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鉄錆戦機セコハンウォーカー  作者: どくとるフランキ
1. アウトバック・スターツ・ヒア
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1-22 グラッジ・マッチ (前編)

 炎と黒煙。火薬とガソリンの臭いが鼻をつく。手にした105mm榴弾砲を隙のない構えで携え、ソーダ・ポッパーはついに敵陣、ステファンズ・クリーク基地にその巨大な足を踏み入れた。

 先程ソーダ・ポッパーが放った280mm噴進砲による先制攻撃は、吸い込まれるようにウォーカー駐機場に着弾。無傷で出撃の時を待っていた「ラインゴルト」や「ケーファーII」数機を爆炎に呑み込み、基地の防衛戦力を大幅に削ぐことに成功していた。しかし、どうやらまだ終わりではないらしい。

 サイレンが鳴り響き、炎のくすぶる基地の一角。損傷した機体を修理していたと思しき整備スペース。クレーンを薙ぎ倒し、予備部品を積んだトラックを蹴飛ばしながら、ゾンビのような足取りで数機のウォーカーがまろび出た。いずれも武器を持たずに丸腰であったり、腕や頭部を損失していたりと、およそ通常通りの戦闘が出来る状態ではない。その中には、シルバートン攻略戦で二人が瓦礫の下に葬ったはずの「ヴォルフガング」の姿もあった。

「な、なんでこんなになっても向かってくるんだ……」

 アレクシス達は今、死の象徴と恐れられているエスタンジア軍を単騎で、確実に追い詰めている。だが眼前の異様な光景を前に、アレクシスの胸中に渦巻くのは戦いの高揚感ではなく、不気味な敵に対する、ある種の恐怖心だった。戦場の恐怖など、とっくに忘れたはずだったのに。

「先輩! 輸送機が逃げます!!」

 砲手席のウィルが指差す先。望遠ペリスコープを覗くと、湖畔に浮かぶ飛行艇は今まさにエンジンの回転数を上げ、離水のための滑走を始めようとしていた。このまま逃がす訳にはいかない。

「こうなったら手段を選べない。輸送機を撃って、完全に沈むまでにナトカを救出するしか……!」

「待ってください先輩! 無茶です!」

 輸送機に105mm砲を照準しようとするアレクシスの右腕を、ウィルの細い腕が制した。そうしている間にも、不死者にも似たエスタンジアの軍勢はじわじわと距離を詰めてくる。自らの身を捨て駒としてでも、あの輸送機を飛ばすという企図があるらしい。だが、敵の事情など知ったことではない。エスタンジアも、ローラシアも、今は関係ない。仲間が危険に晒されているから助け出す、それだけのことだ。

「クソッ、止まれ、止まれ! 魚の餌になりてぇか!!」

 小さな相棒の腕を振り払い、アレクシスは輸送機の側の湖面に105mm砲の照準を合わせ、威嚇射撃を行った。重い砲声が空気を揺らし、月明かりの水面で弾けた榴弾が水柱を上げる。続けざまに2発、3発。その間にも基地守備隊のウォーカーはよろよろと歩を進め、白兵戦の間合いに入った隻腕のラインゴルトが素手でソーダ・ポッパーを取り押さえようとした、まさにその時であった。


「待て!」

 輸送機から響く、音割れした拡声器越しの声。短くも意思に満ちたその声を耳にした時、その場にいた全ての者が、まるで凍りついたように、思わずその動きを止めた。

 航走していた輸送機は湖面に弧を描いて旋回すると水上に停止。胴体脇のドアが開き、中から一人の男が姿を見せた。

 アレクシスは照準器の望遠倍率を上げ、声の主と思しき男の姿をその目で捉えた。エスタンジア制式、フィールドグレーのWCスーツ。額にローラシア製の防塵ゴーグルを戴き、目深に被った士官帽の下から爬虫類のように冷徹な瞳を覗かせる、若いエスタンジア将校の姿がそこにあった。

「エスタンジア国防軍少佐、ゲッツ・シュスターだ。我が軍の基地に何の用だ、傭兵」

「こちらはアレクシス・ヘインズ。ローラシア親衛……いや、今はただのウォーカー乗りだ。ナトカ・ロイセウィッチを返してもらうぞ」

 メガホンを手に綽々とした態度で尋ねる、シュスター少佐と名乗る士官。アレクシスは肩で息をしながら機体の拡声器のスイッチを入れ、溢れる戦意を押し殺しながら返答した。

 シュスターはアレクシスの言葉を聞くなり、僅かにその眉を動かした。しかしその直後、シュスターはその顔に元の表情を貼り付け直し、こんな質問を寄越してきた。

「アレクシス・ヘインズと言ったな。お前はあの少女の事を、どこまで知っている?」

 あまりに突飛、かつ曖昧すぎる質問。ナトカについて、何か探りを入れようとでもしているのか。下手な事を言って墓穴を掘ることだけは避けたい。

「あいつが低血圧露出狂なことだけは良く知ってるぞ」

 アレクシスがわざと何の役にも立ちそうにない情報を投げつけると、シュスターはそれを鼻で笑って一蹴した。そして芝居がかった所作で士官帽のズレを正すと、こう切り出したのである。

「何も知らずにここまで来たのか。良いだろう、教えてやろう」

 一体、何を教えてくれるというのか。いかにもエスタンジアらしい上から目線の口調がカンに触る。あの輸送機にナトカが乗ってさえいなければ、迷うことなくミンチにしてやるところだが、今は武器を納めてシュスターの話を聞くことにした。

「我々エスタンジアが旧世界の技術を忌むのは、電子技術がいずれ人類文明への脅威となるからだ。21世紀、君達が『世界統一戦争』と呼ぶ一連の作戦行動で我々が人類を解放する以前、デジタル技術は人類文明の奥深くまで、まるでシロアリのように蔓延っていた」

 両の腕を広げ、演説のような声色でまくし立てるシュスター。奴の話は一気に世界レベルにスケールアップした。だが今は世界などどうでもいい。

「それとナトカと何の関係がある」

「旧世界の電子技術も、それを知る者も、全て衆人の目に触れないようにしなければならない。確保できるものは永久に外界から隔離し、そうでないものは痕跡一つに至るまで抹消する。それこそが終末を避ける唯一の手段。我々、人類種と文明を管理存続させるための『大農場(エスタンジア)』の使命だ」

 難解な言葉が並ぶシュスターの長舌。アレクシスの耳に入った言葉の大部分は脳に達することなく、反対の耳の穴から抜けていった。だが、そんなアレクシスにも分かることが一つだけある──眼前の連中はナトカを始末するか、或いはシャバではないどこかに連れて行くつもりなのだ。

「ナトカ・ロイセウィッチ──彼女の脳には旧世界の先端電子工学から、戦後に生まれたウォーカーの構造に至るまで、あらゆる科学技術がインプットされている。我々人類には過ぎた知識だ。彼女の"父親"、アダム・ロイセウィッチ博士は記憶処理剤で彼女の記憶一切を封印し、我が国への亡命の手土産とするつもりだったのだが……そこで手違いが起きたようだ」

 さらりと言ってのけたシュスターだが、アレクシスは聞き逃さなかった。エスタンジアの記憶操作技術。そんなものがあると噂には聞いていた。習ったことのない知識を一瞬にして身につけさせたり、あるいはエスタンジアに不都合な記憶を封印したり。エスタンジア軍の上級士官やエリート部隊が持つ、非人間的なまでの統率の源はこれであると。だが、しかし。

「……ナトカが?」

「そうだ。彼女が自我と記憶を維持するためには、帝国技術局が開発した薬剤を定期的に摂取する必要がある。彼女が何か奇行に走ったり、極度に眠そうにしている姿を見たことはないか? あれはこの薬の副作用だ」

 脳裏にフラッシュバックするナトカの姿。人前で裸を晒すことを一切気に留めていなかったり、スーパージャグの整備が終わるやいなや、死んだように寝倒したりしていた。歳相応の幼さを残した、少し変わり者の女子くらいに思っていたが。

「お前には実感が無いかもしれないが、彼女の身に秘めたテクノロジーは膨大だ。それこそ、我々正規軍が直々に回収に赴く程度にはな。悪意の第三者の手に渡れば、旧世界を破滅に導いた電子技術の惨禍がこの場に再現されることになる」

 一人演説するシュスターは、ここに来てようやくひと段落ついたと言う顔で口を閉じ、腰の水筒をワイングラスでも持つような所作であおった。

 ソーダ・ポッパーの機内、青い照明に照らされながらアレクシスは、シュスターの言葉にいささかの疑問を抱いていた。21世紀半ば、統一戦争を引き起こして旧世界文明を滅ぼしたのはエスタンジアのはずだ。が、そんなアレクシスの思考を、シュスターの更なる言葉が遮った。

「立ち去れ、傭兵よ。これほどのテクノロジーを管理できるのは我々だけだ。この技術遺産は我が軍が責任を持って回収し、適切な措置を取らせてもらう」

 まるで他人事のようにナトカの行く末を説明するシュスターの言葉を聞きつつ、アレクシスは胸の奥底から未知の感情が、まるでマグマのように湧き上がってくるのを感じていた。

 アレクシスがウォーカーに乗る理由は至極単純。ウォーカーの格好良さと、命懸けで強敵と殴り合うスリルに惚れたからだ。これまで出会った同業者の中には、エスタンジアへの憎しみや、自分自身の正義のために戦う連中もいたが、アレクシスは内心、そんな奴らは自分の人生が上手くいかないのをエスタンジアのせいにしているだけの馬鹿だと見下していたのだ。

 しかし、今となってはどうだ。エスタンジアは、訳の分からない「技術回収任務」とやらの名目でナトカを攫い、力ずくで何処かに連れ去ろうとしている。たった1週間の付き合いだったが、彼女がいなければ、アレクシス達は再び戦場に立つ事など出来なかっただろう。ナトカは、仲間だ。そして仲間を脅かす者に抱くべき感情はただ一つ──アレクシスの胸中にあるのは、彼が初めて抱く、倒すべき敵に対する怒りであった。

「……ナトカを置いて立ち去れ、だ? それなら、俺の答えはこれだ!」

 マニピュレータ操作をマニュアル制御に切り替え、配電盤越しに、モーター一つ一つへ意思を込める。ソーダ・ポッパーは鋼の拳を夜空へ振り上げたかと思うと、眼前の敵に向け、その中指を猛々しく突き立てたのであった。

「ケツでも舐めてろ。ナトカのじゃなくて俺のだ」

 勢い良く啖呵を切るアレクシス。まるで声帯が意識を持ったかのように、燃える憤怒が次々と噴き出す。

「旧世界がどうとか電子技術がどうとか、お前らがどんな正義で戦ってるのかはよく知らねえ。けどな、ウォーカー引き連れて14歳女子を攫うのが正義なら、俺も俺の正義を貫かせてもらうぜ。俺の正義はな、お前らを全員シバき倒して顔面にウンコをプレゼントする正義だ」

 アレクシスの機関銃のような罵声に、一番驚いているのはアレクシス自身だった。自分達さえ生き残れば、顔も知らない同僚が何人死のうが、民間人を巻き添えにしようが構わない。そんなウォーカー傭兵として当たり前の社会常識を身に付けていたはずの自分が、今更正義だの仲間だのと暑苦しい事を言い出すとは、という驚きだ。だが──これは決して悪い変化ではあるまい。

 剥き出しの殺意を向けられたシュスターは、少しの間返答に困るような仕草を見せていたが、やがて肩を震わせ、まるでステレオタイプな悪の帝王のような高笑いをしてみせた。

「ふふ……はーっははははは!」

「何がおかしい」

「いや、まったくもって素晴らしい。同じ戦場に生きる者として、その勇気を賞賛しよう」

 シュスターはそう返答すると、士官帽を目深に被り直した。すると次の瞬間には、先程までの不敵な笑みは全くもって消えていた。次にシュスターが切り出したのはこんな話題だ。

「──だがお互い、これ以上無意味な損耗は避けたいと思わないか? ローラシアと違って、我々は死体の山で敵を溺れさせるような戦法には慣れていないのだ」

 まるでローラシアが数にモノを言わせたゴリ押ししかしていないかのような言い草に思うところが無いでもなかったが、シュスターの言葉にも一理ある。相手方には損傷した機体しか残っておらず、かたやこちらは無謀な単騎特攻。このまま激突すればアレクシス達はまず間違いなく、ローラシア国旗の巻かれた箱に入って帰国することになる。そしてエスタンジア側、シュスター少佐の部下達も、少なからぬ数の犠牲を払うことになるだろう。既にお互い満身創痍なのだ。

 シュスターは拡声器の向く先をアレクシスからエスタンジアのウォーカー部隊に変えると、その中の1機に呼びかける。

「ホフマン曹長、やれるな?」

 シュスターの命を受け、群れなすウォーカー隊をかき分けながら躍り出た機体。忘れもしない。シルバートン攻略戦でアレクシス達と死闘を演じた第3世代ウォーカー「ヴォルフガング」。エスタンジアの巨兵は傷付いた獣のような闘志を滾らせながらソーダ・ポッパーの元へ詰め寄ると、前腕部から展開させたチェーンソーを唸らせアレクシスを威嚇してみせた。主武装の電磁投射砲は失われており、機体構造にも相当なダメージを受けているはずだが、流石は最新鋭機。その動きはなお機敏だ。

「この一騎打ちでお前が勝てば、我々は技術遺産を置いてこの場を引こう。ホフマンのヴォルフガングが勝てば……分かるな?」

 意気揚々と言い放つシュスター。どうやら、既に勝った気でいるらしい。それならば、アレクシスの返答は一つ。受けて立つことだけだ。


「──いいぜ、ブチのめしてやるから掛かってこい!!」

「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #8

 世界統一戦争


 21世紀半ば、電子機械文明による繁栄を謳歌する地球人類を予告なく襲った全球核攻撃、ならびにその後世界各地で展開された地上戦のこと。地上の人類がエスタンジア帝国と遭遇した初めての事件であり、その爪痕は半世紀以上が経過した今なお世界に深く刻まれている。

 第一派の核攻撃が世界各国の主要都市を襲うまで、地上の人類は自分達を狙う未知の敵など露知らず、普段通りの日常を送っていた。エスタンジアの軍団は地下に潜んでいたとも、宇宙から降り立ったとも、はたまた物質空間ではない次元の狭間から現れたとまで噂されているが、真相を知る者はいない。数千度の爆風と放射能、そして電子機器を麻痺させる強烈な電磁パルスが地球全土を襲い、組織的抵抗もままならないまま、最初の着弾から6時間で旧世界の文明は崩壊した。

 瓦礫の山と化した都市部では生き残った兵士や民間人が集結し、電子ネットワークの復旧や反攻作戦の準備を始めていた。そこに投入されたのが、後にウォーカーと呼ばれる二足歩行型の歩兵掃討兵器である。エスタンジア軍のウォーカーは倒壊したビル群を難なく踏破、折り重なった瓦礫をその腕で撤去し、コンクリートの隙間に潜む抵抗分子に火炎放射器の洗礼を浴びせることができた。生存者達は地下深くに逃れるか、生きるためにエスタンジアに恭順するか、或いは電子文明を捨てて原始の生活に回帰するかといった過酷な選択を迫られた。残党狩りに怯えて生きる暗黒の時代は、各地の抵抗勢力が団結し「ローラシア連邦」を名乗って蜂起するまで、40〜50年ほどの長きに渡って続いた。

 22世紀現在では各地の都市やインフラは復興し、人々は生きるために殺し殺される生活から解放されている。だがエスタンジアは今なお旧世界文明の遺産を追って部隊を展開させており、それを阻止するローラシア派勢力との衝突も絶えない。統一戦争が終わっても、戦いは未だ続いているのだ。

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