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第8話 邪教


 

 その後、ネロと別れた2人は森へと帰った。相変わらずアルトリアがいると森に入っても迷わず、首を傾げるライネスだった。

 

 「ただいま帰ったぞ、我が家よ!」

 

 やはりアルトリアは家に愛着があるようで誰もいない家に向かってそう言った。

 

 「そんなに長い時間留守にしてた訳でもないのに、何だかやっと帰ってきたって感じがしますね」

 

 ライネスも少し引きこもりに毒されてきたようだった。

 

 まだ夕飯には早い時間だったので部屋を掃除したり紅茶を飲んだりしてまったり過ごしているとコンコン、とノックが聞こえてきた。

 

 「はーい」

 

 ドアを開けるとそこにはローグがいた。食材やら何やらを持ってきてくれたようだ。

 

 「あ、ローグさん。こんにちは」

 「おお、ライネスか。どうだ?調子は」

 「まあなんとかやってます」

 

 ライネスはローグに席をすすめ、紅茶を淹れた。

 

 「いつも来てもらってすみません」

 「なに、俺が勝手にやってるだけだ。…アルトはいつも通りだな」

 

 ローグはソファで本を頭に被せながら寝ているアルトリアをチラリと横目で言った。

  

 「そうだ、アルトさん、外に出たんですよ!」

 「何だと?こいつが?」

 「ええ。昨日は森に出て、今日は街まで行ったんです」

 「そうか…。こいつ、ずっと引きこもってたからなあ。いい傾向だ」

 

 コク、と紅茶を飲む。静かな室内にアルトリアのいびきが響きわたった。

 

 「そういえば、今日街に行ったときまた黒いローブを来た連中に襲われたんです」

 「何?そういやラストアでも襲われたんだったか」

 「はい。似たような連中に…」

 「ふむ。そいつらに何か特徴はなかったか?」

 「特徴……あ!そういえば胸元に十字架を逆さにしたようなマークがありました」

 「十字架か…。分かった、俺の方でも探ってみよう」

 「本当ですか!ありがとうございます!」

 

 その後ローグは夕飯を作って帰っていった。

 

△▼△▼△▼△▼

 

 「アルトさん、僕、冒険者になりたいです」

 

 翌日、アルトリアが起きてくると、ライネスが出し抜けに言った。

 

 「ん〜?冒険者?」

 アルトリアは寝起きで頭が覚醒しておらず、ふにゃふにゃと問い返した。

 

 「はい。自分の身くらい自分で守れないと。それに、やっぱり収入がないですしね」

 

 「好きにするがよい……ふわあ」

 

 まだ眠そうなアルトリアにちゃんと聞いてるのか不安になったが、一応言質は取った。

 

 早速その日のうちにアルトリアを伴ってライネスは街に行き、冒険者登録をした。今度は絡まれることはなかった。登録するのに銀貨一枚必要だったが、ギルドの買い取りカウンターで森で拾ってきた変なきのこや花などが割と高値で売れたので手持ちが無くなることはなかった。

 

 「Fランクかー」

 

 冒険者ランクは最初はFランクから始まり、依頼達成数や討伐数が一定数に達すると上がっていく。

 ライネスは武器が欲しかったが如何せん手持ちが心許ない。しばらくは採取依頼をこなすしかないだろう。

 

 「アルトさんは登録しなくてよかったんですか?」

 

 「ふん、あんな乱暴者の仲間になどなるものか!」

 

 どうやら喧嘩を買って殴られたことを根にもっているようだ。

 

 「別に仲間になるわけじゃないですけどね。」

 

 

そのとき、ライネスは前から走ってきた男にどん、とぶつかられた。


 「あ、すみません」


 ライネスは謝ったが、ぶつかった男は無言で走り去っていった。


 「なんか、感じ悪いですね」

 「うむ。ライネス、地獄送りにしてやれ!」

 「いやそこまでじゃないですけど……ってあれ?」


 ライネスはパンパンとポケットを叩いた。ない。さっきまであったはずなのに。


 「あれ?あれ?ない、財布がない……もしかして!」


 男が去っていった方を見る。いや、落としたという可能性もあるが、この人混みだ。注意はしていた。


 「……すられた」

 ライネスは茫然と呟いた。


 「アルトさんすみません!僕追いかけてきます!」


 言うや否やライネスは走り出した。なけなしの全財産だ。そう簡単に諦められない。

 人混みを縫うようにして走っていく。


 「え、ちょ、待つのだ!我輩を置いていくでない!」


 アルトリアもライネスを追いかけて走ったが、もともと足が遅い上に人混みの中なので歩いている人にぶつかり、迷惑がられていた。そうしているうちにライネスとの距離はどんどん開いていき、ついに足を止めてしまった。大して走っていないがアルトリアは息切れしている。


 「はあ、はあ、くそう、ライネスの奴め。この我輩に、何たる仕打ち……」


 アルトリアは端に寄って、壁に手をついて息を整えた。すると何者かに強い力で腕を引っ張られた。


 「うわっ」


 アルトリアは建物と建物の間に引きずり込まれ、口を布で塞がれた。手足を振り乱して暴れるがしっかり抑え込まれて抜けられそうにない。


 「……こいつ、睡眠薬が効かないぞ」

 「仕方ない。縛って連れてけ」


 相手は複数人いるようだった。アルトリアは手足を縛られ、ズタ袋に入れられて連れ去られていった。


△▼△▼△▼


 「はあ、はあ、くっそ、どこだ」


 ライネスはしばらく走り続けたが財布をすった男を見つけられなかった。そもそもライネスも男の特徴をはっきり覚えているわけではない。すれ違ったのは一瞬だったし、顔はほとんど見えなかった。髪色はどこにでもいる茶髪……だったような気がする。こんな状況で探すのは無謀だろう。


 「くそっ」


 ライネスは悔しさから地面を蹴った。いつの間にか街の中心部から離れていて、辺りにはあまり人がいなかった。

 ふいに後ろからジャリ、と地面を踏み締める音が聞こえてきた。反射的に振り返ろうとしたとき、後頭部に強い衝撃を感じ、ライネスは意識を失った。

 


 

 「……はっ」


 気が付くとライネスは石造りの床の上に寝ていた。冷たい床は体温を奪っていく。軋んだ身体を動かそうとして、手足を縛られていることに気付いた。

 

 「どうしてこんなことに…」

 

 状況を把握しようと辺りを見回す。前方に檻。後方は壁。横にはでかい抱き枕。壁には手の届かない高いところに窓がある。どうやらここは牢屋のようだった。何故牢屋の中に抱き枕があるのか謎だ。そっと抱き枕を触ってみると、何だか生暖かい。不気味に思って抱き枕をひっくり返すと…。

 

 「う〜ん。もう食べられんぞ、ぐへへへ」

 

 抱き枕ではなくアルトリアだった。幸せそうに涎を垂らして寝ている。

 

 「ア、アルトさん!?どうしてここに…」

 

 ライネスはとりあえず起こすことにした。両手は縛られて使えないので呼びかけるしかない。

 

 「アルトさん、起きて下さい!アルトさん!」

 

 「む〜。うえへへへへ」

 

 「アルトさん!寝てる場合じゃないですよ!」

 

 「ん〜。我輩はー、天下一の悪魔なのだー……ぐー」

 

 「もう!」

 

 呼び掛けても全然起きる気配がないので、業を煮やしたライネスは縛られた足を向けてアルトリアを蹴りだした。

 

 「……んあっ?」

 

 ボカボカと何度か蹴るとようやくアルトリアは目を覚ました。

 

 「ん〜。あと50分…」

 

 しかしすぐに二度寝しようとするので、ライネスはすかさず声を上げる。

 

 「アルトさん!大変なんです!起きて下さい!」

 

 そう言ってさらに蹴ると、アルトリアはようやく覚醒したようだ。

 

 「んあー、あ?ライネス?」

 

 「ようやく起きましたか!大変ですよ、僕ら誰かに連れ去られたみたいです」

 

 「何だと?ふっ、我輩の力に恐れをなして先制攻撃をしかけてきたか……軟弱な」

 

 こんな状況だというのに、アルトリアはいつも通りだった。それに少し緊張が抜ける。

 

 「それにしても、やっぱり犯人はこの腕輪を狙ってる奴らなんですかね」

 

 というかそれしか心当たりがないので十中八九そうだろう。そう思いながら訊いてみる。

 

 「いいや、奴らは黒魔術協会の連中だ。我輩の力に恐れをなして捕え、解剖し、新たな黒魔術を行使するつもりなのであろう……ぎゃあ〜っ」

 

 自分が解剖されるところを想像したのか、アルトリアは情けない叫び声を上げた。自分の妄想にそこまで感情移入できるとは大したものである。

 

 「何言ってるんですか。というか黒魔術ってなんなんです?」

 

 「黒魔術とはな、人体の一部を用いて…」

 

 そのときコツコツと石床の上を歩く音が聞こえてきた。

 

 「おい、出ろ」

 

 その男はフードを深く被っており、胸元には十字架を逆さにして槍で突き刺したような紋章がある。

 

 「あっ!」

 

 ライネスは思わず声を上げてしまった。昨日襲って来た奴らと同じ紋章だ。

 

 男は足を縛っていたロープだけを外すと、牢屋の外に出るように促す。

 

 牢屋の外も牢屋と同じく薄暗く、じめじめとしている。

 

 「どうなるんですかね、僕達…」

 

 ライネスは男に聞こえないように小声で囁いた。

 

 「ふはははは!我輩の力で蹴散らしてやる!」

 

 アルトリアは大声で言ったので当然男にも聞こえ、「うるせえ」と頭を殴られていた。

 

 

 連れてこられたのは大きな広間で、床には何やら魔法陣が描かれており、その周りを幾人もの人が囲みぶつぶつと呪文を唱えていた。魔法陣の中心には台があり、その上にトカゲの死体や怪しげな実などが置かれている。

 

 「何だこれは!すごいぞ!我輩もやりたい!」

 

 アルトリアはその怪しげな儀式に興奮して男にせがんでいたがスルーされていた。それでもしつこく「やりたい!やりたい!」と言っていたら殴られていた。

 

 「その台の上に手をおけ」

 

 そう言われ、ライネスだけが魔法陣の中に連れていかれ、アルトリアは陣から少し離れたところに放置された。

 

 ライネスは後ろ手に縛られていたのを解かれたが、片腕をしっかりと掴まれていて逃げられそうにない。トカゲの死体の横に手を置くのは嫌だったが、渋々腕輪を嵌めている方の手を置いた。

 

 魔法陣を囲む男たちは段々と早口になっていく。低い声でぶつぶつと言うので何を言っているのかよく分からないが、ときおり「邪神様」という単語が聞こえてくる。

 

 「邪神?」

 

 もしやこれは邪神召喚の儀なのだろうか。ライネスは邪神のことはよく知らないが、よくないものだということくらいは分かる。このまま邪神が召喚されればまずいことになる。

 

 ライネスは腕輪を見た。これは、邪神を召喚するための道具だったのかもしれない。

 

 呪文が紡がれるにつれ、魔法陣が光を帯びてくる。ライネスは焦った。このままこの陣の中央にいれば何が起こるか分からない。どうにかしないと、と焦るができることは何もない。すぐ横には男が見張っていてライネスの手を押さえつけているのだ。

 

 「ぎゃああああ〜!」

 

 ライネスが焦燥感に駆られていると、アルトリアの悲鳴が聞こえてきた。何かされたのか、と焦って振り返ると、アルトリアは床に転げまわりながら悲鳴を上げている。

 

 「アルトさん!」

 

 何か攻撃でもされたのだろうか。だがそれにしては周囲の男達も困惑している様子だ。ライネスは助けに行きたかったが、横にいる男に腕を掴まれているため無理だった。

 

 「うわあああああ!」

 

 「おい、早くそいつを黙らせろ!」

 

 ライネスの横にいる男が指示し、陣の周りを囲んでいる男たちは何人かが離脱してアルトリアを押さえようと近づいていく。

 

 「あああああ!」

 

 アルトリアは近付いて来た男を転がりながら避け、魔方陣の方へと転がっていく。そして儀式へと乱入し凄まじい勢いで転がり魔方陣の周りにいた男達を蹴散らしていく。

 

 「うわあ!」

 「ぎゃあ!」

 「ぐふっ」

 

 男達は次々と倒れていく。ライネスはポカンとしていたが、突然の事態に横にいる男が手を離してしまっているのに気付き、台を持ち上げて思い切り男にぶち当てた。

 

 「ぐあっ」

 

 男はあっさりと気絶した。周りを見るとほとんどが床に倒れていた。

 

 「やった!アルトさん、逃げましょう!」

 

 「ああああ!虫が、虫が口の中にいいい!」

 

 「そんなのどうでもいいから!ほら早く立って!」

 

 ライネスはアルトリアを無理矢理起こすと走り出した。アルトリアの手を縛っていたものは、暴れているうちに取れてしまったようだ。

 

 「虫が、虫が〜」と騒ぐアルトリアを急かしてライネスは無我夢中で走る。道など分からなかったが、勘で走った。

 

 「ここで行き止まりですね…」

 

 「はあ、はあ…」

 

 ライネスのペースで走ったのでアルトリアは完全に息切れしていた。

 ライネスは扉に手を置いた。扉には錠がかけられており開きそうにない。木製だったら蹴破れたかもしれないが重厚な石造りなのでそれも不可能だ。

 

 「どうしよう…」

 

 「ぐあああ。何たる悪夢…。この我輩をこうも追い詰めるとは……あの神話時代の遺物に違いない…」

 

 「もう!虫が入っただけで大げさな!」

 

 アルトリアは森の中に住んでいるくせに、大の虫嫌いだった。虫が家の中に入ってきたら家中の家具を引っくり返して大暴れするくらい嫌いだった。

 ライネスはアルトリアを見下ろしてため息をついた。だから気が付かなかった。腕輪の茨の意匠が赤く光っていたことを。

 

 「……ん?」

 

 何だか体が傾いていくような感じがして、ライネスは疑問の声を上げた。一瞬目眩でもしているのかとも思ったが、徐々に体が奥へ傾いていきついに倒れてしまった。

 

 「うわあっ」

 

 バタン、と扉が開くとともにライネスは扉の奥に倒れ込んだ。扉の奥は外で、草がチクチクと顔に刺さってくる。

 

 「やった!何でか分かんないけど出られましたよ!」

 

 「くう、根絶やしにしてやる!」

 

 「いつまで言ってるんですか!ほら行きますよ!」

 

 こうして2人は脱出に成功したのだった。

 



 「……それにしても、何で開いたんだろう?」

 

 

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