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第7話 襲撃



 「ぐすっ。ひっく。我輩、もうお家帰る…」

 

 その後表に出た二人は殴り合い、というよりアルトリアが一方的に殴られ、ボロボロになったところでゴートンは満足したのかどこかに行った。

 アルトリアも応戦しようと頑張ったのだが如何せん後衛のため、近接戦には弱かったのだ。フォレストボアに使った"混沌演舞"を使おうとしたのだが、「混沌え……」くらいで殴られ、最後まで言えなかった。「え、ちょ、ま、待て!技名の途中で攻撃を始めるとはなんて卑怯な!」と喚いたが相手は魔物を相手にしてきた粗野な冒険者である。卑怯も何もない。そのまま問答無用で殴られ、ボロボロになったアルトリアはギルドの前で三角座りをしてめそめそ泣いていた。

 

 「ごめんね〜、アルトー。僕が連れて来ちゃったから…」

 

 ネロはアルトの背中を擦りながら言った。

 

 「いやいや、ネロが謝ることじゃないよ。アルトさんが喧嘩を買っちゃったから…。それに、元はといえばあの大男が悪いんだしさ」

 

 「ぐすっ。悪魔公爵たるもの、売られた喧嘩は高く買うものなのだ!」

 

 「いやー、相手見て買ってくださいよ」

 

 しかし参ったな、とライネスは空を仰いだ。折角外に連れ出せたのに、これではまた引きこもりに逆戻りだ。何とかして機嫌を取らないと…。

 

 「アルトー、アルトー、あっちの通りにおいしいケーキ屋さんがあるんだ〜。行かない?」

 

 アルトリアの耳がピクリと動いた。

 

 「けえき?」

 

 「うんー、知らない?ケーキ〜。甘くてふわふわで美味しいよ〜。」

 

 アルトリアはすっくと立ち上がった。

 

 「ふはははは!そんなにこの我輩に献上したいというのなら受けてやろう!」

 

 そして意気揚々と歩きだした。さっきまで落ち込んでいたとは思えないほど元気だ。

 

 「立ち直り早っ」

 

 「アルト〜。そっちじゃないよー」

 

 2人は方向音痴なアルトリアを引っ張ってケーキ屋へ向かうのだった。

 

 

 「む!何だこれは!うまい!うまいぞ!」

 

 すっかり機嫌を直したアルトリアは生クリームに苺ののったケーキを頬張っていた。3人はテラスで食べているがケーキ屋ということもあって周りは女性ばかりでライネスは少し気まずかった。ネロとアルトリアは全く気にしていないが。

 

 「本当ー?よかったよ〜。ここおいしいよね〜」

 

 ネロはオレンジののったさっぱりとしたケーキを食べている。

 

 「うむ!第42代悪魔公爵である我輩に相応しい!褒めてつかわす!」

 

 「ありがと〜」

 

 「何でそんな偉そうなんですか…」

 

 ライネスはビターチョコのケーキを食べながらため息をついた。さっきからアルトリアが騒ぐせいで周りの女性客からクスクスと笑い声が聞こえてくるのだ。ライネスは肩をすぼめた。

 

 「あ、ネロくんだ〜。可愛い〜」

 「本当だ。ネロくーん」

 

 知り合いなのか、女性客が手を振ってきた。ネロはニコニコとケーキを食べながら手を振り返した。きゃーと声が上がる。ネロはお姉さま方に人気のようだ。何故かアルトリアも鷹揚に手を振っていたが当然無視されていた。しかし歓声が自分に向けられたと思ったのか満足そうにしていた。

 

 

 その後アルトリアはケーキを2個追加し、食後に紅茶を飲んでから店を出た。アルトリアは当然のように会計をスルーしたが、ライネスはそこまで常識知らずではない。少ない手持ちから出そうとしたのだがネロに止められ、結局二人分を奢ってもらった。

 

 「ごめんねネロ、僕の分まで出してもらちゃって」

 

 「ううん、僕が言い出したことだし気にしないで〜」

 

 ライネスは謝っていたが、アルトリアは罪悪感がないのか奢られるのが当然だと思っているのか、はたまた対価を支払うという概念がないのか、全く気にしていなかった。

 

 

 3人は特に行くところもないので観光がてらブラブラしていた。アルトリアは街に来たことがないのか見るもの全てに興味深そうにしていた。

 

 「そういえば、なんでアルトさんは幻惑の森に住んでいるんですか?」

 

 「ふっ…。あれは500年前のことだ。天魔大戦のとき我輩は既に超強い吸血鬼かつ悪魔公爵として名を馳せていたが、それ故に天使どもに目をつけられてしまった…。天界の軍勢の半分を単騎で削ったが、さすがの超強くて超かっこいい我輩でも天界の全勢力を向けられてしまっては敵わなくてな。激闘の末にこの下界に落ちてきたのだ…」

 

 「そうだったんだ〜」

 

 「さっきボロボロに負けてたくせに何言ってんですか。てかまだ吸血鬼設定残ってたんですね…」

 

 「ふん!さっきはわざと負けてやったのだ!人間ごときに我輩が本気を出したら死んでしまうからな!ふはははは!」

 

 これが負け犬の遠吠えか、とライネスはしみじみと思った。

 

 「ニャー」

 

 そのとき高笑いするアルトリアの足の間をすり抜けて黒猫が通って行き、路地裏の方へと走っていった。

 

 「あ!猫!」 

 アルトリアはそう叫んで猫を追って走った。

 

 「え、ちょっとアルトさん!?待って下さい!」

 「アルトは猫が好きなんだね〜」

 

 2人も猫を追うアルトリアを追った。

 

 「待て!猫!我輩の眷属となるのだ!」

 

 アルトリアは頑張って走っていたが運動不足の引きこもりが猫に追い付けるはずもなく、路地裏に入ったところで息切れして膝を着いた。

 

 「はあ、はあ、くう、猫め…」

 「ちょっとアルトさん、いきなり走らないで下さいよ」

 「あー、猫逃げちゃったね〜」

 

 一方ネロとライネスは余裕の表情で追いついた。汗1つかいていない。まあそこまで距離がある訳でもないのでそれが普通なのだが。

 

 「ほら、もういいでしょう。行きますよ」

 

 「くう、猫ごときが、我輩の、この第18代悪魔公爵である我輩の手を煩わせるなど!許さん!」

 

 そう言って勢いよく立ち上がったアルトリアだったが、キン、という音が鳴るのと同時に少しよろめいた。

 

 「む?何だ?」

 

 その直後カラン、と何かが落ちる音がして、ライネスは視界の端にキラリと光るものを捉えた。

 

 「…ナイフ?」

 

 「危ない!避けて!」

 

 ネロの悲鳴に近い声が聞こえた瞬間、ギン!という大きな音がした。見るとアルトリアの後ろに黒いローブにフードを深く被った者が剣を振り上げていた。しかし何故か剣は真っ二つになっている。

 

 「な、何だ貴様は!」

 

 アルトリアが後退ると、3人を挟むように路地裏の入口の方から黒いローブが2人現れた。ローブの胸元には十字架を逆さにして槍で貫いたようなマークが描かれている。

 ネロはどこから出したのか杖を構え、ライネスは落ちていたナイフを慌てて拾い、アルトリアは突然の事態にポカンとしていた。

 

 「来るよ!」

 

 ネロが叫ぶと同時に黒いローブが襲い掛かってきた。ネロは2人を同時に相手取り杖で的確に急所を狙い足止めをし、後ろにいるライネスとアルトリアの方に向かわないようにしていた。さすが冒険者である。

 一方最初に襲い掛かってきた男は折れた剣を捨て、素手でアルトリアに向かった。未だポカンとして動けないアルトリアは向かってくる拳を避けられなかった。

 

 「アルトさん!」

 

 ナイフを握ったもののライネスもまた動けなかった。戦ったことなどないし、人を傷付ける覚悟もない。ライネスは悔しさに唇を噛んだ。

 

 蹲ったのは男の方だった。何故か拳を抑えて呻いている。アルトリアは殴られてもまだポカンとしていたが、はっと我に返ると叫んだ。

 

 「我に仇なす者に永遠の眠りを!混沌演舞!」

 

 手を前に突きだして唱えると、男は目を回して倒れ込んだ。これで3対2だ。

 2人はネロに加勢しようと向かっていくが、仲間を倒されたことに気付いた黒いローブ2人は戦闘を止め、一瞬の隙をついてネロの横をすり抜けた。

 ネロは抜けられたことに慌てたが、黒いローブはライネスとアルトリアを攻撃するわけではなく、倒れた仲間を担いで路地裏の奥へと逃げて行った。

 

 「ふうー。危なかったね〜」

 

 2人を相手取っていたネロは額に浮かんだ汗を拭う。口調はいつもの調子に戻っていたがまだ息が荒い。

 

 「ふふ。我輩の力に恐れを成して逃げたか。小物だな」

 

 アルトリアはローブをばさあっと靡かせてドヤ顔をしている。殴られたのは忘れたらしい。

 

 「あの…ごめん、僕、何もできなくて…」

 

 ライネスは落ち込んでいた。同い年で背も小さいネロは果敢に戦っていたのに、自分は何も出来なかった。罪悪感で心が一杯だった。

 

 「そんなことないよー!突然だったし、冒険者でもないのに立ち向かうって、すごく勇気のいることだと思うよ」

 

 「ネロ……ありがとう」

 

 「そうだぞ、ライネス。一般市民は我輩の力に恐れ慄いておればよいのだ!」

 

 「ところでさっきの連中何なんですかね?」

 

 ライネスはアルトリアの言葉をスルーした。

 

 「最初に飛んできたナイフだけど、あれ多分ライネスを狙ってたと思うんだよねー」

 

 「ええ!僕を!?」

 

 ライネスは未だ手に持っていたナイフを見た。これが刺さってたらと思うとぞっとした。

 

 「あれ?でもナイフは弾かれてたし……え?もしかしてアルトさん当たってました?」

 

 「む?確かに何か当たったような」

 

 そう言ってアルトリアは胸の辺りを触って気付いた。

 

 「ない!我輩のネックレスがない!」

 

 「え?またですか?」

 

 「あ、ここに落ちてるよ〜」

 

 ネロは赤い石の嵌められたネックレスを拾って掲げた。ネックレスの紐は切れており、石も心なしか欠けているような気がする。

 

 「ネックレスがナイフを防いでくれたんですね」

 

 「むう。なぜ我輩のネックレスはこうも狙われるのか」

 

 アルトリアはネックレスを懐にしまった。

 

 「そういえばさっきアルトに思いきり剣が当たってたけど大丈夫〜?」

 「む?そうだったか?」

 「ええ!何で剣が当たったのに無傷なんですか!?」

 「ふはははは!この魔界の支配者とも呼ばれた我輩が剣くらいで死ぬわけなかろう!」

 「アルトは石頭なんじゃないかな〜。さっきも剣の腹が当たってたし〜」

 「え、ええ?石頭って…」

 

 ネロはとたとたとアルトリアのところに駆け寄ると頭に手を当てた。

 

 「アルトー。念の為治療してあげるよ〜」

 「うむ。くるしゅうない!」

 

 ネロの手からぽわ、と緑の光が溢れ出る。それをライネスは感心しながら見ていた。

 

 「ネロってすごいね。杖術だけじゃなくて治癒術も使えるんだ」 

 「あはは。治癒術師ヒーラーだからねー」

 「うそ!ヒーラーってあんなに戦えるの?」

 「まあ護身術程度だけどね〜」

 「あれで護身術…」

 

 ライネスは先程の戦いを思い出して複雑な気持ちになった。自分はよく分からない連中に狙われているというのに自分の身1つ守れない。

 ……狙われている?

 

 「僕のせいだ…」

 

 ライネスはぽつりと零した。

 

 「え?」

 

 「さっきの連中、僕のせいなんだ。ラストアにいたときも変な連中に襲われて、それで幻惑の森まで逃げて…」

 

 ライネスは今までの経緯を説明した。

 

 「ごめんネロ、僕のせいで巻き込んで…」

 「ううん、ライネスのせいじゃないよ!僕も助けてもらったしお互い様だよ!」

 「ありがとうネロ…」

 

 

 「わ、我輩は…?」

 

 2人はアルトリアの存在をすっかり忘れていた。

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