2-5 ターマイト・シティ
暗く湿った水路を抜けた先は、サイケデリックなネオンに彩られた地底の楽園だった。
かつての地下貯水槽を改装した、街中央の大広間。トタン板のバラックが所狭しと立ち並ぶここは、ターマイト・シティの中央市場。屋台引きの男達が湯気の立つ寸胴鍋をガンガンと叩きながら見たこともないスープ料理を売り歩き、色も言語もまちまちなネオン看板を掲げた大小の店に人々が行き交う。まるで大荒原の無秩序を煮詰めたような光景。その一角に建つ、屋台に毛が生えたような料理小屋にアレクシス達の姿はあった。
「あむっ、んぐ……あ゛ぁ、久し振りにまともな飯を食ってる気がする」
「4週間ぶりの食事ですもんね先輩」
廃材でできた机に並ぶのは甘辛く煮たワニ肉、嗅ぎ慣れない香りのする白飯、揚げバナナ等々。付け合わせのクラッカー状の何かと、ピクルス状の何かは無料サービス。いずれも地上では見たことのない料理で、一口ごとに妙なスパイスの香味が口に充満する。チョコバーや缶詰ばかり食べている日頃の食事に比べれば遥かに文明的だ。
隣ではウィルがワニの手首を箸で器用に解体していて、向かいの席に座ったナトカは不凍液じみた毒々しい蛍光ジュースを美味そうに啜っている。敵だらけの地上から逃れ、束の間の休息といった感じだ。
「……ところでセンセイは何してんだ?」
ナトカの隣の席では怪しげな闇医者クロエが、小さなグラスに注がれたこれまた怪しげな液体にライターで火を灯し、まるで人体錬成中の黒魔術師のような笑顔で青い炎を見つめていた。
「マシンカクテルよ」
マシンカクテルとは、ウォーカーの冷却剤として使われる工業用アルコールを主原料とした飲み物だ。飲料と呼んで良いのかすら疑わしい代物だが、野盗やガラの悪い傭兵崩れはこの危険物を「機体の魂を取り込む」だの「敵をひと呑みにする」だのとゲンを担いで愛飲するという。
「炎の色が変わったら安全になった証よ」
「……程々にしといてくれよ? 縫ってもらったところが裂けて俺の中身が出てきた時、センセイがアル中でブッ倒れてたら俺死ぬしかないからな」
アレクシスはそう言うと、卓上のチリソースと糖蜜をワニ肉にぶちまけて頬張った。砂糖工場でナパームが炸裂したような味わいが実にゴキゲンだ。だがしかし、美味い飯を食っても誤魔化せないようなわだかまりが、アレクシスの胸に腫瘍のようにつっかえていた。
「ところでそろそろ皆、俺にもう少し状況説明してくれてもいいんじゃないか?」
ワニの骨を皿の隅に置き、今度はウィルの方に向き直る。
「なぁウィル、俺達親衛自警団をクビになったんだろ? ローラシア傭兵じゃなくなったんなら、俺達は今何と戦ってて、ゴールはどこにあるんだ」
明確な目的さえあればすぐにでも新しいウォーカーを買い直し、次なる戦いに臨むことができるだろう。だが今のアレクシス達のように、理由のない戦いを続けることはできない。それは単なるアレクシスの気持ちの問題ではない──任務があり依頼者がいる状況でなければ、当然ながら支度金も報酬も出ないからだ。収入のない生活とは燃料切れの飛行機に乗っているようなもので、何か手を打たねば遅かれ早かれ墜落することになる。
「えっと、それはその……」
ウィルは長粒米を口に運ぶ手を止めると、視線を上方へと逸らした。およそウィルらしくない仕草だ。答えを探しているようなそぶりだが、見つめる先にあるのは裸電球とトタンの天井だけだ。だがそんな気まずい沈黙のひと時を、背後から乱入した声が破った。
「よぅ皆、それにクロエも久しぶり。ココ空いとるか?」
現れたのは壮年の男。遮光ゴーグルで目元を隠し、スカーフで顔の下半分を覆い、面相はおよそ窺い知れない姿だが、その訛りの強い話し口には覚えがあった。
「……おっちゃん?」
傭兵稼業を始めて以来何度となく世話になった、ブロークンヒル・ジャンクヤードの主。そして──歴戦の退役ウォーカー乗り、ビンタン・スディルマン。
彼は蛍光色のプラスチック椅子を軋ませながらどっかりと腰を下ろすと、長粒米の汁かけ飯をスカーフの下の口元へと運んだ。
「そのカッコ、なんかワケありなのか?」
覆面姿のまま次々と料理をかき込む姿を見て、アレクシスが尋ねる。
「ああ、ここじゃ顔を出してはおちおち食事もできん」
ショットグラスを傾ける手を止めてクロエが何か言おうとしたが、おっちゃんがすかさず目で制する。
「──おっと、名前を呼ぶのも厳禁じゃ。今のワシはただの"おっちゃん"じゃ」
「やれやれ、有名人は辛いわね? ま、いいけど」
クロエが再びマシンカクテルを呷るのを横目に、再びアレクシスの方へと向き直る。
「クロエとワシは随分前からの知り合いでな、お前さん達が困っとるというのを聞きつけてここで落ち合うことにしたって寸法よ」
何か策がありそうな口ぶりだ。長い眠りから覚めたばかりのアレクシスにはまだ事情が呑み込めていないが、今はただ話を聞くことにした。
「今のお前さん達に必要なのは追っ手から逃れるための後ろ盾と、活動のための資金じゃ。違うか? 幸いにして、今のワシは丁度いい話を持っておるがの」
そう言ってポケットから取り出したのは1枚の紙切れ。藁半紙にガリ版で刷られたチラシだ。
「──どうじゃ、興味あるか?」
差し出されたチラシには、極太のゴシック体で「フィッシュベイト・アリーナ 参戦者募集中!」の文字が堂々と踊っていた。
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #12
野盗料理
野盗も飯は食う。人里離れた荒野や、地上人の目の届かない地下世界に住み、一般人から距離を置いている野盗達は自分達だけの独自の文化を発達させており、それは日頃の食事においても同じだ。
一口に野盗と言っても生活様式や習慣は集団ごとに異なっており、「これが野盗文化だ」と呼べる画一的なものは存在しない。だが、ある種の指針となるものはある。彼らの間では、ローラシアやエスタンジアの文化(=一般的な西洋式のライフスタイル)から外れたものほど「イケてる」とされているのだ。野盗ライフを貫くこの哲学と、大多数の人間から離れて自活する上での実用性とが合わさり、彼ら独自の食文化が形作られてきた。
野盗風料理の多くは東南アジアや中南米を思わせる、スパイスをふんだんに使った味付けが特徴だ。これは野盗の構成員にそれらの政情不安定な地域の出身者が多いことと、食材を長持ちさせるための保存料代わりにスパイスを使っていることによる。彼らが自力で農業を行うことはまず無く、日々の食材は基本的に略奪品。不安定な食糧事情を補うため、保存の効く濃い味付けとたっぷりの香辛料が好まれるというわけだ。そのほか、ワニやカンガルーなどの狩猟肉、地下の穴蔵やトラックの荷台でも養殖できる昆虫などもポピュラーな食材である。
代表的なメニューとしては、その日盗れた食材(あるいは食材っぽいもの)を白飯の下に隠し、何が出てくるかは食べてみるまで分からない「アレ飯」、奪った野菜の種や根をそれっぽく焙煎して煮出した「ブン獲れコーヒー」、さらにはウォーカー用冷却剤を酒代わりに振る舞う「マシンカクテル」などが存在する。最近では一般のレストランなどでもメニューに取り入れられるようになったが、店選びを間違えると死にかねない危険な料理もあるので注意したい。




