謎の襲撃者
王城でのパーティーはスムーズに終わった。
いつも通り、きっちりとした服装で陛下に挨拶をし、戦場での武勲を称えられ、褒美を与えられる。
周囲の貴族達とたわいの無い雑談を装った情報戦を行い、無駄に金の掛かった飯を食う。いつも通りのパーティー。こういった催しは苦手ではないのだが、肩が凝る。むしろ戦場で指揮をとっている時間の方が気が休まるほどだ。
先日のエルマー殿下に助言した通り、我が帝国は王国の申し出を受け入れたようだ。魔王討伐のために人類が一致団結するとき・・・確かに言っていることはもっともだ。しかし私にはどうにも魔王の驚異というものが、それほど大したものとは思えなかったのだ。
魔王・・・即ち魔族を統べる存在。
高い身体能力、生まれつき備わった魔術の素養。エルフやドワーフのごとき長寿。そして明晰な頭脳。魔族という存在は完璧に人類より優れている・・・ある一点を除いては。
人類が魔族に勝っているところ。それは繁殖能力だ。
魔族の総数は多く見積もっても人類の総数の一割以下・・・個々の能力がいかに高かろうが、この圧倒的な人数の差は覆しようがない。
つまり王国がやっているように、人類同士の無駄な争いを止めて一致団結すればすぐに制圧できるだろう。
ならば私はこの戦争の先を見据えなくてはならない。
魔族の人類の戦争。その総力戦のその先の世界を見て今から行動に移すのだ。
そこまで思考を巡らせたところで、ふと窓の外を見る。いつの間にか空は白み、清涼な朝の空気が吹き込んでいた。
どうやらいつの間にか夜が明けていたようだ。ぐっと伸びをして、目の前に広げられていた書類を片付ける。
領主の仕事は意外と忙しい。
夜通し働いているなんて日常茶飯事だ。
良い時間になった事だし、私は服を着替えて木剣を手にする。毎朝の素振りは幼少の頃より欠かしたことの無い私の日課であった。
鶏すらもまだ起きていない早朝。
人気の無い丘の上で、のぼり行く太陽の光を眺めながら木剣を振るう。
特注で、実際に戦場で振るっている剣と全く同じ重さにした木剣は、まるで私のためにあるかのようによく手に馴染んでいる。
幼少の頃より、何千何万と繰り返した剣の型をなぞる。
実践では剣の型など役に立たないと笑う戦士も多い。しかし、私はそんな輩をこれまで何十も屠ってきた。
基礎を馬鹿にするものに成長はない。
何万と繰り返した剣の基礎は、確かに私の力となっている。
そんな毎朝の稽古を続けていると、ふと背後から視線を感じた。それは何とも気持ちの悪い気配。敵意とも好奇心とも違う、何か上からジッとこちらを品定めするかのようなそんな不快な視線・・・。
私は素振りを止めて振り返る。姿は隠しているようだが、木陰に誰か隠れているのは気配でわかった。
神聖な朝の鍛練を邪魔された怒りを感じながら、私は感情を押し殺した静かな声で問いかける。
「誰だ? そこに居るのはわかっているぞ」
私の問いに、茂みから現れたのは一人の青年だ。
この辺りでは珍しい黒髪に黒い瞳。着ている衣服は、まず平民は着ることが出来ないような上質なモノ・・・そして腰に下げている剣の柄には大粒のルビーがはめ込まれているのがわかった。
どこぞの貴族か騎士であろうか? しかし顔にはさっぱり見覚えが無い。
青年はニコリと笑うと、口を開いた。
「アナタが鮮血伯爵?」
無礼な男だ。初対面の相手・・・しかも貴族に対して”鮮血伯爵”などという俗称で呼ぶとは。
私は若干不機嫌になりながらも、そんな心情は少しも表に出さずに返答をした。
「いかにも、そう呼ばれている」
「やっぱりそうか。それはよかった・・・・・・先に謝っとくけど、ごめんね? 少しアナタの力を試させてもらうよ」
そして青年は腰に下げていた剣をスルリと引き抜いた。
朝日を反射してキラリと輝くは、細身の両刃。素早く踏み込んだ青年は、上段から刃を振り下ろした。
青年は力を試すと言っていたが、木剣しかもっていない相手に真剣で斬りかかる行為・・・どう考えても殺意しか無い行動だ。
自衛の為の剣は持ってきてはいるのだが、鍛練の邪魔になるため、すぐ近くの木の幹に立てかけてある。取りに行く隙は無い・・・なんとか木剣で対応するしか無いだろう。
鋭い剣撃。正面から受けるのではなく、剣の腹で半円を描くようにして刃の向きを逸らす。体勢を崩した青年が驚いたような表情を浮かべた。
こうなってしまえばこちらのものだ。
木剣だろうが真剣だろうが関係はない。隙だらけの頭に一撃を加えれば、木剣であろうと命に届くのだから。
私は構えなおした木剣を振り上げる。体勢を崩した青年に向けた思い切り振り下ろし・・・・・・横から飛び出してきた何者かが、私の木剣の先を鋼の刃で斬り飛ばしたのだった。




