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第5話 vsフォレストボア


 

 フォレストボアの向かった方角を歩いて10分ほど経ったとき、ライネスは口を開いた。

 

 「アルトさん、勢い込んで来たはいいものの、ほんとにこっちであってるんですかね」

 

 「ふっ、我輩の嗅覚がこっちだと言っている!」

 

 フォレストボアは走り始めたら一直線なので、まあこっちだろうなとは思いつつも、ライネスは少し不安になった。

 

 「というかここって幻惑の森ですよね?僕たち知らない間に迷ってたりして…」

 

 ライネスは木に印をつけながら歩いていたが、今のところ同じところを巡ったり迷ったりはしていない。幻惑の森は一度入ったら出られないとまで言われているので、未だに迷っていないのが不思議だった。

 

 「ふはははは!悪魔公爵たるこの我輩がこんなちんけな森ごときに迷うわけがなかろう!」

 

 アルトリアは自信満々でずんずんと先を進んでいく。それに遅れないようについて行きながら、ライネスは周りの様子を見ながら慎重に歩く。

 

 1キロほど歩いたとき、フォレストボアの群れが見えた。

 

 「アルトさん、あれ!」

 

 ライネスが指を差すと、アルトリアも気付いた。

 

 「ふっ。小汚い豚どもがひしめき合っておる。まるでゴミのようだ!ふはははは!」

 

 「ちょ、そんな大声出すとバレますよ!」

 

 さらに近付いてみると、ライネスは異変に気付いた。なんとフォレストボアの下敷きになっている人間がいたのだ。見たところまだ幼く、12歳くらいに見える。子供はをぶかぶかの服を着ていて、土で大分汚れていた。

 

 「アルトさん見てください!子供がいます!」

 

 「ふふふ。フォレストボアの子供か?ローストにしてやる!」

 

 「違いますよ!人間の子供です!早く助けないと!」

 

 とは言っても、これだけの数のフォレストボアがいる中で闇雲に突っ込むのは危険だ。何か作戦を立てないといけないが、あまり時間をかけても子供が危なくなる。どうしようとライネスが考えていると、隣にいたはずのアルトリアの姿が忽然と消えていた。

 

 「あれ!?アルトさんどこに行っ……」

 

 「ふはははは!平伏せ愚かな豚共が!慄け!泣き叫べ!深淵を覗く者、第58代悪魔公爵、アルトリア・ロイド様だぞ!!」

 

 アルトリアは変な口上と共に悠然とフォレストボアの群れに向かって歩いていた。

 

 「アルトさああん!?何してんですかあああ!?」

 

 「ふはははは!この我輩に怖れをなして声も出ぬか……ってちょっと待つのだ!そんな一斉に来るでない!うわあああ!」

 

 当然のことながらアルトリアはフォレストボアたちに気付かれ、一斉に突進されていた。しかし全てのフォレストボアがアルトリアに向かっていったため下敷きにされていた子供はノーマークとなった。

 

 「今のうちだ!」

 

 ライネスはこの隙に子供を安全なところまで運び、怪我の具合などをチェックした。

 

 「うーん、目立った怪我や傷はないなあ。でも失神してる…」

 

 子供の頬を軽く叩くと、子供はうーんと唸ってからゆっくりと口を開いた。

 

 「ここは……どこ?」

 

 「あ、気付いたね。ここは幻惑の森だよ。君はフォレストボアの群れの中で倒れていて危険な状態だったんだよ」

 

 「そうだったんだ〜。助けてくれてありがとう。ところであの人はいいのー?」

 

 子供が指差した先にはアルトリアがフォレストボアの群れに埋もれていた。ライネスはため息をついた。

 

 「あの人は…まあ頑丈だから。それより君のことだよ。痛いところとかない?大丈夫?」

 

 「うん。大丈夫だよ〜。あ、僕ネロっていうんだー。よろしくね〜」

 

 子供――ネロはのんびりと間延びした喋り方で、さっきまでフォレストボアの下敷になっていたというのに緊張感が全くない。

 

 「ネロくんね。僕はライネス。あっちで襲われてるアルトさんのところで世話になってる。ところで、どうしてこんな森の中にいたのかな?」

 

 ネロはうーんと顎に手を当てて首を傾げた。

 

 「どうしてだっけ〜? あ、そうそう、パーティメンバーと森の浅いところを探索してたら、いつの間にかはぐれちゃったんだ〜」

 

 「パーティメンバーって、君冒険者なの?子供にしか見えないけど……」

 

 ネロの外見はどう見ても12歳くらいにしか見えない。冒険者になるには最低14歳からなので、ネロは少なくとも14歳以上ということになる。

 

 「あはは。僕こう見えても15なんだよ〜。よく子供に間違えられるけどねー」

 

 「うそ!全然見えない…。てか僕と同い年だ」

 

 「そうなんだ〜。よろしくね〜」

 

 ネロとライネスが交流を深めてる間に状況は変化していた。アルトリアに殺到していたフォレストボアがいつの間にか1匹を除いて遠回しに様子を伺っている。彼の前に立つのはネックレスを持った個体。何がどうなったのか分からないが一対一の決闘にもつれ込んだようだ。

 

 「ふはははは!ここで会ったが百年目!貴様など成敗してくれるわ!」

 

 アルトリアは仁王立ちでふんぞり返って言った。

 それに応えるように、ブロロ、と鼻息荒く後足を蹴り気合を入れるフォレストボア。

 

 なんだこれ、と思いつつライネスは決闘の行方を見守ることにした。

 

 「ふっ。貴様のような醜い豚など、これで終わりだ!酔い狂え、"混沌演舞"!」

 

 手のひらを前に突き出し何やら技名らしきものを言うと、フォレストボアは急に目を回してフラフラしだしたかと思うとバタリと倒れてしまった。あっけないほど瞬殺だった。

 

 「うそ……」

 

 今までアルトリアの情けない姿しか見てなかったライネスは、彼の意外な活躍にあんぐりとしていた。

 

 「おお〜。やるねえ〜」

 

 一方ネロはパチパチと拍手した。いや、袖が長すぎて手が隠れてしまっているため、実際にはポフポフという音しか出なかったが。

 

 「ふっ、これが幻術というものだ」

 

 バサリとローブを翻して颯爽とその場を去ろうとするアルトリアに、様子を伺っていたフォレストボアが一斉に襲いかかった。仲間を倒されて怒ったのか、恐怖したのか。いずれにせよフォレストボアに殺到されたアルトリアはもみくちゃになり、折角格好つけたのに台無しであった。

 

 あらら、とネロは口元に手を当て、ライネスは額に手を当ててため息をついた。一瞬格好よかったかも、と思ったがやはり師匠は残念なままだった。

 

 「うがー!下等生物が我輩に群がるでない!混沌演舞!混沌演舞〜!」

 

 混沌演舞は1匹ずつにしか使えないのか、連呼しながら地道に倒していった。これが魔術師だったら炎の魔法とかで一発なんだろうな、と思うと遠い目になるライネスだった。

 

 「はあ、はあ、醜い、豚、どもが、この至高の、幻術師、アルトリア様に、勝てる、とでも…」

 

 アルトリアは何とか全て倒した後、地面に膝をついて荒い息をしていた。もともと引きこもりで体力がない上に一対多の不利な状況だったので、相当体力を減らされていた。

 

 「さて、じゃあ終わったし帰ろうか」

 

 「そうだね〜」

 

 ライネスとネロの二人が踵を返してスタスタと歩いて行く。それをアルトリアが息も絶え絶えな様子で引き止めた。

 

 「ま、待て…!我輩を、置いていくでない!」

 

 「えー、じゃあ早く立ってくださいよ」

 

 「む、貴様、師匠である我輩が死闘を演じたというのに労る気はないのか!……だがまあいい。お前に特別に我輩を背負う権利を与えてやる」

 

 「えー…」

 

 つまり疲れたからおぶれということだった。ライネスはジト目で見やる。アルトリアは割と高身長で、ライネスとは15センチ差くらいある。それに比例して体重にも差があるはずなので、この森の中を背負って歩くのは無謀だった。

 ライネスは体格に劣る弟子に背負わせようとするとは何事か、と呆れながらバッサリと切り捨てた。

 

 「無理です」

 

 がっくりと項垂れるアルトリア。情けない師匠であった。

 

 「あ、じゃあ僕が背負うよ〜。助けてもらったお礼ってことでー」

 

 そんなことを言い出したネロをライネスはまじまじと見た。ライネスが最初に子どもと勘違いした通り、ネロは身長が低い。ライネスより10センチは低いだろう。

 

 「いやいや、無理しなくて「本当か!?」

 

 ライネスが止めようとしたところをアルトリアが被せてきた。この駄目師匠、自分より遥かに小さい子に背負ってもらう気満々である。プライドはないのか。

 

 「うん。一応冒険者だからねー。力はある方だよ〜」

 

 「うむ。くるしゅうない。では任せた!」

 

 「はーい。どうぞ〜」

 

 そういって屈んで背を向けたネロに負ぶさるアルトリア。ネロは重さを感じさせないような軽やかさですっと立ち上がった。

 

 「じゃあ行こっか〜」

 

 本当に背負うとは思っていなかったライネスは目を白黒させながら付いて行った。

 

 

 「そういえば、ネックレスは取り返したんですか?」

 

 「うむ。ちゃんとここにあるぞ」

 

 アルトリアは懐から真っ赤な石のついたネックレスを取り出してみせた。もしかしたら忘れているかも、と思っていたライネスはほっとした。

 

 「それ、大事なものなんでしょう?次は落とさないようにして下さいね」

 

 「大事なもの、か……」

 

 なんだか急に憂いを帯びた表情になったアルトリア。それにライネスは少し驚いた。いつでも偉そうで馬鹿っぽい発言をして情けない師匠の、こんな複雑そうな表情は初めて見たのだ。

 何かそのネックレスには秘められた過去があるのかもしれない。そう思ったライネスは余計な詮索はしないように決心をし――

 

 「これは昔、棚の角に小指をぶつけたらその衝撃で上から降ってきたのだ…。それ以来、もったいないからずっと着けておるのだ!」

 

 案外しょうもない過去だった。

 

 

 

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