3-2 水槽の中の最前線
鉄骨組みの高い天井。強化アクリルの防壁と、その向こうに見える客席に囲われた広い円形フィールド。ここはフィッシュベイト・アリーナ。この広大な──いや、ウォーカーの一般的な交戦距離を考えるとイケスのように狭い闘技場を舞台に、これまで数多くの命知らず達がウォーカーに乗り、死闘を繰り広げてきた。
アレクシスとウィルの二人は、青く塗装されたコンクリの上に白い砂利がまばらに敷かれた、準備中のアリーナ内を、スポット照明の光を浴びながら闊歩する。作業服姿のスタッフがひっきりなしに行き交い、先の試合で敗北したウォーカーの破片を拾い集めたり、アリーナの片隅でくすぶる残骸の山に消火器をかけたりしている。ウォーカー闘技場には似つかわしくない、色とりどりの模造サンゴに覆われた擬岩が中央に鎮座しているのが妙に印象的だった。
「ウェルカム! ウェルカム! ウェルカム!!」
通用口の一つが開け放たれ、ひょろ長く痩せた男が現れた。ほつれたジャパニーズ・サラリーマンスーツに、風刺画の英国紳士じみた大袈裟なトップハットとモノクル。そして首からは編んだケーブルに電子部品や回路基板の欠片をジャラジャラとぶら下げた奇妙なデジタル・アミュレットを提げている。彼こそが地底都市ターマイトの市長、野盗社会のフィクサー、そして技術蛮族の偉大なるシャーマン──ガス・ラーウィックという男である。彼の地位を示すかのように、隣にはサブマシンガンを携え、全身を鋼鉄プロテクターで覆った屈強な護衛を従えていた。
「お前達かな? 私のアリーナを下見に来た参加希望者ってのは」
朗々たる声が天井に反響する。アレクシスはラーウィック市長の奇天烈なナリを見て正直、ここに来たことを後悔しそうになった。だが握手を求められたら返さねばならない。
「ア、アレクシス・ヘインズ。隣のこいつはウィル。よろし……わっ」
アレクシスが言い終わる前に、ラーウィック市長の顔がグワッと近付く。彼の鋭い視線は、アレクシスの肩に縫い付けられたワッペンに向けられていた。
「ローラシア親衛自警団か」
顎に手を当て、眉間にシワを寄せる市長。今は脱退した身とはいえ、野盗狩りで戦果を上げている親衛自警団のWCスーツで来るのは心証が悪かったかもしれない。
「──本当なら、私の街にお高く止まったローラシア傭兵サマの足を踏み入れさせることは無いのだ。地上人はいつも厄介事を持ち込むからな」
市長は芝居がかった仕草で真鍮製のモノクルを直し、レンズ越しにアレクシス達を見据えた。
「先月にも、ここターマイトに近い地下通路の一つが傭兵どもの攻撃で崩落。物流が止まったせいで私は好物のラズベリーパイを2日も我慢させられた……親衛自警団のおかげでな」
アレクシスの背筋に嫌な感覚が走る。先月この辺りの地下坑道にいたのは、まさに自分達のことだからだ。買ったばかりの第3世代ウォーカーを失い、親衛自警団からつまみ出されるきっかけになったあの戦いだ。忘れもしない。だが市長は不意にその表情を緩めると、今度はこう切り出した。
「──だが、我がフィッシュベイト・アリーナの参加者となれば話は別! アリーナは全ての者に平等な場だ。誰もに門が開かれる……定期的にな」
怒られるか、最悪つまみ出されると思っていたアレクシスは胸を撫で下ろした。そんな心中を知ってか知らずか、奇妙な風体の市長はなおも続ける。
「それに、お前達はあのビンタン・スディルマンの知り合いだそうじゃないか。古い友人の友人を私は心から歓迎する──もっとも、対戦カードに手心を加える気はないがね」
──それから数十分。市長は自慢のアリーナについて、基本ルールから試合の開催予定まで、一切合切を二人に説明してくれた。
「ここは昔、水族館だった。統一戦争で荒れ果てた建物が、広がり続ける大荒原の砂に呑まれ、大水槽のあるこの広間だけが地下に残された」
試合は1対1。生身の格闘技と同じテンカウント方式で、1試合はわずか3分で決着する。時間内に相手をノックアウトすればその場で勝利が確定し、そうでない場合は終了後に3人の審判による多数決で勝者が決まる。そして勝者には多大な栄誉と、ターマイト・シティの技術蛮族が守る宝物庫から豪華賞品が与えられる──市長の説明をざっと要約するとそれくらいのところだ。
「そして、水の無い水槽を私が闘技場に改装、ターマイト・シティに繋がるトンネルを掘ってリニューアルオープン……だから魚の餌アリーナという訳だよ」
開催は不定期、次の開催は2週間後だ。このアリーナは娯楽に乏しい地下世界の住人にとって数少ない楽しみであり、試合開催日にはこの広大な観客席が埋め尽くされるほどの盛況だという。
中古ウォーカーを使った格闘興行の噂は聞いたことがあるが、野盗ばかりの地底都市にこんな本格的な闘技場があるとは。アレクシスは白化したサンゴや魚の骨で出来た砂利を踏み締めながらフィールドを見渡し、どう戦うべきかイメージを膨らませていた。自分達が乗る機体すらまだ準備していないが、どう戦うかを決めてからカスタマイズの方向性を考えるのも良いだろう。だがその前に確認しておきたいことが一つだけあった。
「この上は大荒原の砂の海って言ったな。この屋根、大丈夫なのか?」
アレクシスは頭上を指差す。アリーナの高い天井は鉄の骨組みに屋根板を張った造りで、そこかしこに吊り下げられたスポット照明が試合会場を照らしている。だが──見えるのだ。そのスポットライトに照らされて、赤い砂が何筋かこぼれ落ちてきているのが。
「……ハ! ハ! ハ!」
不安を口にするアレクシスを、市長は笑ってあしらった。
「何年か前に同じことを聞いてきた奴がいてな、そいつにはこう答えたんだ──地上からウォーカーの腕で掘り進めでもしない限りは無理だろう、と」
大袈裟な身振りを交えて、胸元に提げた電子回路基板をジャラつかせながら語る市長。
「その数日後に本当にウォーカーに乗ってきて、地上から私の秘密倉庫に押し入ろうとしたときには参ったがね……ああ、あいつらは出禁だ。モートンの奴め……」
モートン。どこかで最近その名前を見聞きした気がする。だがアレクシスが詳細を思い出す前に、横で話を聞いていた小さな相棒が割って入った。
「……僕達が戦う相手について、良ければ教えてもらえませんか?」
ウィルの一言に市長はニヤリとほくそ笑み、隣に控えている付き人に目線で合図を送った。屈強な付き人がポケットから取り出したのは1枚の写真。そこに写っていたのは大型火炎放射器を右手に携え、左腕を巨大なハンマーに丸ごと置換した真紅のウォーカーだった。その手前には、この機体のパイロットであろうスキンヘッドの二人組が腰を下ろし、挑発的な決めポーズを取っている。
「お前達の対戦相手だ。機体名は『リフォージャー』、私のアリーナの花形機体の一つだ」
アレクシスとウィルは思わず唾を呑んだ。砲火力を捨て至近距離での破壊力に全てを捧げた、あまりにも攻撃的なカスタマイズ。戦場での実戦とは勝手が違う。狭いアリーナでの対決ではこれが最適解なのだ。
「試合まではまだ時間がある。しっかり準備するといい……どんな戦いを見せてくれるのか、期待しているよ」
ウォーカー名鑑#12
北カフカス歩行機械製造 S-28ヤグーシュカ改 “リフォージャー”
旧式化したローラシア製第2世代ウォーカーをアリーナでの興行格闘用に改造した機体。片腕を巨大ハンマーに丸ごと置換し、もう片腕では規格外の巨大火炎放射器を振るって戦う。実戦での運用は想定されていない、競技専用のカスタム機である。
「鍛え直す者」を意味する機体名は、炎とハンマーを使った戦いを鍛治職人に例えたネーミングである。加えてこの機体はフィッシュベイト・アリーナの戦士達のスパーリング相手を長年務めており、文字通りこの機体のお陰で鍛え上げられたウォーカー乗りは数知れない。
本機には火炎放射器で地面を燃やすことで相手の動きを封じ、身動きが取れなくなったところをハンマーで叩き潰すという必殺の型があるが、あまり使われることはない。本機のパイロットは勝ち負けよりも、観客をいかに沸かせるかに重きを置いているのだ。多彩な攻め手で相手を翻弄し、勝っても負けてもド派手な戦いぶりを見せてくれるため、観客にも根強いファンが多い機体である。
全高: 10.2m
全備重量: 約38.0トン
発動機: コマロフVZ-8m 空冷星形14気筒ガソリンエンジン
最高速度: 35km/h
装甲: 均質圧延装甲、最大45mm
固定武装: 超大型建造物解体ハンマー (右腕部を置換)
ザイツェフPZ 7.62mm機銃(胸部ボールマウント、ベークライト製演習弾装填)
携行武装: フランメンヴェルファー850 重火炎放射器
乗員: 2名




