勇者と名乗る男
「・・・小生の無礼をお許し下さいラヴァル郷。しかし、無知で無謀なれど、このお方は王国の希望・・・魔族が跋扈するこの世界に、希望の光を失う訳にはいかぬのです」
そう言って深々と頭を下げるのは、体格の良い初老の男。私の木刀を斬り飛ばした張本人だ。
木で出来た剣とはいえ、素振り用に特注で作った木剣は重く硬い・・・それをこうも見事に両断するとは・・・私は男の無礼よりも、その剣術の冴えに関心してしまった。
よく見れば初老の男の厳つい顔には見覚えがある・・・あれは確か王国との国交の席で・・・・・・。
「・・・もしや王国のヴァハフント将軍ですかな?」
「いかにも。久しいですなラヴァル郷・・・できればこんな形での再会は遠慮したかったのですが」
困った顔でそう言う初老の男・・・レイ・ヴァハフント将軍は、我が祖国と敵対している王国の最強の将だ。
王国の軍は、数こそ帝国より多いものの、その練度は低い。故に国土の劣る我が帝国は、強大な国土を誇る王国と互角に渡り合ってきたのだ。
そんな練度の低い王国の軍の中で、抜きんでて屈強な軍を持つ将軍がいた。
それが目の前の初老の男、レイ・ヴァハフントだ。
彼自身が屈強な兵であるというだけでなく、その指揮能力は凄まじいの一言。古今東西の軍略を知り、決して冷静さを忘れず、勝負所で賭に出る大胆さも併せ持っている。
私が敵国の兵で敬意を持っているのはヴァハフント将軍だけだ。
「・・・将軍、アナタほどの人がこうまでして庇うとは・・・そこの無礼者は何者なのですか?」
私の問いに将軍が答えようとしたとき、黙って話を聞いていた黒髪の青年が一歩前に出てきた。
「俺のは勇者と呼ばれている。よろしくな鮮血伯爵。しっかし、噂には聞いていたけど、アンタかなり強いな。まさか木剣の相手に負けるとは思わなかったよ」
なれなれしい様子で手を差し出してきた勇者を名乗る男。私は忌々しげに舌打ちをして、その差し出された手を払いのけた。
「勇者だと? ふざけた男だ・・・貴様、敵国の貴族を襲撃するということがどういうことかわかっているのか?」
私の言葉に、勇者は笑った。
「今は人類同士で争っている場合じゃないだろう? だから帝国も王国の申し出を受けたんだ・・・違うか?」
その返答で私は理解した。
目の前の勇者を名乗る青年は、世界の情勢を何も理解していないのだと。
魔王が現れたから、人類全員がその敵に向けて一丸となれると心の底から信じているのだ。 ちらりと隣の将軍を見ると、彼は険しい顔をして、そっと目を伏せた。
「・・・まあ、いいだろう。将軍の類い希なる武を目に出来た事に免じて、先ほどの襲撃は許してやる・・・・・・それで? 何故人類が一丸となるべきこの局面で、私に襲いかかってきたのかな?」
「良く聞いてくれた。風の噂で聞いたんだけど・・・アンタ、今度の魔王討伐戦に参加しないんだって?」
勇者の言葉に、私は小さく頷いた。
「ああ、我が軍はつい先日戦から帰ってきたばかりでね、皆疲弊しているのだよ」
そう、それが表向きの理由だ。
「軍は出せないにしてもさ・・・アンタだけでも参加できないかい? 今日はアンタの実力を確かめるために来たんだ。噂では相当強いって聞いていたからね」
私は目の前の勇者の評価をさらに2段階ほど下方修正する。
世間知らずどころではない。実力を確かめるなど、そんな理由で敵国の貴族を襲撃するなんて、正気の沙汰ではない。
将軍は何故このような愚か者を庇うのだろうか?
ここで追い払ってしまうことは簡単だが、かのヴァハフント将軍が庇っているという事実が気がかりだ。
少し情報を集めてから対応を決めたほうが賢いだろう。
そう判断した私は、言葉を選びながら返答をした。
「お前の言いたいことはわかった・・・だが、最終的に判断をするのは皇帝陛下だ。私から陛下に話をしてみよう」
「よかった! アンタみたいに強いヤツが参加してくれるなら、きっと魔王にも勝てるよ!」
無邪気に再び差し伸べられた手を、私は渋々と握り返したのだった。
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