2-2 ニューカッスル包囲
同時刻。旧ニューサウスウェールズ州、朝靄に陰るニューカッスル郊外。緑に呑まれ行くゴーストタウンを見下ろす丘の上に、ゲイブ・ヒロタの姿はあった。
「ああ、ああ……了解した。目標を包囲、制圧せよ。取り逃がすんじゃないぞ」
ヒロタがその日着ていたのはエスタンジアの軍服ではなく、放出品店で手に入れた、くたびれたWCスーツだった。そんな彼の右手には、これまた旧型のトランシーバーが握られている。
あの決定的な敗北から、もう一月が過ぎた。エスタンジア正規軍から独り離れたヒロタは、このオーストラリアの大地がいかに過酷かを身をもって思い知らされた。ある時は野盗の襲撃に怯え、またある時は脱走兵狩りの追っ手から逃れつつ、民間の輸送コンボイの護衛やボディガードなどといった不定期の傭兵仕事をこなし、何とか今まで生きてこられたのだ。その間に知り合いも何人か出来たが、いずれも傭兵世界の混沌を煮詰めたようなクセモノ揃いだった──今ヒロタの両隣を固めている、異様な風体の男女を含めて。
「モートン、地下を捜索していたフェリペの隊が目標に接触したそうだ。一人やられたが作戦を続行するとのこと」
隣に立つ男に呼びかける。モートンと呼ばれた巨漢は、チタニウム合金のドームに置換された頭蓋をポリポリと掻きながら答えた。
「ンモモ、了解したんだな。アレクシス・ヘインズの首は頂いたんだな」
眼球に直結した光学センサーをぎらりと光らせ、喉にインプラントした人工声帯から不気味な呼吸音を響かせる半機械の怪人、ザックリー・モートン。野盗の徒党、「EDMクルセイダーズ」の首魁だ。
「モートン! 勝ち誇る前に、まずは地上の出口を固めな。奴が逃げ出してウォーカーにでも乗ったら大事だよ」
隣に佇む女がモートンを諌める。男のようなベリーショートの髪と、時代遅れの乗馬服。腰にはこれまた古風な軍刀を提げた女の名はグロリア・ダ・シルバ。この歴戦の傭兵が率いる組織は、構成員わずか二人にも関わらず「征戦アレマニア機士団」なる大それた名を名乗っている。
「落ち着け、『ローラシア親衛自警団』のウォーカーが既に3機張り付いてる。残りの部隊はバックスに回るべきだ」
4週間前のあの日以来、この界隈で活動するウォーカー乗り達の間に一つの噂が広まっていた。エスタンジア軍が喉から手が出るほど欲しがっていた技術遺産が何者かに奪われ、犯人であるローラシア傭兵はオーストラリア南部のどこかへ行方をくらましたのだ。その凄腕の傭兵を打ち倒し、旧世界のレリックを奪い返した者はエスタンジア当局から莫大な賞金が出るとも、奪われたレリック自体が世界のパワーバランスを変えるほどの力を持っているとも言われ、腕に覚えのある傭兵達は陣営を問わずその傭兵──アレクシス・ヘインズを探し回っている。
あの日出会った黒装束の人物──名前はもう忘れた──からヒロタに言い渡された使命は、アレクシス・ヘインズを巡るこの乱痴気騒ぎに加わり、寄せ集めの傭兵達の陣頭指揮を執ることだった。幸い、「同じターゲットを巡って潰し合いになるよりは」と、いくつかの組織がヒロタの説得に応じて協同作戦に加わってくれることとなった。その結果がこれである。エスタンジア派・ローラシア派双方の傭兵組織が手を組み、果ては野盗まで加わった奇妙な連合軍だ。
オーストラリア中の傭兵が捜し求める賞金首、アレクシス・ヘインズの正体をヒロタは知っている。奴が前線基地から持ち逃げした「技術遺産」とやらが何であるかも。そして地道な情報収集の末、あの仇敵がここニューカッスルの地下に潜伏していることを突き止めたのである。
「一本どうだい」
「ありがとよ」
グロリアが勧めてきた煙草をくゆらせながら、双眼鏡で街並みを見渡す。いつもの官給品とは違う、バニラフレーバーの効いた甘い煙が、ヒロタ達の勝利を前祝いしているかのように感じた。そう、今日こそあの忌々しい傭兵に復讐を果たし、技術遺産ナトカ・ロイセウィッチを捕縛する。二人を捕らえられればエスタンジア軍に大手を振って凱旋することも、手にした報酬で新しい人生を始めることもできると、あの黒装束は教えてくれた。
木々や廃屋の間を縫うようにして、眼下の市街地では「ローラシア親衛自警団」のウォーカー隊が進軍している。そして街の地下に張り巡らされた下水道では、モートンの部下である「EDMクルセイダーズ」の地底野郎がターゲットに殺到している頃だろう。奴に与えられるのは地下で電動工具を構えた殺人狂の群れに切り刻まれるか、地上に逃れたところを対戦車砲の餌食になるかの二択。逃げ場はない。
「爆発を確認」
望遠レンズ越しの視界の中央で、炎の花が咲いた。市街地を流れる用水路のひとつ、地下へと続く排水口から煙が立ち上っている。
「ウモモッ、仕掛け爆弾に引っかかったんだな! ムッハハハ即死!!」
「まだだよモートン、死体を確認するまでは安心できない」
勝ち誇るモートンをグロリアが諌める。彼女に目で促され、ヒロタは再び無線機を手に取った。
「コックス班、状況を報告せよ」
爆発地点最寄りの味方を呼び出す。ターゲットが地上に逃げようとしたときに備えて、地下との出入り口付近に待機させていた班だ。
「聞こえないのか? 応答してくれ、コックス班」
二度の呼びかけにも関わらず、無線機から返ってくるのはスタティックノイズのみ。だがヒロタが諦めて通信を切ろうとしたとき、聞き覚えのない声が突如電波に乗ってきたのである。
「ハロー? どちら様?」
女の声。それもLとRの発音の区別も付かない東洋人の英語。地下に送った人員の中に、こんな妙な話し方をする奴はいなかったはずだ。
「誰だ」
「この無線機を持ってた人に用があったなら、ご愁傷様と伝えておくわ。そいつは今さっき壁のシミになったから」
含み笑いを隠そうともしないまま、女はそう言って話を逸らした。
「ああ、それとさっきはオトモダチを大勢連れてきてくれてありがとう。お陰で移植用臓器の在庫が増えたわ」
通信回線の向こう側にいる相手が、どんな意地クソ悪い笑みを浮かべているのか見てみたい気がしてきた。
「邪魔立てする気か? 今からウォーカー隊を向かわせて、そのヘラヘラ笑いも二度とできないようにしてやる」
「上等ね、さっき送られてきたチンピラどもが手応え無さすぎて退屈してたところよ」
加熱する舌戦。何者かは知らないが、所詮は任務遂行の前に立ちふさがる障害に過ぎない。抵抗するようなら3組織の物量で轢き潰して、早く本来の目的に戻らねば。しかし相手側のマイクが偶然拾い上げた、聞き覚えのある声が、ヒロタの論理的思考を遮った。
「おいセンセイ、敵の無線機なんか拾って何してんだ? やめとけって!」
この声。忘れもしない。4週間前のあの日以来、ヒロタの耳にずっとこびり付いていた声だ。
「──アレクシス・ヘインズ!!」
考えるより早く、ヒロタの喉から奴の名前が飛び出した。
「うわっ、誰だお前!? いきなり呼ばれるとビックリするだろ」
無線の向こう側にいる仇敵は、わざとらしいほどの大袈裟さで驚いてみせた。だがそんな態度でいられるのも今のうちだ。
「忘れたとは言わせんぞ? この不屈の闘志の体現者、ゲイブ・ヒロタの名をなぁ!」
名乗りとともにブラックホーク・リボルバーを抜き、手の中でスピンさせる。相手から見えないことは分かっている。分かっているが、湧き上がる戦意がそうさせているのだ。だがそんな高ぶりとは裏腹に、アレクシス・ヘインズから返ってきたのはそっけない返答だった。
「ええと……すまん、誰だっけ? 正直マジで思い出せねえ」
その答えを聞いた瞬間、ヒロタは思わずトランシーバーを地面に叩きつけていた。
「畜生、畜生、畜生!! どこまで俺をコケにするつもりだ!」
「落ち着きな、エスタンジア国防軍士官殿」
見かねたグロリアが肩を叩く。手渡してくれた軍用水筒には、合成香料芳しいライムジュースが入っていた。
「んぐっ……あ゛ぁ、一杯飲んだら落ち着いた。すまんグロリア」
軽く深呼吸して、投げ捨てた無線機を拾い上げる。先程まで繋がっていた、アレクシス・ヘインズとの通信はいつのまにか切れていた。好都合だ。もしまだ奴との回線が繋がっていたら、こうも落ち着いてなどいられなかっただろう。
「……まったく、正規軍って言うから少しは頭が切れるかと思ってたんだけど、これじゃあそこのモートンと大して変わらないじゃないの」
「ウモッ、バカの代名詞みたいに扱われるのは心外なんだな。バカって言った方がバカなんだな」
「胸に手ぇ当てて考えてみな。今回だってターゲットは生身の人間二人だってのに、あんなデカいウォーカーで来たのはどこのどいつだか」
謎の女からの通信は一行の神経を大いに逆撫でし、グロリアとモートンは今まさに場外乱闘へと発展する気配を見せていた。だがヒロタは思い出す──今の狙いはアレクシス・ヘインズだ。内輪揉めなら、ことが済んだ後で好きなだけすればいい。
「まあ二人とも落ち着け、この怒りは敵に思う存分ぶつけてやればいい」
「むぅ……まあ、それもそうなんだな。この続きは後に取っとくんだな」
呼吸装置から蒸気を漏らしながら、半歩退くモートン。
「俺達も出るぞ、あれだけナメられて黙っては居られん。この手で奴を仕留めるんだ」
高台の上、3人の背後には、ウォーカー2機と指揮車両が停められている。こういう時のために用意したのだ。使いどきは今しかない。
「ウモ! ウモ! ウモ! イクサだ、イクサなんだな! 血祭りタイムが始まるんだな!!」
ヒロタの言葉を耳にするなり、モートンは義足で地面を踏み鳴らして小躍りした。対照的に、ヒロタに冷ややかな視線を送るのはグロリアだ。
「その『俺達』ってのには、アタシも頭数に入ってるのかい」
「そのつもりだが」
吸い終わった煙草を片付けながら返答する。男勝りのベテラン傭兵から返ってきたのは、特大サイズの溜息だった。
「相手はウォーカーも持たずに、丸裸で逃げ回ってるだけなんだろ? アタシ達が出るまでもない。大将らしく後方で踏ん反り返ってればいいんだ」
グロリアの言うことにも一理ある。だが、あれだけ挑発されて黙っているのも腹が立つ。そんな理性と感情の間で揺れ動くヒロタを突き動かしたのは、無線越しの音割れした悲鳴だった。
「こちらチャーリー小隊! 敵の抵抗により被害甚大、援護求む!」
「なんだって?」
思わず双眼鏡を覗き込む。ローラシア親衛自警団チャーリー小隊といえば、下水道の出口で敵を待ち構えていたはずのウォーカー部隊だ。見ると、3機いたはずのウォーカーは既に1機に減っている。
「畜生、奴ら何人いるんだ!? どこからでも狙ってきやがる!」
最後の1機がいるのは、コンクリートで護岸された川岸。敵は川辺に無数に開いた地下排水口をトーチカ代わりに使っているようで、そこかしこの穴からウォーカーに弾雨を浴びせていた。
「こんな数が相手だなんて、話が違うぞ!!」
憔悴するパイロット。予想外の抵抗に、ヒロタの心臓は今にも胸から飛び出しそうだったが、平静を装った声色で指示を出す。
「待ってろチャーリー、今エイブル隊とベイカー隊を送る。それまで持ちこたえろ」
「ダメだ、そいつらはさっき死んだ! 助けてくれ、でないと俺も──」
彼の言葉は、爆発音とノイズによって遮られた。排水口の一つから放たれた対戦車ロケットが胸部装甲を撃ち抜いたのだ。機内で発生した爆風が乗降ハッチを空高く吹き飛ばし、主を失った機体は数歩よろめいて倒れ伏した。
ノイズを垂れ流す無線機を切ることも忘れて、ヒロタはただ黒煙を上げる残骸を見つめていた。だが彼以外の2人は、いずれも凶悪な笑みを浮かべながらその光景を見下ろしていたのだった。
「ふうん、こいつは面白い……アタシも腕を見せる時が来たかな?」
歴戦の女傭兵は、背後に佇む白銀の軽量級ウォーカー「インヴィクタス」に視線を向ける。騎士甲冑を思わせる、磨き上げられたベアメタルの機体が、オーストラリアの朝日に輝いていた。
「トニ、仕事の時間だ! アタシ達も出るよ」
機内で待機していた運転手を呼ぶと、10メートルの機兵は排気管からのアフターファイアでそれに答えた。慣れた手つきで装甲表面のステップを登り、グロリアの姿が砲手席に消える。
「あっ待て、オイラも行くんだな! 出でよ、『ギットマングラー』!!」
人工声帯の音量を最大にしてモートンが吼える。その雄叫びが空に響き渡ったとき、稜線の向こうから異形の巨体が現れた。4本の腕に丸ノコやクローを装備し、動くたびに全身の関節から火花を散らす。モートン自らスクラップを継ぎ合わせて作り上げた狂気の超重量級機だ。
「オイラがどうして『四つ腕モートン』って呼ばれてるのか、教えに行ってやるんだな!」
愛機に飛び乗ったモートンが、拡声器越しにその声を轟かせる。「マヌケ粉砕機」は、両の副腕に装備した丸ノコ同士を打ち付け、溢れる殺戮衝動をその全身で表現していた。
大地に足音を響かせ、市街地へと進み始める2機のウォーカー。その背中を追いかけるように、ヒロタも自分の指揮車両──ローラシア製の小型装甲車に、適当な無線設備を据え付けた急造品だ──に乗り込んだ。
自分達が直接前線に出る事態は想定外。それに相手が、3組織の連合部隊を相手に出来るほどの戦力だとは思ってもいなかった。だが──この状況が面白くないと言えば嘘になる。
装甲車のアクセルを一杯に吹かしながら、ヒロタはほくそ笑んだ。必ずやこの戦況をひっくり返し、あの憎きローラシア傭兵が驚愕する顔を拝んでやるのだ。一行の向かう先、戦雲の向こう側に何が待つのか。それを知る者は誰もいない。
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #11
征戦アレマニア機士団
歴戦の女傭兵グロリア・ダ・シルバ率いるエスタンジア派武装組織。かつては各地に拠点を持つ大規模な組織だったが、今ではその人数を2人にまで減じており、半ばフリーランス同然の放浪生活を送っている。
この組織のルーツは世界統一戦争末期に組織されたエスタンジア派の秘密組織にまで遡る。半世紀近い歴史を持つ由緒ある傭兵組織であり、創設以来世界の戦地でローラシア派諸勢力と戦いを繰り広げてきた。しかしその活躍が仇となり、ローラシア正規軍は世界各地の機士団拠点に一斉報復攻撃を実行。偶然オーストラリア大陸に遠征中だった支隊を除き、1万名の全構成員および保有兵器の数々は全て戦略爆撃の下に消えていった。そしてオーストラリア支隊も残党狩りや内乱で徐々にその戦力を消耗していったのだ。
現団長のグロリアは、そうした過酷な歴史を生き抜いたベテランである。彼女の野望はただ一つ──世界に名を轟かせた、全盛期のアレマニア機士団の再興だ。
かつての機士団は無塗装ベアメタルの機体に白兵戦装備を携え、さながら中世の英雄のような勇猛さで敵に挑みかかったという。その伝統は、機士団所属のウォーカーがグロリアの「インヴィクタス」ただ1機になった今なお受け継がれている。




