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第4話 脱!引きこもり


 

 ライネスがアルトリアの家に来てから2週間が経った。その間のアルトリアの生活は酷いものだった。昼近くに起きてきたと思うとパンをもそもそと食べ、それ以外はずっと読書。自分の部屋に引きこもり、時には居間に出てきたりはするが、基本的にずっと本を読んでいる。夜になると風呂に入って、また読書。夜ご飯さえ食べないのだ。そしてまた部屋に引きこもる。3日に1度くらいの頻度でローグが来て軽く家事をしてくれるので何とかもっていたようだが、それがなければとっくに生活は破綻していただろう。ライネスが来てからは掃除、洗濯、料理などの家事を毎日していたので家の中は大分ましになったが、アルトリアは相変わらず何もしない。ライネスは家に置かせてもらってるのだから、と我慢していたが、2週間が経ちそれも限界に達した。

 

 「アルトさん、いい加減にしてください!不健康すぎます!」

 

 今日も今日とて本を貪り読んでいたアルトリアに、ライネスの雷が落ちた。アルトリアは読んでいた本から目を離しチラ、とライネスを見た。

 

 「何を言う。我輩は生まれてから一度も病気になったことなどないのだ!ふはははは!」

 

 「そういう意味じゃないですよ!毎日毎日何もせずにゴロゴロと…。見てるこっちが不健康になりそうです。せめてちょっとは動いて下さい!」

 

 アルトリアはむう、と唇を尖らせた。

 

 「別に誰にも迷惑をかけてないのだからいいだろう」

 

 「かけまくりですけど!? 特にローグさんに! 今のセリフ、ローグさんに言えますか!?」

 

 「む〜」

 

 アルトリアは更に口を尖らせたが、世話をかけてる自覚はあるのか反論はしなかった。

 

 「そういえば、アルトさんは仕事しないんですか? この2週間で働いてるとこ見てないですけど。ローグさんに生活費を出してもらってるんですか?」

 

 「ふはははは! 悪魔公爵たる我輩は下々の者のようにあくせく働いたりはしないのだ! それに、ローグから金を貰っているわけでもない」

 

 「じゃあお金はどうするんですか?」

 

 食料はローグからの差し入れや周辺の森から採取すれば何とかなるが、衣服や道具などは買わなければならない。当然ながら仕事をしなければお金は入らない。それなのにこの家は物に溢れていて、高価な本やお風呂まであるのが不思議だった。

 

 「金などいらん!」

 

 ライネスはため息をついた。

 

 「じゃあせめて外に出ましょうよ。ずっと家にいると体が悪くなりますよ」

 

 「ふん。我輩は悪魔公爵だから体が悪くなったりしないのだ。それに、我輩は真祖たる吸血鬼でもあるからな、日の光を浴びると灰になってしまう」

 

 「その設定なんなんですか…。せめてどっちかにして下さいよ、設定盛りすぎです」

 

 設定ではない!と騒ぐアルトリアを尻目に、ライネスは頭を抱えた。このままゴロゴロとし続けられるとアルトリアの健康はもちろん、ライネスの精神衛生上よろしくない。

 

 どうすれば外に連れ出せるか必死に頭を回転させて考えていると、そういえば自分はアルトリアの弟子になったことを思い出した。アルトリアは魔術師であるローグと知り合いだし、こんな森の中に住んでいるし、今までの自堕落すぎる生活を見ていて思いつかなかったが、もしかしてアルトリアは魔術師なのでは?と考えたところでライネスは作戦を思いついた。

 

 「そうだ!アルトさん、僕に魔術を教えて下さい!」

 

 「む?魔術?」


 「アルトさんは魔術師ですよね?僕、魔術って使ったことなくて、憧れてたんです!ぜひ僕に教えて下さい師匠!」

 

 アルトリアの頭の中で「師匠」と「憧れてた」という単語がぐるぐると回った。

 

 「ふ、ふふふ。ふはははは!そうか、我輩に憧れていたのか!よかろう、100年に1人の鬼才と謳われたこの我輩が直々に教えてやろう!」 

 

 別にライネスはアルトリアに憧れていたとは一言も言っていないが、都合よく解釈をねじ曲げた本人は全く気付かず、ライネスもアルトリアを外に連れ出せそうなのでわざわざ指摘しなかった。機嫌がいいのならそれに越したことはない。

 

 「じゃあ早速外に出て練習しましょう!ああ、楽しみだな〜」

 

 そうだな、と頷きかけてアルトリアは外?と首を傾げた。 

 

 「ちょっと待て。外と言ったか?」

 

 少し焦った様子のアルトリアに、ライネスはわざとらしく首を傾げた。

 

 「そうですよ。魔術の練習をするんですから、当然外に出ますよね?家の中じゃ危ないですから」

 

 既に玄関で靴を履いているライネスはやる気満々に見える。今にもドアを開けて外に出て行きそうだ。

 

 「いやいや、待つのだライネス。我輩は外に出たら灰になると言ったであろう?」

 

 「でも、魔術の練習は外じゃないとできませんし…。もしかして師匠、外に出れないから僕に教えてくれないんですか?外に出れないから…。僕、とっても楽しみにしてたのになあ」

 

 ライネスは「外に出れない」を強調しつつ大袈裟に肩を落としてため息をついた。

 

 「うっ、いや、その……そうだ、家の中でも練習はできるぞ!」

 

 「え?そんな訳ないでしょう。こんな家の中で攻撃魔法なんか放ったら、家の中滅茶苦茶になりますよ」

 

 「案ずるな。我輩、攻撃魔法なんて使えないしな!」

 

 アルトリアは仁王立ちをして言い放った。ライネスはその言葉を理解するのに数秒かかり、「ええっ!?」と声をあげた。

 

 「ど、どういうことですか!アルトさん、魔術師じゃないんですか!?それともへっぽこすぎるんですか!?」

 

 「む、我輩はへっぽこではない!それに、誰が魔術師だと言った?我輩は…」

 

 アルトリアはばさあっとローブを翻し、ドヤ顔でこう言った。

 

 「幻術師だ!」

 

 シーンと、その場に耳に痛いほどの沈黙が降りた。数秒間の沈黙の後、我に帰ったライネスが声をあげる。

 

 「はあ!?え、じゃあ今までの下りなんだったの!?てか、誰が魔術師と言った?ってあんた否定もしなかっただろ!」

 

 「む?そうだったか?」

 

 アルトリアは「師匠」と「憧れてた」という単語に気を取られ、その前の話が全く聞こえていなかった。

 

 「はあ…。まあいいや、じゃあ外に出ましょう」

 

 外に出すための口実とはいえ、魔術に憧れがあったのは事実で教えてもらうのに少しわくわくしていたライネスは気落ちしたが、本来の目的を果たすべく気を取り直してそう言った。

 

 「いや、だから外はだな……」

 

 「はあ〜。魔術を教えてもらえない上に、師匠が外にも出れない軟弱者だなんて、幻滅しちゃうなあ」

 

 アルトリアはむ、と眉を寄せた。

 

 「何を言う!我輩は軟弱者ではない!それに、魔術なんぞより我輩の幻術の方がすごいのだぞ!」

 

 ふーん、と疑わしい目を向けるライネスに、アルトリアはビシッと指を向けた。

 

 「見てろよ、泣いて我輩に教えを乞わせてやる!!」

 

△▼△▼△▼△▼

 

 「ひっく、えぐ、わ、わが、はいの、ひっく、ネックレスがああ」

 

 1時間後、森の中でアルトリアは号泣していた。

 

 あれから、ライネスはアルトリアを外に連れ出すことに成功した。最初は恐る恐る家の周辺を歩いていたアルトリアだったが、段々調子に乗って森の中を探索すると言い出した。何の準備もなしに幻惑の森を歩くのは危ないとライネスは止めたのだが全く聞かず、アルトリアは森へと向かってしまった。

 仕方なく付いて行き、不思議と迷わずにしばらく歩くと近くの茂みがガサガサと揺れ、急にフォレストボアが目の前に現れた。フォレストボアは人を見るとなりふり構わず突進して来る低レベルの魔物だ。戦い慣れていればただ無闇やたらと突進して来るだけなので余裕を持って倒せるが、アルトリアは引きこもりな上に丸腰だった。

 

 「グオオオオ!」

 

 フォレストボアは前を歩いていたアルトリア目掛けて突進した。アルトリアはポカンとして突進して来るフォレストボアを見つめたまま、避けることすらできなかった。

 

 「アルトさん!」

 

 ライネスの叫びと同時にフォレストボアはアルトリアにぶつかった。アルトリアはその衝撃に地面をゴロゴロと転がった。しかしそれで終わるはずもなく、フォレストボアは更なる追撃を行う。地面に転がるアルトリアに突進し、腹を蹴り上げ、踏みつける。

 

 「ぎゃあ!このイノシシ風情が生意気な!この我輩に挑んだ度胸だけは……って、ちょ、ちょっと待て、ぎゃあ!待てと言うておろうが!!」

 

 アルトリアはぎゃあぎゃあ言いながら暴れ回るフォレストボアに拳を振り回すが全く当たっていなかった。

 

 「くっ、この!この!」

 

 当たらないことが悔しかったのか今度は毛を毟り始めた。フォレストボアは苦痛の声を上げ、更に怒り狂ったように突進を重ねる。

 

 そうして1人と1匹はしばらく暴れ回りアルトリアのローブがボロボロに、フォレストボアの毛が少し薄くなった頃、勝負の終わりは訪れた。

 

 「あ」

 

 何度目かのフォレストボアの突進を受けたとき、アルトリアの首からネックレスが外れ、離れた地面に落ちた。フォレストボアは何度も突進して満足したのか、これ以上毛を毟られることを危惧したのか、立ち去っていった。落ちたネックレスを咥えて。

 

 「ああああ!我輩のネックレス!待て!!」

 

 待てと言われて止まるフォレストボアではなく、猛烈な勢いで逃げていった。アルトリアが体勢を立て直すころには、既にその姿は見えなかった。

 

 

 「ひっく、うう、我輩の、我輩のなのにい」

 

 めそめそと泣くアルトリアを見て、ライネスは罪悪感にかられた。そもそも外に出ろといったのは自分だし、こんなことになるとは想像もしていなかったが、アルトリアがフォレストボアに襲われても何もできなかった。 

 

 「あ、あの、アルトさん、すみま……」

 

 「くそ!あのハゲ豚め!フルボッコにしてやる!!」

 

 ライネスが謝ろうとすると、アルトリアは急に立ち上がってめらめらと闘志を燃やし始めた。ついさっきまで泣いていたとは思えない程だ。

 

 「行くぞライネス!あのハゲ豚をぼっこぼこにして、我輩のネックレスを取り戻すのだ!」

 

 そう言うとアルトリアはボロボロのローブのまま、颯爽と歩き始めた。ライネスは急な立ち直りに少し困惑しながらも声を上げた。

 

 「え、ちょ、ちょっと待って下さいアルトさん!」

 

 「止めるでない、ライネス。男にはやらねばならぬ時があるのだ」

 

 一度立ち止まり、真っ直ぐ前を見つめて覚悟を決めた顔で言うアルトリア。そして、今度こそ倒すべき敵の元へと足を進めた。

 

 「違いますよ、そっち反対方向です!」

 

  「………」

 

 アルトリアは無言でくるりと半回転すると、何事もなかったかのように颯爽と歩き出した。そんなアルトリアを見て大丈夫かこれ、と不安になるライネスであった。

 

わずか4話で引きこもりを脱してしまった…

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