第9話 火事
あの後2人は追いかけられないように何とか街を出て森へと帰った。その後アルトリアは虫が口の中に入ったのがよっぽどトラウマになったのか、一歩も外にでることはなかった。せっかく外に出られたと思ったのに、元の引きこもりに戻ってしまったのだ。
あの邪教事件から一週間が経った。アルトリアは相変わらず家でゴロゴロしている。ライネスは文句を言いたかったが、今街に行くのは危険なのも分かっているため、何も言えずもやもやとした。
アルトリアが散らかした部屋を片付けていると、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。ローグだろうか。
「はーい」
ドアを開けると、そこにいたのはローグではなくネロだった。
「ネロ!どうしたの、こんなところまで」
「いや〜、最近街に来てないみたいだから、どうしてるのかなーって」
とりあえずライネスはネロを家に上げた。
「汚くてごめんね〜。そこに座ってて」
「お邪魔します〜」
「おお、よく来たなネロよ。我輩に貢物か?」
「あはは。そういう訳じゃないけど、お土産なら持ってきたよ〜」
ネロはそう言って持ってきた箱を掲げた。
「何!真か!」
途端にガバリ、と起き上がるアルトリア。現金な奴である。
「わー!わざわざごめんね」
「何だ、ケーキか!?」
「ケーキじゃないよ〜。今日はねー、シュークリームだよー」
ネロは箱を開けてみせた。中には有名店のシュークリームが3つ入っている。
「おおー!これは初めてみるが美味そうだな!褒めてつかわす!」
「ありがと〜」
早速アルトリアはシュークリームに手を伸ばし、頬張る。サクふわっとした食感の後に、甘いカスダードがやってくる。
「ん〜!美味い、美味いぞ!」
「本当?よかった〜」
「じゃあ僕もいただきます。ん!美味しい!」
一頻り食べて落ち着いた後、ライネスはお茶を淹れた。
「ところで、ネロは一人で来たの?魔物に襲われなかった?」
「うん。魔物避けの香も持ってきたし大丈夫」
「そっか。ならよかった」
ネロは満足してソファで寝こけているアルトリアを見た。
「アルトって、家ではぐーたらなんだね」
「そうだよ!ずーっとゴロゴロしてる引きこもりなんだ。こないだは外に出たけど、また戻っちゃって…」
そのときピクリ、とネロの耳が動いた。ネロは押し黙って、聴覚を集中させた。
「…ネロ?どうかした?」
突然黙ってしまったネロにライネスは何か気に触ることでもしたのだろうか、と不安になった。
「しっ。聞こえない?外から足音がする…」
「へっ?足音?」
ライネスもじっと耳を澄ませてみるが、アルトリアのいびきしか聞こえなかった。そもそも窓もないこの家で外の、しかも足音なんてよっぽど耳がよくなければ聞こえない。
「うーん、分かんないなあ。足音って、誰か来てるってこと?あ、もしかしてローグさんかも」
「いや、複数の足音がする…」
ネロがそう言った瞬間だった。
ドゴオオオン!
壁の一部が吹っ飛び、部屋の中に火矢が飛んできた。瞬く間に火は燃え移る。
「うわあああああ!」
「ん〜、むにゃむにゃ…」
アルトリアは轟音が響いたというのに未だソファで寝こけていた。そうしているうちに火がソファに燃え移り、アルトリアは炎に包まれた。
「ぎゃああああ!アルトさあああん!」
「ん〜、何故こんなに暑いのだ…」
ようやく起きたアルトリアは視界に燃えているソファが映り、一瞬硬直した後、自分のローブにも燃え移っているのに気が付き、「ぎゃあああ!」と叫びながら床を転げまわった。
「とりあえず外に出よう!」
3人は燃えかけているドアを開け、外に飛び出した。服を叩いて火を消す。
ネロは視界の端で、木をつたって逃げて行く人影を捉えた。
「家が…」
木製の家は瞬く間に燃えていった。火を消そうにも、水も何もないこの森の中では不可能だ。
「このままだと木にも燃え移る!早く逃げよう!」
ネロは2人にそう言ったが、ライネスとアルトリアは呆然として動かなかった。ライネスは短い期間とはいえ1ヶ月は住んでいたし、アルトリアはずっと住んでいた家が燃えたのだ。煌々ときらめく炎を、家だったものを、2人は見続けた。
家が完全に燃え尽きた後、火はふっと消えた。木に燃え移って森が焼けるかもしれないと案じていたネロはほっとした。火は魔術的なものだったのかもしれない。
「わ、わが、我輩の、家が……」
アルトリアはがっくりと地に膝をついた。家は炭になってしまった。
「我輩が、何をしたというのだ…」
「アルト…」
「アルトさん…」
家を建てるのは大変だ。一生に一度の大仕事と言ってもいい。その家が完全に燃えてしまったのだ。そのショックは計り切れない。
ネロはアルトリアの背を撫でようとしたが、その前にアルトリアは跳ね起きた。
「わっ」
「くっくくくく。くはははは!この!宵闇の悪夢と呼ばれた我輩を!ここまでコケにするとは…いいだろう、受けて立つ!ふはははは!」
燃え尽きた家を前にして、アルトリアは笑い続けた。
「アルト、大丈夫かな〜?」
「いつもこんなもんじゃない?」
そのときドサリ、と後ろから音がした。振り返ると、食材を地面に落として呆然としているローグがいた。
「な、何だこれは…」
「あ、ローグさん。家、燃えちゃいました…」
「嘘だろ…」
その場にはアルトリアの笑い声が虚しく響きわたった。
△▼△▼△▼△
「なるほど…そういうことだったのか」
ライネスはローグに家が燃えるまでの経緯を説明した。
「そういや、あの紋章を調べたんだが、あれはフィルサ教という邪教の紋章だった」
「フィルサ教?」
「ああ。神話でフィルサという邪神が出て来るだろう?その邪神を崇めている教団だ。聖教会から目をつけられてる」
聖教会は国教であるアレシア教を信仰している、この国で一番影響力のある教会だ。
「火をつけたのもそいつらに違いないです!」
ライネスは憤慨して言った。
「ああ、多分そうだろうな。狙いは腕輪…か」
ローグはライネスの手に嵌めてある腕輪をちらりと見た。一見何の変哲もない普通の腕輪に見える。
「ふはははは!この黒煙の悪夢と呼ばれた我輩に喧嘩を売るとはな!皆のもの、奴らのアジトを大破させるぞ!」
アルトリアはやる気満々で今にも飛び出して行きそうである。
「まあ待て。ここは憲兵に通報して、街側で対処するべきだ。俺達が私怨で動くべきしゃない」
「何だと!では貴様は来なくていい!我輩は一人でも行くぞ!」
「僕も行きますよ!こんなことまでされて黙ってられません!」
「ボクも行くよ〜」
ローグはため息をついた。
「危ないって言っても聞かないんだろうな。しかし倒すあてはあるのか?」
「ふっ。我輩の真の力を解放すればあんな奴ら一撃だ!」
アルトリアは何故か自信満々だった。だったら最初から本気出せよ、とアルトリア以外の面々は思ったが口には出さなかった。
「作戦を考えましょう!」
「う〜ん。アジト内に毒でも撒く?」
以外とえげつないことを考えるネロだった。
「いや、それだと周りに被害が出るかもしれない」
「それじゃ駄目かあ。そういやアルトさんは敵に幻覚とか見せられないんですか?」
「ふっ。我輩に不可能などない!」
アルトリアはローブをばさあっと翻してドヤ顔をした。
「行くぞ!幻想神花!」
手を前に突き出し技を唱えたアルトリアだが、特に周囲に変わった様子はない。
「あれ〜?失敗?」
ネロがコテン、と首を傾げる。
「何を言う!ちゃんとそこにあるではないか!」
アルトリアは憤慨して地面を指差した。そこには一輪の黄色の花が咲いていたが、幻覚なのか元々そこに生えていたのか判別がつかない。
「元々そこに生えてたんじゃないですか?」
ライネスが胡乱な目をして言った。
「ふっ。この程度も見抜けぬようではまだまだだな」
アルトリアがパチン、と指を鳴らすと黄色い花が消えた。おお〜と歓声が上がる。
「でも花生やすだけってしょぼくないですか?」
「そんなこと言ったら可哀想だよ〜」
失礼なことを言い出すライネスをネロが諌めるが、その言葉はアルトリアに突き刺さった。
「お、お、お前らなんて……お前らなんて知るかああああ!」
叫びながらアルトリアは森の奥に走っていった。
「あーあ。お前らやっちまったなあ」
「ぼ、僕探してきます!」
「ボクも〜」
ライネスとネロはアルトリアが走っていった方角目指して探しに出た。
「アルトさーん、出て来てくださーい」
「アルト〜、出ておいでー」
2人は森を歩きながら呼びかけるが、一向に出てくる気配はなかった。
「どこまで行ったのかなーあの人」
「いないね〜」
それからしばらく歩くと、すすり泣くような声が聞こえてきた。
「この声、アルトさんじゃない?」
「だね〜。行ってみようかー」
「ぐすっ、ひっく。我輩だって、頑張ってるのに……うわあああん」
アルトリアの姿は見えないがそんな声が聞こえてきた。
「アルトさん、出て来て下さい!」
「こっちに来るでない!お前なんか嫌いだ!」
「すみません、僕が間違ってました!許してください!」
「ごめんねアルト〜」
「…仕方ない。ケーキ5個で許してやろう!我輩は寛大だからな!ふはははは!」
相変わらず姿は見えないが、仁王立ちしてる様子が目に浮かぶようだ。ライネスとネロはほっと安堵の息をついた。
「じゃあ早く帰りましょう。ローグさんも待ってますよ」
「うむ」
「アルト〜。早く出ておいで〜」
「……む?」
「そうですよ。もう怒ってないんなら隠れる必要もないでしょう?」
「……ん?さっきから何を言っておる。我輩はここにいるではないか」
ライネスとネロは顔を見合わせた。アルトリアの姿は声が聞こえたときからずっと見えないままだ。
「えっと、何処にいるんです?」
「お前の後ろだ」
「え!?」
ライネスは慌てて振り返るが、そこには誰もいない。木々が見えるだけだ。
「いないですよ?」
「何だと?もしや今度は我輩をいないものとして扱って虐めておるのか?この、陰険な奴め!」
がし、と頭を掴まれた感覚がして、ライネスはもう一度振り返るが、やはりそこには誰もいない。
「え?え?」
「もしかしてアルト、透明になってるんじゃない?」
ネロがのんびりと言った。
「何だと?」
パチン、と指を鳴らす音がしたと思うと、ライネスの後ろにアルトリアの姿が現れた。
「おお〜!すごいですアルトさん!透明になれるなんて!」
「すごいよ〜」
「そ、そうか?ふっ、これくらい朝飯前だ!」
褒められて満更でもないアルトリアだった。




