ったかのように言う。
「ば、馬鹿な。俺はあいつが死んだ時間なんて、知らなかった」
「そうでしょうか? 夜と聞いただけで、十時までのアリバイがあれば良いと思ったのは何故ですか? 夜は長い。それは飯塚氏が夜十時までに死んでいたことを知っていたからだ」
「だから、俺は知らなかったと言っているだろう」
「まあ、いいでしょう。それだけではありませんよ。飯塚氏の死因について、あなたがた三人にカマをかけてみました。市村さんに刺殺だと言って、反応を見ましたが、何も知らない様子でした。佐伯さんも同じです。撲殺だと聞いて、死因がころころ変わることに不満の表情は見せましたが、疑った様子を示さなかった。私は、あなた方、三人の様子を観察していたのです。ただ、あなただけが、苦虫を噛み殺したような顔をしていた。殺害場所についても、寝室、リビング、書斎と、敢えて変えてみました。あなたの反応を見たかったからです。やはり、あなただけが、それは違うという顔をしていましたね」
「それは、あんたの主観に過ぎないだろう」
その通りだ――と石川は思った。すると、森はあっさり認めて言った。「そう、あなたのおっしゃる通りです。ですが、普通、窒息死だと聞いて、絞殺だと思いませんか?ロープ状のものや、手で首を絞められて殺された。そう考えるものです。ところが、あなたは、そう考えなかった」
「それは・・・」
「飯塚氏は顔を何かで覆われ、窒息して死んだのです。犯人は何で飯塚氏の顔を覆ったのか、分からなかった。飯塚氏が殺害された書斎を観察しました。飯塚氏は、あまり整理整頓が得意な人ではなかったようです。夕食はコンビニ弁当だったみたいで、弁当の容器や割り箸、お手拭きなんかが、その辺に散乱していました。なのに、コンビニ袋だけが無かった。変でしょう。コンビニ袋だけが無いなんて。エコバッグを使った? いえいえ、そんなタイプの人には見えなかった」
「・・・」
急に口数が少なくなった。大河内も自分のミスに気がついたようだ。
「実際にね。近所のコンビニの防犯カメラを当たってみたのですよ。確かに、あなたは映っていなかった。その代わり、夕食を買いに来た飯塚氏の姿が映っていた。エコバッグなんて、使っていない。コンビニでビニール袋を買って、弁当を詰めていましたよ」
「そうか・・・それで・・・」
「ええ。あなた、自分でおっしゃいましたね。あいつがコンビニに行って買い物をしたから、袋があったのだと。正解です。そして、犯人はそれを使って、飯塚氏を窒息死させた」
「殺意があった訳ではないんだ」と大河内が弱々しく言った。
「ですが、あなたは隣家に忍び込んだ」
「家内の不倫を知って、俺は家内を家から叩き出してしまった。家内のことが許せなかったが、それ以上に、飯塚のことが許せなかった。あの夜、あいつが家にいることに気がついて、一言文句を言ってやろうと思った。正面きって尋ねても、どうせ出て来ないに決まっている。だから、二階の窓から忍び込んだ。あいつを一発、殴ってやらないと気が済まなかった」
「ところが、あなたは彼を殺害した」
「あいつ、書斎でモニターを眺めるのに夢中になっていて、俺に気がついていなかった。その姿を見つけた途端、もう感情を押さえ切れなくなってしまったんだ。あいつに襲い掛かったら、最初はおったまげたようだけど、直ぐに反撃して来やがった。大人しく殴られていれば良いものを。もみ合っている内に、あいつが来ていたジャケットが椅子の背もたれに引っかかって、ずるりとずり落ちて、両手が使えなくなった。俺は咄嗟に近くに落ちていたコンビニ袋を、あいつの頭にかぶせて、締め上げてやった。夢中になって、締め上げている内に、あいつがぐったりして動かなくなった。暫く、呆然としていたよ。あいつを殺してしまったことに気がついたのは、随分、経ってからだった。いや、そう感じただけで、数分だったかもしれないな」
「それからどうしました?」
「玄関に防犯カメラがあることは知っていた。だから、また庭から家に戻ったよ。冷静になってみると、アリバイが必要だと思った。何故か映画を見に行ったことにしようと思って、映画館に行った。そうだ。俺だよ。待合スペースでレイソショーの映画の半券を誰かが捨てるのを待っていたのは。だから、刑事さん」
「何でしょう?」
「計画的な犯行なんかでは無かったんだ。コンビニ袋を用意していた訳ではないし、映画のチケットも事前に用意していなかった。信じてくれ」
「それは信じましょう。あなた、運が良かっただけで、犯行は杜撰でしたからね。それで、あなた、犯行に使用したコンビニ袋はどうしたのです?」
「ああ、あれ。あれは、うちでゴミ袋として使っている。ゴミがいっぱいになったら、ゴミの日に出そうと思っていたので、まだあるはずだ」
「へえ~あなた、そういうところは随分、しっかりしていますね」
凶器をゴミ袋として再利用していた。何とも笑えない犯人だ。




