3-1 アンダーグラウンド・アンカバード
フィッシュベイト・アリーナ。
技術蛮族と野盗が支配する暗黒地底都市ターマイト、その市長自らが経営するウォーカー闘技場である。開催日には所属陣営や経歴を問わず全てのウォーカー乗りに門戸が開かれ、参加者はプレキシグラスの壁で囲われたバトルゾーンの中で命懸けの決闘に臨むことになる。死闘の果てに勝利を掴み取り、己の腕前を示した者には豪華賞品、そしてターマイト・シティ内での多大な名声が得られるのだという。
──おっちゃんがリーフレットを差し出しながら説明してくれた内容をざっと要約すると、そういうことになる。付け合わせのエビ煎餅を頬張りながら耳を傾けていたアレクシスだが、その胸中には一抹の疑問が渦巻いていた。
「おっちゃん、確かに面白そうな話だけどさ……賞金首になって四方八方から追われてる人間に持ち込む提案じゃないと思うぜ」
「だからこそじゃ」
浅黒い拳を握りしめて断言するおっちゃん。するとそこに、ジャスミンティーのグラスを傾けていたウィルが割って入ってきた。
「この話、元々は僕の提案なんですよ。先輩が起きてくる前の話ですけど、一度同じメンバーで集まって打ち合わせしてまして」
ウィルの発案とあれば、もう少し前向きに考えてみても良さそうな気がしてくる。アレクシスは次の煎餅に伸ばす手を止め、二人の話を聞くことにした。
「今の僕達が生き残るために必要なものは2つ──追っ手の追跡を諦めさせるための後ろ盾と、今後の活動を続けるためのまとまった軍資金です」
「そう。そしてアリーナに出て戦えば、その両方が一度に手に入る……名声を手に入れれば、ターマイト・シティ自体が味方に付くって寸法じゃ」
なるほど、それならスジは通っている。だがアレクシスの胸中には、未だに解決されていない疑問が残っていた。
「有名になりすぎたらマズいんじゃないか? しばらくここで雲隠れして、地上の騒ぎが収まるのを待った方が……」
「いえ、今はむしろ目立つべきです。ローラシア親衛自警団を抜けた今……別の雇い主を探すにしろ、フリーランスでやっていくにしろ、何かしらの手柄を立てておいた方が、後々コトが上手く進むはずですしね」
ウィルはいつも、アレクシスのことを良く分かっている。いつまでもこの地下スラムに留まっている訳にはいかないし、ウォーカー乗りの看板を畳んでロスの実家に帰るなどまっぴらだ。とっとと今のゴタゴタを片付けて、無敵のウォーカー傭兵として再び地上を暴れ回りたいのだ。
「試合に使うウォーカーはワシが見繕っておこう。売り物になる中古品を貸すだけじゃから、なるべく大事に乗ってもらえるとありがたい」
機体を用意して貰えるのは非常に助かる。元々乗っていたスーパージャグはもう無いし、ソーダ・ポッパーもあの時擱座して乗り捨ててきたからだ。だが──今のアレクシス達は特大級の懸案事項を抱えている。それは旧世界のテクノロジーが書き込まれた記憶装置であり、エスタンジアが軍を動員してまで欲しがる代物。恐らく、いま自分達を追ってきている傭兵連合の奪取目標でもあるだろう。そして奇妙なことに……その重要アイテムは少女の姿をしている。
「ナトカはどうすんだ」
本当にこいつが、脳にロストテクノロジーの数々を書き込まれた、エスタンジア軍が喉から手が出るほど欲しがる技術遺産なんだろうか? 腹が膨らんで眠くなったのか、フォークを持ったままアレクシスの向かいで船を漕いでいるナトカを見ていると、正直信じ難い。信じ難いが……現にエスタンジアは一度、ナトカのためだけに部隊を動員している。信じるしかないだろう。
「他の傭兵連中やエスタンジアはこいつが狙いなんだろ? 俺達がアリーナなんかに出てる間、誰がこいつの面倒を……」
「ああ、この子なら私がしばらく預かるわ」
意外なタイミングで割って入ってきたのはクロエだ。この油断ならぬ闇医者は、他ならぬアレクシスの命を繋ぎ止めてくれた恩人なのだが……アレクシス自身は、まだ100%彼女を信頼するには至っていない。
口の中に張り付いたエビ煎餅をお冷やで流し込みながら、アレクシスはクロエを不信の目で見つめる。クロエはショットグラスに注がれたマシンカクテル──工業用アルコールが主原料の危険な酒だ──を一気に呷り、それから口を開いた。
「大丈夫よ。私はここを仕切ってる技術蛮族や野盗にも顔が利くし、何かあっても心配ないわ」
「先輩、今は彼女に任せるべきです。僕達が連れ回すワケにもいかないでしょう」
二人の言葉を受け、頭を掻きながら頷くアレクシス。ふと、クロエが首から提げているペンダントに目が行った。ペンダントトップに使われているのは、深緑色をした旧世界の電子回路基板の欠片。技術蛮族が身に付ける典型的なアミュレットだ。
「……あんたも技術蛮族なのか?」
「私は違うわ。でも仲良くしとくと旧世界の色んなガラクタをくれるから退屈しないわよ」
技術蛮族とは、鉄と炎とディーゼル機関に支えられた現代世界を良しとせず、かつてあった電子ネットワーク文明を崇め続ける部族の総称だ。布教の一環か、あるいはコンピュータが全家庭にあった時代を彼らなりに再現しようとしているのか、彼らは旧世界の遺構から発掘した電子機器を気前良く分け与えてくれることで知られている。……もっとも、世の中の大多数の人間にとってそれは「何の役にも立たない上に持っているだけでエスタンジアに睨まれる厄介なガラクタ」だが。
「それにさ、男ばっかりの所よりも私と一緒の方がいいわよね?」
そう言って笑うクロエが一瞬、隣のナトカに危険な視線を送ったのをアレクシスは見逃さなかった。
「ほらこの子、髪さらっさらで凄いのよ?」
机に突っ伏して寝落ちしかけていたナトカの頭を、犬でも褒めるような手つきでわしわしと撫でる。
「んぇっ、やっやめ」
「ほらお肌もこんな綺麗でさ……ねぇ? ほら、あんな男どもなんか放っといて、女の子同士で秘密のアソビでもしましょ?」
ナトカの小柄な身体に全身で擦り寄っていくクロエと、眠気と過剰スキンシップの二重攻撃に眉を挟めながら耐えるナトカ。アレクシスは流石に机から身を乗り出し、二人を引き剥がしにかかった。
「おいセンセイ、流石にそれくらいに……っくは、酒臭ぇ」
さっき飲んでいたマシンカクテルは、相当回りの早い酒らしい。顔を近づけると、強いアルコール臭が鼻をついた。
「あーすみません先輩、この人は僕がどうにかしとくんで……」
見かねたウィルが割って入り、クロエを強引に立ち上がらせて連れて行く。
「ほら、先に部屋戻りますよ先生」
「えー、私はまだ飲み足りないんだけど……あ、2軒目行く?」
「まだ昼ですよ……」
二人が先に店を後にしたことで、残るメンバーの間にも帰り支度の雰囲気が流れ始めた。
「今日はワシの奢りにしといてやろう。出世払いって奴じゃ」
そう言っておっちゃんは席を立ち、ポケットから取り出した食事代をアレクシスに手渡す。紙幣や硬貨ではなく、何やら虹色をした、手のひら大の円盤だ。
「これ1枚でお釣りが来るじゃろ」
「……ローラシア・ドルじゃないんだな」
「ここじゃ物々交換の方がお得じゃ。ローラシア・ドルやエスタンジア・アウルでの支払いは歓迎されん」
戦乱の只中にあるこの世界において、「カネ」という言葉が必ずしも法定通貨を指すとは限らない。旧世界の遺物、武器弾薬、嗜好品、果ては薬物に至るまで、あらゆる物が通貨代わりに取引される。ここターマイト・シティのようなアングラ社会では尚更だ。
「あーそれ知ってる、CDってやつ?」
先程クロエにくしゃくしゃにされた髪を整えながら、ナトカもゆっくりと席を立つ。
「なんか音楽とか聴けるんだよ、それ」
「マジか」
試しに円盤を耳に当ててみるが、何も聴こえない。
「おっちゃんは聴こえるか? 俺はダメだ、多分病み上がりなせいだな」
「うーん……ワシにも聴こえん」
二人でディスクを光にかざしてみたり、耳の当て方を変えてみたりして、何とか旧世界の音楽が流れないかと試してみるが、何も起こらない。中央の穴越しに反対側を覗いて何か起きないかと試してみたところ、二人に冷ややかな視線を向けているナトカと目が合った。
「……いやそれ、専用の機械が要るんだけどさ……」
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #13
技術蛮族
エスタンジア軍が旧世界のデジタル文明を崩壊へ導いたとき、ある者は持てるだけの電子機器を手元にかき集め、またある者は栄光あるコンピュータ仕掛けの過去を記録に残し、かつての文明の残滓が少しでも後世に残るよう尽力した。だが世界を掌握したエスタンジアによる大弾圧により、そうした旧世界の遺産は一つまた一つと失われ、わずか数十年のうちに民衆の記憶からも消え去ってしまった──そして、忘却と失伝の果てに残された旧世界文明最後の語り手が彼ら、技術蛮族と呼ばれる人々である。
大小の部族に分かれた彼らは崩壊前の旧世界の記憶を語り継ぎ、いつか再び電子ネットワークが世界を覆い尽くす日が来ると信じているが、今となってはかつてのコンピュータがどのように動いていたのか、そして当時の人々が実際どのような生活を送っていたのかを知る者はあまりに少ない。彼らにとって電子機器とは神のごとき全能性を秘めた聖遺物。音声合成ソフトが歌う0と1の讃美歌に耳を傾け、天空におわす人工衛星に日夜祈りを捧げれば世界が再び64bitに書き換わると信じているのだ。当然、彼らの呪術の大半は徒労に終わるが、まれに旧世界のテックの復元に成功することがあるため、市井の人々からは「何をしでかすか分からない奴ら」と見做され危険視されている。
電子文明の再来を望む技術蛮族はその信仰ゆえにエスタンジア系諸勢力と激しく敵対しており、ほぼすべての部族が身を守るために武装している。またターマイト・シティの成り立ちがそうであるように、野盗と協力関係を結んだり、技術蛮族の信仰を持った者が野盗化することも多いようだ。




