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第3話 呪術師


 翌日の夕方、約束通りローグはやってきた。準備してろと言われたライネスだったが、ほぼ着の身着のままで逃げてきたので持っていくのは少しの金だけだ。

 

 「じゃあ行くぞ」

 

 「はい。行ってきます、アルトさん」

 

 玄関で振り返って声をかけると、アルトリアはソファで寝転がって本を読んだまま、ひらひらと手を振った。

 

 「そういえば、呪術師の方のところまでは歩いて行くんですか?近いんですか?」

 

 家を出てからしばらく歩いたところで、ライネスはふと疑問に思って尋ねた。

 

 「いや、奴は辺境に住んでるから遠い。歩いていくのは無理だからこれを使う」

 

 ローグはぴらっと懐から魔法陣が書かれた紙を取り出し、魔力を流して地面に放った。すると魔法陣が光り、紙は消えて地面に大きく魔法陣が浮かび上がった。

 

 「うわあ…」

 

 ライネスは初めて見る魔法に目を丸くし、しげしげと魔法陣を見つめた。

 一際強く魔法陣が光り思わず目を瞑った瞬間、ふっと軽く浮遊感を感じ、目を開けるとそこは先程までいた森の中ではなく、薄暗い倉庫のようなところだった。

 

 「よし、着いたな」

 

 ローグは慣れた様子でスタスタと歩いていくが、ライネスは恐る恐る周りを見回しながらついて行く。

 倉庫らしきところにはごちゃごちゃと何かよく分からないものが積み重ねてあり、ローグ達が転移した先にあった転移陣以外の床が見えない程であった。

 

 (この汚さはアルトさんに通ずるものがあるな)

 

 そんなことを思いつつ歩いていると、前にいるローグがガチャ、とドアを開けた。ローグの後ろからひょっこりと顔を出してみると、その部屋も倉庫同様汚かったが、机と椅子があったり壁際に本棚があったりしたので倉庫というよりは研究室という感じだった。

 そして、その椅子に誰かが座っていた。

 

 「ケケケ、ようこそ呪いの館へ」

 

 その男は前髪を鼻のあたりまで伸ばしていて、目は全く覗えないがにたり、と口角を上げていた。白すぎる肌と相まってものすごく不気味に見える。

 

 「の、呪いの館?」

 

 ライネスは何だかヤバイところに来てしまったんじゃないか、という気がしてきた。彼は今呪いという単語に敏感なのだ。それに男を見てると、だんだんアンデッドなんじゃないか、という気もしてきて怖さが倍増した。

 

 「おいジャック、怖がらせるんじゃない」

 

 ローグは男――ジャックの頭を軽く叩いた。ジャックはケケ、と笑う。

 

 「それで、何の用ですか?」

 

 「ああ、借りてた魔道具を返しに来たのと、ついでにこいつの腕輪を見てほしい」

 

 「ふむ」

 

 ジャックは腕輪を色々な角度から眺め、ライネスの腕をとった。

 腕輪を撫でたり軽く引っ張ったりした後、何やら魔道具を持って来て腕輪に当てたりしていた。

 

 「ふーむ。これは興味深い」

 

 「何か分かったか?」

 

 「この腕輪、外れないことから魔道具の類であるのは間違いないのですが、魔力を一切感知できません」

 

 「何だと?」

 

 ローグは眉を寄せて難しい顔になったが、魔術や魔道具に詳しくないライネスは意味がよく分からなかった。

 

 「あの、魔力を感知できないと何か問題があるんですか?」

 

 ライネスの質問に、ジャックが顎をさすりながら答える。

 

 「普通、魔道具には魔力が込められているものなんです。製作するにも、使用するにも魔力は必須ですから。魔力がない時点で最早魔道具ではなくなります。しかしこの腕輪からは一切魔力が感知できない。使用者の魔力を絞り尽くすものだとしても腕輪に魔力が溜まるはず。どこかに自動転送されているのか……?」

 

 最後は半ばひとり言のように呟くと、ジャックは思考を巡らせているのか押し黙った。そんなジャックを見てローグは肩を竦めた。

 

 「悪いな。こいつは考え出すと周りが見えなくなるんだ」

 

 「いえ、全然。ところでこれ、何かで無理やり切断するとかできませんかね?」

 

 「それは止めた方がいいな。魔道具は破壊されると内部の魔力が暴走して爆発することもあるし…」

 

 「ひえっ」

 

 爆発と聞いてライネスは首を竦めた。そんなに危険なものだったとは…。

 

 

 「その腕輪はどこで買ったんです?」

 

 ジャックが思考の海から戻ってきて質問した。

 

 「いえ、買ったのではなく拾ったんです。ラストアの街で。そしたら、何か変な連中に追い掛け回されて…」

 

 「変な連中?」

 

 「はい。同じ紋様が描かれたローブを着てる連中に…」

 

 「ふーむ」

 

 ジャックは再び顎を擦りながら何やら思考すると、ニヤリと口の端を上げた。

 

 「もしかしたら、悪魔の装飾品かもしれませんねえ」

 

 「悪魔の装飾品?」

 

 何だか不吉な名称だ、と思いながらライネスは首を傾げた。

 

 「西の辺境伯領で伝わる話なんですがねえ。昔その地で大きな災いをもたらす悪魔が出現し、国を上げて討伐した際に悪魔は消滅し、悪魔が身につけていたいくつかの装飾品だけが残った、という言い伝えがあるんです。何でもその装飾品には悪魔の恐ろしい怨念が篭められていて、戦利品として手に入れた者は尽く悲惨な末路を迎えたとか……ケケケ」

 

 ジャックがおどろおどろしい口調で語り、ライネスは震えながら腕輪を見た。悪魔だなんて恐ろしい。

 

 「ま、その装飾品は処分されたって話だけどな。そもそも悪魔自体眉唾ものだし、その話だってほとんど作り話だろ」

 

 ローグの言葉にライネスはホッと息をついた。悪魔が関わるような物だったらとても人の手に負えるようなものではない。しかし悪魔の装飾品ではないからといって、問題の解決にはならない。

 

 「…結局これ、外れないんですね」

 

 ライネスはしょんぼりと呟いた。そして申し訳なさそうな顔になったローグを見て慌てて「でも、ここに連れてきてもらって感謝してます」と言い繕った。

 

 「まあそれが外れなくても、とりあえずは大丈夫でしょう。魔力もないみたいですし」


 「そうか。見てくれてありがとな、ジャック」

 

 「いえいえ。面白いものを見れました。ケケ」

 

 そしてローグは借りていた魔道具の話やジャックが開発中の魔道具の話をした後、時計を見て「そろそろ戻るか」と呟いた。ライネスも壁にかかっている時計を見て、もうこんな時間かと驚いた。この部屋はアルトリアの家同様に窓がないので外が暗くなっても分からない。

 

 ライネスはジャックにお礼を言って、ローグと共に部屋を後にした。

 

 「そういえば、ジャックさんは技師じゃなくて呪術師なんですか?あんまりそんな感じしませんでしたけど…」

 

 帰る道中、ライネスは尋ねてみた。ジャックは格好と笑い方はともかく、それ以外は普通の魔道具屋に見えた。あまり人を呪うようには見えない。

 

 「ああ、まあ呪術師というより、魔道具屋兼解呪師って感じだな。呪いの品を集めてたりするからそう呼ばれているだけで、あいつ自身が人を呪うことはないぞ」

 

 「そうなんですね」

 

 何となく呪術と聞いて忌避感を感じていたライネスだったが、それを聞いて安心した。

 

 家に着くとアルトリアが部屋中散らかしながら本を読んでおり、家まで送ってくれたローグがため息をつきながら部屋を片付け、夕食まで作ってくれたのでライネスは恐縮しまくりだった。

 

 

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