3-3 砂の海の上で
生コン色をした厚い雲と、荒野の彼方から響く遠雷。生暖かく湿った風に晒される、大荒原の都市廃墟。かつて統一戦争で焼き払われ、広がり続けるオーストラリアの砂の海に呑まれた大都市の一つだ。その名前は最早忘れ去られ、深い砂の底から突き出た、立ち枯れた高層ビル群だけがかつての繁栄を伝えている。
何もかもが死んだ光景の中、動くものといえば、4本腕の異形のウォーカー1機のみ。駐機した白銀のウォーカーと、ローラシア製の古い小型装甲車1両が見守る中、その超重量級ウォーカーは油圧駆動の腕を唸らせ、ディーゼルエンジンの鼓動を荒野に轟かせつつ、ただひたすらに砂を掻き分け、地面を掘り進んでいた。
「モートン、その辺で諦めな! アタシゃ腹が減ってんだ」
白銀のウォーカーの側に佇み、今にも降り出しそうな曇天を睨み上げていた女が、ウォーカーの駆動音に負けじと声を張り上げる。この女の名はグロリア・ダ・シルバ。賞金首アレクシス・ヘインズを追うウォーカー傭兵の一人だ。
「ウモモッ、まだだ、まだなんだな! あと少しだけ……」
機外装備の拡声器から、機体の主──ザックリー・モートンの低い声が響く。
「おいグロリア、コイツは何してるんだ? 砂遊びしに来たんじゃないんだぞ」
装甲車の前面ハッチから、苛立ちを隠そうともしない態度で、目つきの悪い男が顔を出す。エスタンジア正規軍の脱走兵であるゲイブ・ヒロタは、この寄せ集めの傭兵グループのリーダーを務めている。
状況は芳しくない。潜伏していたアレクシス・ヘインズの一団を発見したものの、予想外に手痛い反撃を受け、さらに敵は地下水道を通って逃走。結果的にヒロタ組は人員とウォーカー数機を一方的に失っただけだった。そしてその損失で怖気付いたのか、あるいはこれ以上は赤字になると判断したのか、彼らをウォーカー戦力の面で支援していた「ローラシア親衛自警団」は追撃を諦めて離脱すると伝えてきた。数日前のことだ。
「アイツらは……アレクシス・ヘインズはこの下にいるんだな。地底の街ターマイト。間違いないんだな」
モートンの機体「ギットマングラー」は4本の腕に取り付けられたクローや丸鋸を器用に使い、砂の中から次々に出土する瓦礫を解体していく。まるで食餌中のカニのような挙動で。
ヒロタが呆れた目でその光景を見つめていると、グロリアがヒロタの装甲車に駆け寄り、1枚のチラシを手渡してきた。
「アイツ、このチラシ見てからおかしくなっちまったんだ」
「……おかしくない時なんてあったか?」
藁半紙に刷られたチラシは、どこかで行われている地下ウォーカー格闘興行の開催予告だ。開催地、ターマイト・シティ。会場名、フィッシュベイト・アリーナ。そして参加選手の名簿の片隅に──「アレクシス・ヘインズ」の名前があった。
「俺達に追われながらでも、こんな大会に出て遊ぶ余裕があるってのか……ナメられたもんだ」
ヒロタは思わず舌打ちした。
「アタシ達が追ってる連中、このターマイト・シティって街に逃げ込んだんだ。昔の地下水路とかを再利用して作った街で……野盗が集まるヤバい所さ」
つまり、アレクシス・ヘインズは自分達の包囲網を抜け出した後、何らかの手を使って野盗に取り入り、今ではお遊びの格闘試合に出られるほどの余裕がある環境にいるということだ。恐らく、別の協力者──例のアジア訛りの怪しい女から──が絡んでいる。厄介な状況だ。
「それで、アタシ達がいるのがそのターマイト・シティの真上。モートンの奴、あの機体でトンネル掘って突入するつもりらしい」
一心不乱に掘削作業を続けているモートンの機体を指差すグロリア。ヒロタは装甲車に備え付けの無線機を取り、機内のモートンと通話する。
「おいモートン、お前も野盗だろ? 街の場所が分かってるなら、普通に正面から入ったらどうなんだ」
「野盗も一枚岩じゃないんだな。オイラ達は昔あの街の連中と揉めて出禁になったんだな」
「はぁ……だからって、強行突破が最善手とは思えないんだが」
大荒原の気候は過酷だ。何ヶ月も続く日照りに、気まぐれに降る土砂降りの雨。そして何より、こうして見通しの良い平地で悠長に留まっていると、何処からともなく存在を嗅ぎ付けた野盗どもがウォーカーに乗って現れ、鉛弾を雨あられと降り注がせてくるのだ。そうなる前にここから離れたい。
「適当に切り上げて最寄りの町に戻らないか? 腹が減った」
「オイラは諦めないんだな。2人で行ってくるといいんだな」
頑なな返答に溜息をつくヒロタ。不意に、装甲車の外にいるグロリアがヒロタの手から受話器をひったくった。
「2人じゃない、3人だ!」
「……ウモッ?」
困惑した声だけを返すモートン。ヒロタは何も言わなかったが、実はモートンと同じく、もう1人の存在を思い出すのに数秒を要した。そうだ、グロリアのウォーカーには運転手が乗っている。確か名前はトニ・サンチェスとか言ったはずだ。ウォーカーから一度も降りてこないので、「そういう奴がいるらしい」という以上のことはほとんど知らない。
「あー……まあいい。俺達は昼飯にするぞ。行ってくるからお前は大人しく穴掘ってろ」
そう言って通信を切ると、今度は装甲車のドアを開けてグロリアを誘う。
「乗ってくか?」
「いや、アタシはいい。アレに乗ってく」
そう言ってグロリアが指差したのは、彼女の愛機──接近戦用第2世代ウォーカー「インヴィクタス」だった。
「……騒ぎになっても知らんぞ?」
「アタシの相方はワガママでさ、ずっと操縦桿を握ってないと落ち着かないのさ」
どいつもこいつもワガママばかりだ。喉の奥からそんな台詞が出掛かったが、ヒロタはすんでのところで呑み込んだ。軍にいた時には想像もできなかったような変人どもだ。乗機に向かって歩を進めるグロリアの背中を見つめつつ、ヒロタはこの寄せ集めパーティーの行く末を案じるのだった。
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #13
大荒原
オーストラリア内陸部の大部分を占める不毛の大地。気候は厳しく、現実離れした赤茶けた大地が地平線の彼方まで続く。それこそが大荒原である。
オーストラリア大陸において、緑の森林が自然に広がるのは沿岸部の僅かな地域のみ。エスタンジアが世界を焼き尽くす以前は、緑豊かな沿岸部に人口の大半が密集し、大荒原の拡大を食い止めながら暮らしていたと言われる。
世界統一戦争の後、大荒原の面積は広がり続けている。維持する者がいなくなった街は砂に呑まれ、荒野に点在する水源地には野盗が棲み着く。彼らは時折荒野を横断する輸送コンボイを襲撃・略奪することで生活を成り立たせているのだ。
大荒原の乾いた砂の下には、モグラの巣のように入り組んだ地下空間が存在する。砂に埋もれた旧世界の建物、かつて大都市圏のインフラを支えていた地下水道、軍が建設した核シェルターなどが複雑につながり合って形成された、迷宮じみた地下世界。その一部は地上の街に居られない無法者どもの集落として再利用されており、地上とは異なる独自の文化が根付いているとされる。




