2-4 警戒線を越えて
ディーゼルエンジンの音と、緑色に濁った水の波音が反響するトンネル内。昼なお暗い旧世界の地下水路。その淀んだ水面に航跡を刻み付け、4人の放浪者を乗せて疾る一隻の船の姿があった。船の名は「第13共栄丸」──闇医者クロエ・アリサカが所有する、臓器や薬物の密輸船だ。
かつて都市圏に生活用水を供給する大規模パイプラインの一部であったであろう水の回廊は、今では野盗やモグリ技師といった日陰者達の秘密通路として機能しているようで、探照灯に照らされた壁面にはそこかしこに縄張りを主張するグラフィティが描かれている。真っ当な傭兵ならまず足を踏み入れないであろう、文字通りのアンダーグラウンドだ。
「──今のうちに、僕達を追ってるグループについて説明しますね」
闇が支配する狭い船上。波に合わせて揺れるランタンが唯一の明かりだ。痛んだ木製甲板に腰を下ろしたウィルは、付箋だらけのスクラップ帳を床に広げると、その中の1ページを示してみせた。
「僕達は今、複数勢力から成る賞金稼ぎの連合部隊に追われています」
所狭しと貼られた資料の数々。ウォーカー傭兵とその乗機の写真、各勢力の活動範囲をマーカー塗りした白地図。ページの余白にはびっしりと、几帳面な筆致で現況の分析や各敵対勢力に対する対抗策などがメモ書きされている。実にウィルらしい仕事だ。
「今俺達がいるのが……ええと、地図でいうとこの辺りか」
ノートを覗き込むアレクシス。指差す文字は「ニューカッスル」。街の四方には、敵の包囲網を表しているであろうラインや、侵攻ルートや拠点を示すマーキングがひしめいている。勢力ごとにカラフルに色分けされ、まるで季節外れのクリスマス飾りのようだ。
「『EDMクルセイダーズ』……これは聞き覚えがあるな」
「さっき襲ってきた野盗の連中ですね。装備や練度はそれなりですが、数が多いので厄介です」
「こっちの『征戦アレマニア機士団』ってのは?」
「エスタンジア派の、零細規模の傭兵組織です。所属ウォーカーは1機。でも凄腕という噂なので直接対決は避けたいですね」
矢継ぎ早に質問を浴びせる。病院のベッドで目が覚めたら賞金首になっていたという現状、なりふり構ってなどいられない。するとその時、アレクシスの目に見覚えのある組織の名前が飛び込んできた。
「……ちょっと待て、『ローラシア親衛自警団』だって?」
見間違える訳がない。アレクシス達の所属していた傭兵組織。元々自分達が大荒原に旅立ったのは、自分をクビにしようとする親衛自警団のお偉方に戦果を見せ付けて納得させるためだった。それがどうした訳か、エスタンジア傭兵や野盗と手を組み、ニューカッスルの包囲網に加わっている。
「俺達……一応、親衛自警団の一員だよな? いや、今は『元』が付くかもしれねえけどさ」
ウィル以外にそれほど仲のいい同僚がいた訳でもないし、あの組織の全てを気に入っていたといえば嘘になる。それでも、ほんの一月前まで仲間だった連中に命を狙われているとは考え難い。だがそんなアレクシスの思考を遮るように、ウィルは淡々と事実を突きつける。
「……さっき僕達を追ってきたウォーカー隊、覚えてます?」
「オート・タレットのロケット攻撃で倒した奴か。まさか……」
「そのまさかですよ。肩に親衛自警団のエンブレムがありました」
「マジかよ」
傭兵が銃口を向けるのは、相手を殺すという意思があるときだけ。アレクシス達の名前は既に、親衛自警団のキルリストに載っているということだ。親衛自警団の拠点に帰って元鞘に収まるという選択肢は完全に失われた。
アレクシスは頭を抱えた。戦場こそが唯一の居場所と信じ、良き戦いだけを求めて生きてきたアレクシスだが、いくらなんでも敵が多すぎる。これでは、命の取り合いを愉しむどころではない。
「前々から問題行動の多かった構成員が独断でエスタンジアの拠点に突っ込んで、おまけに敵さんが血眼になって探してる技術遺産を持ち逃げしたとなれば……正直、賞金首にならない方が不思議ですよ」
他人事のような口調で首を振るウィル。だが親衛自警団のお偉方は、エスタンジアが狙う「技術遺産」がこんな姿をしていることも知っているのだろうか。
「おい、起きろ」
隣に腰掛けている少女に呼びかける。舷側にもたれかかり、パーカを布団代わりにし、船の揺れに合わせて頭をこくりこくりと前後させていた少女──ナトカ・ロイセウィッチ。
「……んぇー」
彼女こそがエスタンジアの狙い。皆が言うには、彼女の脳には旧世界の科学技術の数々が書き込まれており、読み出すことができれば計り知れない力を秘めているのだという。とてもそうは見えないが。
「なあ、一つ聞きたいんだが」
「やだ。めんどくさい」
即答である。
「もー、ちょっとは休ませてよ……ここ最近ドンパチ続きで夜しか眠れてないんだよ!?」
「十分だろそれ」
まるでこちらが悪いかのようにキレ散らかすナトカだったが、アレクシスは騙されなかった。
「……そんなことよりあのオート・タレット。お前の仕業だろ」
アレクシスが気にかけていたのは、先の撤退戦で時間を稼いでくれた自動銃座のことである。旧世界製のカメラ付き電話を索敵装置に転用した即席兵器だが、きちんと動作するものを組み上げるには専門知識が必要だ。そしてエスタンジアが電子技術を統制している現状では、その知識を持つ者はあまりに少ない。
「あーあれね、なんかやってみたらできた」
さも当然のような顔をして言い放つナトカ。
正直なところ、アレクシスは彼女についてまだほとんど知らない。いや、それなりの期間一緒にいるし、お互い窮地を救いあった仲なのだが──こいつに関しては、眠たげな瞳の裏に何を隠し持っているのか未だもって未知数なのだ。
「マジかよ、材料はどうしたんだ? それにカメラ映像と旋回モーターの同期にしたって……」
しかし、そんな状況が面白くないと言えば嘘になる。エスタンジアに狙われている彼女の身を守ってやるのは、当面のところ自分達の役目だ。それならば、魔法のプリンセスを守る騎士を全力で演じてやろうじゃないか。
「ああそれね、半分くらいは私の仕業よ?」
操舵室からにょきりと顔を突き出し、団子頭の眼鏡女が会話に割り込む。このボロ船の主、クロエ・アリサカ──ナトカに続いて現れた、謎の登場人物2号。瀕死の重傷だったアレクシスをいい感じに縫い合わせて命を繋いでくれた恩人だが、何の思惑があって助けに来たのかは不明だ。
「あの子の飲んでた記憶維持剤をちょっと組成の違う奴に変えたのよ。脳ミソの深いところにあるデータを少しだけ読み出せるように」
想像するに、こいつも恐らくナトカが狙いだ。自分を助けてくれたのも多分「ついで」なのだろう。それでも今のアレクシスにとって、味方でいてくれる人間が一人でも増えるのは頼もしい。
アレクシスは何か尋ねようとして口を開いたが、喉から言葉が出る前にクロエは再び顔を引っ込め、船の進行方向を見据えてアレクシスから視線を逸らした。
「今は地上は敵だらけ。代わりに今から皆さんを、最も安全な場所にご招待するわ」
操舵室のガラス越しに前方を指差すクロエ。アレクシスが同じ方向に視線を移すと、地下水道の闇の向こう側に暖色の光が浮かんでいるのが見えた。
そこにあったのは、水道設備にはおよそ似つかわしくない、無数のスパイクが溶接された巨大な鉄製のゲート。左右にある見張り台には火炎放射銃座が据え付けられ、ノズルからヘビの舌のように漏れ出る炎が、水上にそびえ立つゲートの威容を照らし上げている。
「止まれ! 何者だ」
全身を鋼鉄製のプロテクターで覆った門番が、銃座のシールド越しに尋問する。高くなった天井に男の声が反響し、その威圧効果を何倍にも高めていた。
クロエは船のエンジンを切り、ゲートの前にゆっくりとボロ船を停船させる。火炎放射器のノズルは、こちらを寸分違わぬ精度で捉え続けている。
「今回の門番は新人さんかしら? 今までは顔パスだったんだけど」
両手を上げ、敵意が無いことを示しつつ、甲板にぬるりと姿を現わすクロエ。乗船している他の3人もそれに倣い、とりあえず手を上げておく。流石に水上バーベキュー大会は勘弁願いたい。
「私よ。この顔に覚えはない?」
「ダメだ、規則は絶対だ。市長への事前連絡がない船を通す訳にはいかない」
男が火炎放射器のトリガーに指を掛ける。するとその時、彼の胸に収められていたトランシーバーが光りだす。
「北4番ゲート。外に誰かいるのか?」
「あっ、市長! アポ無しで来た不審なボロ船を追い返してます。男女計4名乗船、船名『第13共栄丸』……」
「『第13共栄丸』だって? 今すぐゲートを開けろ、スディルマンの仲間の者だ」
「スディルマン様の!?」
門番の男は明らかに動揺していた。フェイスプレートとゴーグルで顔を隠していても、額に浮かぶ冷や汗が透けて見えるようだった。
男が合図を送ると、重い金属音とともに、トゲだらけの鉄扉がゆっくりと開き始める。その向こうにも長い水路が続いていたが、明らかにこれまで通ってきたものとは空気が違う。そこには排気ガスや煙草の煙、そして遠くから微かに聞こえる音楽の音色──文明の匂いがあった。
「これはこれは、大変失礼を致しました」
先程までの態度が嘘のように、門番の男は恭しく頭を下げた。クロエは軽く手を振ってそれに応えると再び操舵室へ戻り、船を門の中へと進める。
「『ターマイト・シティ』へようこそ。今回のご滞在が充実したものになりますよう」
見送る男の声を船尾に受け、4人を乗せた「第13共栄丸」は闇の向こうへとひた走る。その行く先は、地下貯水施設を利用して作られた、地底の無法都市──「ターマイト・シティ」。
ウォーカー名鑑番外編 #10
第13共栄丸
闇医者クロエ・アリサカの所有する密輸船。どこかの海岸に流れ着いていた古いイカ釣り漁船を修理改装したもので、薬品類や移植用臓器の仕入れ、洋上でのブツの取引、追手に狙われた際の脱出などに使用される。
クロエが水路での移動にこだわるのは、海が一種の安全地帯の役割を果たすからだ。地上は世界統一戦争時に破壊された都市の残骸が文字通りのコンクリートジャングルと化し、野盗や傭兵組織の荒くれ者が巣食う魔窟と成り果てているが、彼らの駆るウォーカーも海の上までは追って来ない。混沌とした地上と異なり、人目につかない沖合まで出てしまえばそこは静寂そのものだ。
だが戦闘地域を突っ切ったり、取引がこじれて目の前の商売相手が銃を抜いてくることもある。そうした時に備え、この船にはオンボロの外観からは想像も出来ない重武装が備えられている。甲板に積まれた23mm機銃は同格の船舶を紙切れのように引き裂き、追ってくる敵には船尾から投下される機雷をプレゼント。
万策尽きたとしても、船倉の中には積荷に偽装した自爆用の梱包爆薬がゴッソリと詰め込まれている。ブツを奪おうとする不届き者が船倉をこじ開けると自爆装置が作動、散らばった肉片を魚の餌として海の生態系に貢献することになるだろう。
全長: 9.8m
排水量: 約8.5トン
発動機: 峰和鋼機 MDX-6000R 直列6気筒ディーゼル
最高速度: 56km/h
装甲: 木製構造材+セラミック抗弾プレート、最大30mm
固定武装: KS-23-2 23mm連装対空機関砲
ドラム缶製即席浮遊機雷x6
乗員: 最大6名




